相続税
十一月、秋の情緒が忍び寄る冬の枯寂に侵食されていく季節、灰色の空、薄寒い空気、そして霧――
そして相続税の支払い期限が近づいてきた。オクタヴィアが支払わなければならない相続税は十五万ユーロ。一般庶民の私には莫大な額のように思えるが、実は相続する財産のほんの三パーセントに過ぎない。
これは当時、イタリア首相であったシルヴィオ・ベルルスコーニが行なった悪政のひとつ、二〇〇一年の相続税廃止によって、相続税が大幅に削減されたためだ。
私もロメオも決してベルルスコーニ派ではないが、ベルルスコーニ政権時代に相続出来たことは非常に幸運だったと言わねばならない。
当初、相続税は、遺産の一部である土地の売却金で支払うと言っていたレオナルド・メンギーニは、支払期日の一週間前になって、やはり遺産の不動産は使えない、各々が自らの私財から支払うべしと遺産管理人を通じて通告してきた。
まだ遺産を手にしていないオクタヴィアに十五万ユーロもの大金を支払うのは不可能であったが、ライモンディが保証人となり、彼の友人が頭取を務める銀行から融資を受けることで、この問題は解決した。
ライモンディがいとも簡単にこの問題を解決してしまったので、私達はこの時、事の重大さに全く気が付いていなかった。
しかしながら、ライモンディは後に怒りを込めて事の真相を語ってくれた。
すなわち、遺産の一部で相続税を支払うと言ってオクタヴィアを安心させ、支払期日直前に各自の私財から支払うよう指示してきたのは、メンギーニ一族の狡猾かつ卑劣な陰謀に他ならなかったと言うのだ。
ミケーレ・オルシーニが後に彼に打ち明けたところによれば、レオナルド・メンギーニはオクタヴィアの窮迫した経済状態では、十五万ユーロもの相続税を支払うことはどう考えても不可能なことを百も承知していた。そして、ぎりぎりになって遺産に手が出せないと言えば、彼女が窮地に立たされることも――
彼等は金の工面が出来ず、オクタヴィアが泣きついてくるのを待っていたのだ。
そして、相続税を立て替えることを条件に、彼らの提示する条件で遺産分割を執り行うと言う同意書に署名させる。
世間知らずで味方のいない、そして何よりも追い詰められた彼女には、彼等の条件を呑む以外、選択肢はないはずだ――
彼等はそう踏んでいたのだ。
「私が遺産管理人を通じて、オクタヴィアさんが無事に相続税を支払ったと伝えた時、彼らは地団駄を踏んで悔しがったに違いありませんよ」
ライモンディは侮蔑も露わにしてこう断言した。
「彼等はほぼ確実に勝利した気になっていましたからね」
今、こうして冷静に振り返ってみると、霧が晴れたように様々な事柄が整然と繋がって見える。様々なことが狡猾かつ周到に計算され、仕組まれていたことが――
そう、オクタヴィアが最初の親族会で署名した私文書も彼等が仕組んだ罠だったのだ。オクタヴィアはこの書類に署名したことで、相続税を十一月に支払わざるを得ない状況に立たされた。彼等の目的は彼女に時間を与えないことだったのだ。
しかし、当時は、全ての情報が人を介した又聞きで、無秩序にばらまかれ、まるで霧中にいるように全てが混沌としていた。
私達が実はこの時、湿地帯の小径を無防備に歩いていたこと、一歩間違えれば底無し沼に足を捕られていたことを知ったのは、もっとずっと後になってからだ。
この時期、オクタヴィア達はほとんど毎週のようにボローニャに足を運んでいたが、私は仕事が忙しかったこともあり、彼等に同行することはほとんどなかった。
しかしロメオの話から、ライモンディが相続税の支払いを始め、右も左も分からないオクタヴィアを全面的にサポートしていること、頼るべき友人もいないオクタヴィアにとって頼もしい相談役であることが伺い知れた。




