証人探し
思いがけない事実が明らかになり、オクタヴィアは明らかに動揺していた。
ライモンディは目下、遺言状の有効性に焦点を当てた戦略を進めている。
しかし、もしこの話が真実で、本当にオクタヴィアがロレンツォの娘なら、そして彼女に相続争いでこのことを明らかにする意思があるのなら、今後の方向性は百八十度変わってくる。
すなわち、かつてカイロリが言っていたように、死後認知訴訟を起すと言う方向に――
しかしオクタヴィアは迷っているようだった。
父と信じていたアルベルト・セーラが実は本当の父親ではなかったと言う衝撃的な事実を認めたくないのだろうと私は思った。
そして何よりも彼女がロレンツォの娘であると言う、はっきりとした証拠はなかった。
アンジョーニはロレンツォに娘がいることは知っていたが、名前までは知らなかった。オクタヴィアは真実を聞き出そうとこの老会計士に何度も電話をかけたが、アンジョーニは決して電話に出ようとしなかった。
十二月に入ると、レオナルド・メンギーニがファルネーゼの不動産評価はいつ終わるのかと、催促する電話を何度もかけてきた。メンギーニ達の鑑定士ポリーニの鑑定評価は十一月末に完了したので、遺産分割協議を早く済ませてしまいたいのだろう。
「今日、母さんがジルダ・メンギーニに電話してみたよ。真実を教えてくれってね」
ロメオがそう言ったのはオクタヴィアとカフェで会った数日後の夜のことだ。
「それで――ジルダは何て言ったの?」
「ひどい話だよ。『私は何も知らないし、貴女は何も聞きたくないから電話を切ったんでしょう』って冷たく答えたそうだよ」
「そう――」
私はがっかりして溜息をついた。
ジルダがいい人で、真実を教えてくれるなんて、私の考えが甘かったのかもしれない。莫大な遺産が絡むと人は平気で嘘をつくのだろうか。
「ジルダのことはもういいよ。彼女も所詮メンギーニ一族の一員ってことさ。
兄弟達のためにも、このことは黙っていようと決めたんだろう」
そういいながらもロメオの顔には失望の色がありありと浮かんでいた。
「それより、母さんがボローニャの里親だった女性の名前を覚えていたんだ。
その人を何とか探し出せないかな?」
「そうねえ。でももう五十年以上も昔の話でしょう?」
「里親には二人の娘がいたって母さんが言っていた。
当時十二歳と十三歳だったはずだって。乳母の女性が仮に亡くなっていても、娘達はまだ生きていると思うよ」
私達はオクタヴィアが覚えていた名前を頼りに、インターネットの電話帳ページで里親とその娘達を探し始めた。
「里親だった女性の名前はイレーネ・フォンターナだと母さんが言っていた」
私はボローニャ県内でイレーネ・フォンターナの名前で登録されている電話番号を検索してみた。
「該当する電話番号はないわね」
「じゃあ、娘の名前で探して見よう。
マリア・フォンターナとアリーチェ・フォンターナだ。」
「マリアから行ってみるわね」
私はキーボードでマリア・フォンターナと打ち込んで検索ボタンを押した。
「あった!」
マリア・ルイーザ・フォンターナ
サン・メンギーニ通り二十四番地 ボローニャ市
マリア・ファンターナ
アルベルギ通り十三番地 カステル・ディ・カジオ市(ボローニャ県)
マリア・アンナ・フォンターナ
ローマ通り三番地 モルダーノ市(ボローニャ県)
「同姓同名が三人もいるわよ。マリアもフォンターナも比較的多い名前だし――これじゃあ誰か分からないわね」
「ひとりずつ電話してみよう」
「えっ――でも何て言うのよ?」
しかしロメオは私が止める間もなく、最初のひとりに電話を掛け始めた。
「もしもし――マリア・ファンターナさんですか?
すみません。突然。お電話して――実は母の乳母をしていた女性を探しているんですが、貴女のお母さんはひょっとしてイレーネ・フォンターナさんじゃないですか?」
ロメオはいきなり単刀直入に切り出した。
「違いますか。それはどうも失礼しました。実は昔、母がお世話になったこの女性を探してるんです」
こんな調子で三人に電話をかけてみたが、三人ともイレーネ・フォンターナとは関係のない人物だった。
アリーチェ・フォンターナの名前でも検索してみたが、結果は同じだった。
「うまく行かないものね」
私達はがっかりして床に座り込んだ。
「女性の場合、結婚していたら、電話はたいてい夫名義になっているだろうし、第一、今でもボローニャ県内に住んでいるとは限らないから、ボローニャだけに限定して探すのもどうかと思う」
「そうだね。当時のことを知っている人を探すにも、もう五十年以上も昔の話だから、祖母の親戚や友人は皆亡くなってしまっているし――」
それでもオクタヴィアのうろ覚えの記憶を頼りに、当時マジェンタに住んでいたレーアの友人の名前で検索してみたが、該当する人物は見つからず、私達の証人探しはすぐに行き詰った。
「インターネットの電話帳サイトだけで探すのはやっぱり安易だったわね。
プライバシーを理由に電話帳に電話番号を登録していない人も沢山いるもの」
「ライモンディに頼んでみよう。公証人の彼なら住民票から簡単に見つけることが出来るかもしれない」
私達がインターネットで証人探しをしていたちょうどその時、オクタヴィアは父アルベルトのコンゴ時代の仕事のパートナー、エンツォ・ベルナールと連絡を取っていた。そして決定的な証言を得ていたのだ。
「エンツォさんは父がコンゴで起した会社の共同経営者だった人よ。父とは長い付き合いで、とても親しくしていたから、何か知っているんじゃないかと思って電話してみたのよ」
翌日、私はオクタヴィア自身の口から電話の内容を聞いた。
「エンツォさんはわたしが何も知らないことにひどく驚いていたわ。
『なんということだ!オクタヴィア、君のお母さんは何も言わなかったのね?』って。
そしてこう言ったの。
『アルベルトは君を本当の娘と同じように心から愛していた。彼は君のお母さんを深く愛していたからね。でも君の本当の父親ではないんだよ』って」
オクタヴィアの大きな瞳は悲しみで一杯だった。
おそらく、エンツォ・ベルナールの話を聞くまで、何かの間違いであって欲しいと僅かな望みを抱いていたのだろう。
「エンツォさんは本当の父親の名前までは知らなかったわ。ただボローニャ出身の青年だと聞いているって」
「ボローニャの青年?じゃあロレンツォに違いないよ」
ロメオは叫んだ。
オクタヴィアは両手で顔を覆った。
「母は――どうして本当のことを言ってくれなかったのかしら?
父はわたしが十六の時に亡くなったのよ。本当のことを言う時間は幾らでもあったのに――この歳になって、いきなり父親は別の人だと告げられたわたしの気持ちはあなた達には分からないわ」
私達は肩を震わせて嗚咽するオクタヴィアをただ黙って見守るしかなかった。
そしてオクタヴィアは、遺産分割協議はこれまで通り、遺言状の有効性に焦点を当てた方向性で進め、ロレンツォの娘説に関しては、取り敢えず保留にしておくつもりだと話した。
エンツォ・ベルナールの話から、オクタヴィアの実の父親がアルベルト・セーラではなかったと言う事実は確実になった。しかし、本当の父親がロレンツォであると言う確証はまだなかった。




