隠し子
こうして十一月も終わりに近づいたある土曜日の夕方、ライモンディに会うためにオクタヴィアと朝からボローニャに行っていたロメオが、大変なことがわかった、急いで話したいからすぐ会いたいと慌しく電話をかけてきた。
「いいけど――一体何事?」
「会ってから話す」
彼はそれだけ言うとさっさと電話を切ってしまった。
訳の分からない私はロメオが来るのを待った。
「大変だよ!」
ロメオは私の顔を見るなり、興奮して大声を出した。
「一体どうしたのよ?」
「カイロリが言っていたことを覚えてる?
ロレンツォに隠し子がいるって話」
「ああ――でもあれは、お義母さんを唯一の相続人にするためにカイロリがでっちあげた話でしょう?」
「ライモンディも同じことを言い出したんだよ。ロレンツォには娘がいる。そしてそれは母さんだと思うって」
「ええっ!」
「ライモンディはこのことはボローニャでは結構有名な話で、証人が何人もいると言うんだ」
「でも、それがお義母さんだって証拠はあるの?」
「はっきりとした証拠はない。
でも遺言状にあったのは母さんの名前だけだ。だからライモンディは娘が本当に存在するなら、それは母さんに違いないって言うんだよ」
「信じられない――
だってお義母さんには、ちゃんと父親がいたじゃない?
ロメオのお祖父さんのアルベルト・セーラが――」
「勿論。だから僕も最初、突拍子のない話だと、ライモンディの勘違いだと思った。でもカイロリもこのことを知っていた」
「まさか?」
「母さんは僕に嘘をついていたんだ。
六月にカイロリが母さんを別室に呼んで話したのは、本当はこのことだったんだ」
「――――」
「あの時、母さんは動揺して、相当のショックを受けたんだと思う。
だから僕には、カイロリが噂話を利用して母さんを娘にでっち上げようとしているような言い方をして、誤魔化したんだ。
カイロリはロレンツォが所有していた土地に興味があったから、彼の死後、色々嗅ぎ回っていたらしい。
それでロレンツォが死ぬ直前まで入院していた病院で彼に付き添っていた看護婦から、彼が自分には娘がいると話していたことを聞き出したんだ」
これが、事実だとしたら驚くべき話である。
「それに、もう一人証人がいる」
「証人?」
「アンジョーニだよ、ロレンツォの専属会計士の。
ライモンディはアンジョーニに話を訊きに行ったらしい」
「でもアンジョーニは、ロレンツォの口座からお金を引き出して以来、家に閉じ篭って誰にも会わなかったんじゃないの?」
「うん。でもライモンディはそう簡単に引き下がる男じゃないからね。
彼のアパートのインターホンを二十分以上鳴らし続けてついに扉を開けさせることに成功したそうだよ」
ロメオはニヤリと笑った。
「アンジョーニは病院で亡くなったロレンツォの最期を看取った人物なんだ。
ロレンツォは亡くなる直前に、自分には娘がいると言い残して息を引き取ったと、アンジョーニが証言したらしい。
そして名前までは言わなかったけど、遺言状に唯一名前のあるオクタヴィア・セーラだと思うとね」
「じゃあ、娘がいると言うのは事実なのね?」
私は驚きを隠せなかった。
「ああ。ライモンディは知り合いの病院に相談しに行ったらしい。
それで、もし僕達が何らかの方法でロレンツォの髪の毛を入手出来れば、すぐにその病院で極秘にDNA鑑定を行なってもらえる手筈になっていると言った。
ライモンディは公証人だよ。何でそこまでするんだよ?
公証人のライモンディがわざわざ病院まで行って、DNA鑑定の相談をするなんて、おかしいだろう?」
確かにそうだ――
単なる噂話だったら、ライモンディもそこまではしないだろう。
しかも数ヶ月前、カイロリも全く同じことを言っていた。
しかし、この時はまだオクタヴィアの実の父親がロレンツォだとは信じられずにいた。
ロメオの話によれば、ロレンツォは内気で人間嫌いな性格で、家に閉じ篭りっきりだったはずである。隠し子がいたなんてちょっと信じられないが、本人が死ぬ間際にそう言ったのなら事実に間違いないだろう。
しかしロメオの祖母のレーアが、ロレンツォの相手の女性だったと言う話はどうしてもピンとこなかった。私は生前のレーアに何度か会ったことがあるが、美しいだけでなく、知的で何よりも誇り高い女性だった。そんな女性が夫を裏切り、他の男性の子を生んでいたなんて、とても信じられなかったのだ。
ロメオも同じ思いだったに違いない。
「母さんが生まれたのはミラノ県のマジェンタだよ。当時、祖母もマジェンタに住んでいたそうだからね。ボローニャから出たことのないロレンツォと接する機会なんてあったのかなあ?」
「でもロメオのお祖母さんとロレンツォは従兄妹同士でしょう?
親戚なら会うこともあったんじゃないの?」
「でも――僕にはどうしても信じられないよ。祖母がロレンツォと出来てたなんて――」
しかしライモンディの指示で、レーアの結婚証明書とオクタヴィアの戸籍謄本を取り寄せたところ、衝撃的な事実が明らかになった。
オクタヴィアは一九四七年生まれ。
しかし、レーアが夫のアルベルト・セーラと結婚したのは一九五〇年で、オクタヴィアが生まれてから三年も後のことだった。
そして結婚直後、二人は当時三才だったオクタヴィアを連れてアフリカに移住していた。
更に、オクタヴィアの戸籍謄本から、アルベルトがレーアと結婚した翌年、一九五一年の十二月に在コンゴ・イタリア領事館でオクタヴィアを娘と認める認知手続きを行なっていたことが分かった。
しかも、オクタヴィアはアフリカに移住する二歳までボローニャの里親に預けられたこと、週末にミラノで働くレーアが彼女に会いに来ていたことを、幼い当時にしてははっきりと記憶していた。
そしてその数日後、更に驚くべきことを聞かされることになる。




