奇妙な電話
その翌日、私文書のことをどこからか聞きつけたカイロリが再び電話してきた。
「カイロリの奴、もう終わりだ。これで僕達は遺言状の用益権を失ってしまったっていきなり電話してきたんだよ」
ロメオは不愉快そうに顔をしかめた。
「自分の思惑通りに事が運ばなかった腹いせじゃない?
それにしても私文書のことを一体どこで聞きつけたの?」
私は呆れたように言った。
「なんだかんだ言って、メンギーニとも連絡を取り合っているんだろうね」
「彼も最初、どちらに付いたほうが得か、迷っていたんじゃない?
でもお義母さんが五十パーセントで遺言状もあるし、しかもあの性格でしょう?
うまく取り入ればおこぼれが貰えると思ったのかもしれないわね」
メンギーニの相続分を丸々手に入れようと目論んでいたのだから、おこぼれどころではない。
「私、前からどうしても引っ掛かっていることがあるんだけど――」
不意に私は話題を変えた。
「引っ掛かること?」
ロメオは聞き返した。
「遺言状よ」
私はきっぱりと言った。
「あの遺言状は一九七三年に書かれたものでしょう?
遺言状に書かれているルイーザと言う人はとっくの昔に亡くなっているし。
もっと最近のものがあるような気がしてならないのよ」
「そのことは僕もずっと気になっていたんだ。
実は二年前にロレンツォを訪ねた時、彼は全財産を母さんに遺すとはっきり言ったんだ」
「それ、本当?」
「間違いないよ。だから彼が亡くなって最初、遺言状が残っていなかったと聞かされた時、腑に落ちなかったんだ」
「彼が二年前にそう言ったのなら、もっと新しい遺言状があるはずじゃない?」
「僕もそう思った。でも実際に発見されたのは一九七三年に書かれた物だけだった」
私は考え込んだ。
「その遺言状はどこから発見されたの?」
「カイロリはロレンツォの家の壁の奥の隠し金庫から見つかったと言っていた。会計士のアンジョーニは、ロレンツォが重要な書類をそこに保管していることを知っていたんだ。でもロレンツォが亡くなったのは十一月、マテオッティがアンジョーニと一緒に彼の家に最初に入ったのは翌年の二月だ。
それまでの間、家に鍵はかかっていたけど、アンジョーニは合鍵を持っていたし、バルベリア通りの借家人の一人はロレンツォの猫に餌をやるために彼の家に出入りしていたそうだから、入ろうと思ったら誰でも入れたはずだ」
「例えば、メンギーニの誰かが、借家人かアンジョーニを買収して家に侵入して、新しい遺言状を燃やしてしまったとか」
深刻になっているロメオ達には悪いが、私はこの推理小説のような展開を楽しみつつあった。
「まさかそんなことはないと思うけどね」
ロメオは一笑したが、あり得ない話ではないと思った。
実際、この相続争いには不可解なことが多すぎる。
カイロリの存在とその突拍子もない提案だけ例にとっても、十分奇妙なのだが、ロレンツォの口座から残金の半額を引き出して姿をくらました財産管理人といい、遺言状を無視しようとした裁判所の遺産管理人といい、相続がらみの関係者は誰も彼も怪しすぎる。
彼等の誰かが、メンギーニ達と組んで遺言状を握りつぶしたということも十分にあり得るのだ。
オクタヴィアが奇妙な電話を受けたのもちょうどこの頃だった。
その弁護士と名乗る電話の主はオクタヴィアにこう切り出した。
「遺言状に書かれていたもう一人の相続人をご存知ですか?」
もうひとりの相続人とは、すなわち『同氏が素性を知る或る人物』と記述されていた謎の人物のことである。
見知らぬ男はさらにこう続けた。
――自分が知っているその人物とは、ロレンツォの父ジュゼッペ・アンジェリの庶子の娘で、大変貧しく、ボロ布を纏っていて修道院の一室を間借りしている。
名門アンジェリ家の末裔がこのような境遇にあるのは不憫なことだ――
ものこの話が事実なら、問題の人物はロレンツォの姪ということになる。
「この話、君はどう思う?」というロメオの質問に、私はでまかせだと思う、と迷わず答えた。
「マテオッティも言っていたじゃない。ロレンツォのような身寄りのいない資産家が亡くなると、必ず隠し子だの遠縁だのと言って名乗り出てくる人達がいるって。
私はその類だと思う」
「そうだよね――しかもロレンツォの庶子ならともかく、ジュゼッペの庶子の更にその娘だなんて、僕もでっち上げだと思う」
それでも心配になったロメオは翌日、法律に詳しい友人にこの一件を相談した。
その友人が知り合いの遺産相続専門の弁護士に意見を訊いてみてくれたところ、死後認知を裁判所に申立てる場合、少なくとも問題となる非嫡出子の死後数年以内に行わなければならないが、ジュゼッペの孫と名乗っている女性の母親は何十年も前に亡くなっているため、死後認知を受けるのは不可能なはずだと言う答えが返ってきた。
「取り越し苦労だったみたいだよ」
友人からの報告を聞いたロメオは安心したように言った。
その後、この弁護士が電話をかけてくることは二度となかったので、私達はそれ以上深く考えることはしなかった。そして、この一件は次第に私達の記憶の片隅に埋もれていってしまったのだ。




