引っ越し
七月、ファブリーニ達は炎天下の中、屋根の瓦を敷き終わり、最後の仕上げに入った。
同じ頃、チェザリーニ/小グリエルモもガリエラ通りの修復プロジェクトを完成させ、市に提出した。ガリエラ通りの建物は、オクタヴィアが相続した物件の中で、唯一、文化財保護局の保護対象文化財に指定されていないので、起工までの手続きはシンプルだった。小グリエルモは十月中に必要な許可が全て下り、年内には着工出来るだろうと言った。
九月八日、ロメオと私はついにボローニャへの引越しを決行した。
私達は小型トラックを借りると、荷物や家電製品を積み込めるだけ積み込んで出発した。ベッド以外の家具は主要階のアパートメントとロレンツォの住居にごろごろ転がっている古い家具を手入れして使うつもりだった。助太刀に駆けつけてくれたファブリーニとグイドが家具や冷蔵庫を住居に運び込むのを手伝ってくれた。
私達の新居は、以前に見たフレスコ画のある住居と同じ主要階(二階)にあり、床から五メートル以上もある高い天井の所々にフレスコ画が残っていた。
広さ百八十平米もあるこの住居は小部屋や廊下が四方に繋がっていて、慣れるまで廊下を通り抜けて寝室に行くつもりが、行き止まりの小部屋に迷い込んでしまう事がしばしばあった。
中庭に面したテラスのある広い廊下を進むと、奥が広い広間になっている。
モザイク張りの床が見事な広間は、前の住人が保温のために張ったらしい発泡スチレンの天井で覆われていた。
ロメオが梯子に登ってモップの柄で発泡スチレンを突いて穴を開けると、中から見事なフレスコ画が現れた。私達は一日かかって発泡スチレンを取り除いた。
広間に繋がる小部屋は、おそらく化粧部屋だったのだろう。レリーフで装飾された水色のヴォールトの中央には菩提樹のある回廊で寛ぐ二人の貴婦人を描いた如何にも女性らしく繊細な六角形の小さなフレスコ画がはめ込まれていた。
私はロメオの祖母レーアが昔、骨董品で見つけたと言う大きな古いシャンデリアを広間に吊るし、テラスのある廊下に枝付き燭台型の壁灯を取り付けた。
かつてはさぞ美しかったであろうこの住居の厚い壁はくすみ、あちらこちらが凸凹していた。ただ黒ずんだ華やかなフレスコ画が煌びやかだった時代の面影をわずかに留めていた。
何十年も前に、電気もガス設備もないこのだだっ広い住居をロレンツォからただ同然で借り受けた先住者は、出来るだけお金をかけずに取敢えず住めるようにしたらしい。
交差ヴォールトの高い天井から無造作に垂れる裸電球や、レリーフの下を走るむき出しのガス管がアンバランスな不思議な雰囲気をかもし出していた。
夜、風が強い日など、縦長の大きな窓ガラスがカタカタと小刻み震え、裸電球の光に浮き上がったレリーフの影がユラユラと揺れる様は、幻想的と言うと聞こえがいいけれど、ちょっとした幽霊屋敷のようだった。かくして私達は忘れられた古城のようなこの新居で新しい生活を始めたのだ。
他の住民達は静かだった。アンジョーニは家から出てくることは決してなかったが、確かにそこに住んでいた。
毎朝、八時に付き添いの看護婦が来るらしく、玄関のベルが鳴った。おそらく、合図なのだろう、ベルは必ず短く三回鳴った。時々、電話が鳴ったが、アンジョーニは電話には出ないらしい。いつも鳴りっ放しだった。
私達が寝室にした広間の上が彼の寝室らしく、真夜中になると、杖をつきながら歩き回る音がコツ、コツ、コツ、と高い天井の上で響いた。その音は毎晩、なぜが夜中の二時頃に聞こえてくるのだった。
三階の老夫婦には建物の入口や中庭でよく出くわした。
老婆は私やロメオの姿を見つけるとするすると擦り寄ってきて廊下の電気が暗いだの、入口の扉の滑りが悪いだの不平を並べ立てるので、私などは彼女に出くわさないように逃げ回っていた。
四階にもう一組、初老の夫婦が住んでいるようだが、彼等の姿を見かける事はなかった。
ボローニャに引っ越してから、私達はマリアンナとますます親密になった。私達は仕事の打ち合わせ以外にも、よく一緒に食事に出かけた。誰一人知り合いのないボローニャに乗り込んできた私達にとって、マリアンナの存在は心強かった。
ちょうど、ガリエラ通りの建物の着工準備が着々と進んでいる頃の事である。
十月に市から正式な建設許可が下りると、後は建設会社を決めなければならない。
マリアンナの提案で建設工事請負の指名競争入札を実施することにした。
指名競争入札とは、一定の条件に従って予めこちらで選出した建設会社に工事の見積り書などの入札書を提出してもらい、入札金額が一番低い会社と工事請負契約を結ぶシステムである。
競争入札にしたのは勿論、工事費を出来るだけ低くするためである。
競争入札で建築家が建設会社を推薦してくるのは通常のことだが、この場合、建設会社と建築家の間に必ずコミッションが発生するので、工事費がどうしても高くなる。だから私達は自分達で建設会社を見つけるつもりだった。
私達はボローニャ市でも業績のある会社を幾つが選び、更にファルネーゼから二社、紹介してもらった。
この頃、ファルネーゼは工事や競争入札の事で色々と相談に乗ってくれていた。
ボローニャ土地測量士会の会長も務めるファルネーゼは教育熱心な教職者のような心の広さと面倒見の良さを持ち合わせており、この分野の全くの素人で、分からない事だらけの私達に、見積書の見方や、悪徳設計会社を見抜く術など、建設界のノウハウを教えてくれた。
競争入札は財産管理人であるマリアンナが仕切った。
入札の準備が始まると、マリアンナはこれらの建設会社と連絡を取り、指定通知や要綱を送付するなど忙しく奔走していたが、私は彼女が入札から私達を遠ざけたがっているような印象を受けた。
マリアンナは、指定競争入札というのは発注者が直接連絡するのではなく、財産管理人から正式通知を送るものだと説明したが、会社との面談の日取りを何度尋ねても、はぐらかしたりと、彼女の行動には不透明なところがあった。
しかしながら、この新しい友情に密かに期待していた私は、責任感の強いマリアンナの事だから、ひとりで完璧にやり遂げたいのだろうと、好意的に解釈していた。




