オクタヴィアの告白
ミラノの中心街をブラブラしていた私の携帯電話が鳴った。
ロメオからだ。
「大変だよ!」
ロメオの「大変」にはもう慣れた。最近こんな電話ばかりだ。
「母さんが重要なことをずっと隠していたんだ」
「重要なこと?」
「去年の十一月にジルダ・メンギーニから母さんに電話があったんだ。
母さんがロレンツォの娘だって告げる電話がね」
「何ですって?」
私は人目も憚らず大声を出した。
「母さんは、今の今までずっとこの電話のことを僕に隠していたんだ。今から何時ものカフェに来られないかな?母さんと一緒に待ってるよ」
「分かった。今、地下鉄に乗る所だから、二十分ぐらいでそっちに行けると思う」
そう言って私は電話を切った。
カフェに到着した私はロメオと一緒にオクタヴィアと向かい合った。
「ほら母さん、さっきの話をもっと詳しく話してよ」
ロメオに促され、オクタヴィアが苦悩に満ちた表情で重い口を開いた。
「実は、ずっとロメオにも言えずに隠していたことなんだけど――去年の十一月頃、突然ジルダから、電話がかかってきたの」
私達はオクタヴィアの次の言葉を待った。
「びっくりしたわ。彼女とは二十年ほど前に一度会ったきりで、全く交流はなかったし。彼女、電話でいきなりこう言ったの。
『ロレンツォの財産は全て貴女のものよ。だって貴女は彼の娘なのだから』って。
わたしは自分の耳を疑ったわ。悪意のある噂話を聞いて興味本位で電話してきたんじゃないかと思って嫌な気分になったわ。それで怒って言ったの。
『何馬鹿なことを言っているの』って。
するとジルダは言ったわ。
『貴女、お母さんから何も聞いていないの?
貴女の本当の父親はロレンツォなのよ。だからボローニャの彼の傍に行ってあげなさい』って。
わたしは不機嫌になって無愛想な返事をしたわ。彼女は私が明らかに怒っているのを感じたのね。
それでも詳しいことを私に話したいから、気持ちが落ち着いたら電話してくるように言ったわ。電話のジルダはすごく親切だった。
でもその時、ロメオが家に帰ってきて――
わたしは彼に聞かれたくなかったから、動揺して電話をそのまま切ってしまったのよ」
オクタヴィアは思い出すように言った。
「それから一週間後、ジルダが再び電話をかけてきたの。
この間、わたしが電話を途中で切ってしまったことに腹を立てているようだった。
『この間はわざと電話を切ったでしょう。私は真実を教えてあげようとしただけなのに。』と言ってきたわ。
その時、傍にロメオがいたから、彼に悟られたくなくて、間違い電話のようなふりをして『えっ何を言ってるんですか?何ですか?』って聞き返すと、ジルダは『分かったわ。貴女が知りたくないのなら、もう二度と電話しません』そう言って電話を切ってしまったの。
それっきり、もう二度と電話をかけてくることはなかったわ」
「その時のこと、僕覚えているよ。
その後、母さんに誰からか聞いたら、悪戯電話だったって答えたよね」
「ええ。その時は――そんな話とても信じられなかったし、いずれにしてもそんな電話があったことをあなたに知られたくなかったの」
「じゃあ、ジルダ・メンギーニは真実を知っていたってことね。それで、その電話があったのはロレンツォが亡くなる前?それとも後?」
私が訊ねるとオクタヴィアは困った顔をした。
「それが微妙なところなのよ。確か十一月頃だったと思うんだけど――」
私は、はっとした。
バラバラになっていたパズルの断片が繋ぎ合わされるように、数ヶ月前にロメオと交わした会話が鮮やかに脳裏で蘇った。
「でも、おかしいよ。ジルダはカイロリに母さんのことを訊かれた時、会ったこともないって答えたんだろう?」
私と同じことに気がついたロメオが先に口を開いた。
「ええ。それどころか、わたしはアフリカに住んでいるはずだって」
オクタヴィアは頷いた。
「ジルダが電話をかけてきた時、彼女はまだロレンツォが亡くなったことを知らなかったのかもしれないわね」
私は考え込みながら言った。
でも、ロレンツォが病気で臥せっている事は知っていた。
だからオクタヴィアに真実を告げ、実の父親の傍にいてあげるよう助言するために親切心から電話をしてきた。
しかしその後、ロレンツォの死を知り、叔母のオルガがロレンツォの二十日後に亡くなったことで、思いがけず彼女とその兄弟も法定相続人になったことを知った。
ジルダは出来心からオクタヴィアに真実を告げる電話をかけてしまったことを後悔したのかもしれない。
「彼女は自分が相続人になるとは思っていなかったから、母さんに電話して真実を告げようとした。でもその後、自分達も相続人になっていることを知って、慌ててカイロリに嘘を言ったんだよ。母さんには会ったこともないって。
自分と弟達の相続人としての立場を守るためにね。」
ロメオは怒りを込めて言った。
「でも、彼女は真実を教えるためにわざわざ二度も、ほとんど会ったことのないお義母さんに電話をかけてきたんでしょう?
彼女は他のメンギーニ達と違っていい人なのかもしれない。その人にもう一度、電話して事実を確認してみたら?」
私はジルダ・メンギーニが兄弟達とは違うような気がした。
「でも、彼女はカイロリにわたしはアフリカにいるはずだなんて嘘を言ったのよ。本当にいい人なら、カイロリに本当の事を言ったはずだわ」
オクタヴィアは反論した。
「あら、でも電話を途中で切ってしまったのはお義母さんでしょう?
本人が知りたくない事を、わざわざ第三者に報告するようなおせっかいな事は普通しないんじゃないかしら?」
私は主張した。
「だいたい母さんも、どうしてそんな重大な電話を途中で切ってしまったりするんだよ。
もっとちゃんと話を聞いていたら――」
ロメオは母を責めた。
「だって――突然電話でそんなことを言われて、びっくりしたし、腹が立ったのよ。
その時は信じていなかったし――」
「だからって何も途中で電話を切らなくても――」
「私も同じことをしたと思う」
私はオクタヴィアを庇った。
「同じことって――」
「当たり前じゃない。音信不通の遠縁の親戚がいきなり電話をかけてきて、お前の本当の父親は別人だなんて言い出したら、誰だって怒るわよ。私も怒って電話を切ったと思う」
「そうかなあ――僕なら話だけでも聞いてみると思うけど」
「ロメオはお父さんがいないから、そう思うのよ」
ロメオにとって離婚後、一度も自分に会いに来なかった父親はもはや他人同然の存在だ。仮に父親が別人だと告げられても、オクタヴィアが今、受けているような衝撃を受けることはないだろう。
しかし、オクタヴィアは違う。
彼女はずっと父親の愛情を満身に受けて育った。勿論、自分の本当の父親が別にいるとは露ほども疑わずに――




