カイロリ再び
「九月二十七日に第一回親族会が開かれることになったよ。君も一緒に来てくれるだろう?」
ロメオは当然私も同席するものと思っている――
私は溜息をついた。
「でも、私が行く意味があるのかな?」
私は出来ればもう二度とメンギーニ達に会いたくなかった。
「母さんはすごく不安がっているし、二人より三人のほうが心強いだろう?」
ロメオはすがるような目で見る
「なんかよく意味が分からないけど――」
気が進まないが仕方がない。
「レオナルドがまるで相続人代表のように偉そうに仕切っているよ」
「そう言えば、例の遺言状の解釈は進んでいるの?」
「ライモンディが大学の教授に依頼して遺言状の『法的見解』をまとめてもらっている」
「それでうまく行けば用益権が二十五パーセントから五十パーセントになるんでしょう?」
「それはまず間違いないらしい。問題は用益権を具体的な金額に換算出来るかどうかなんだ」
「でもレオナルドは用益権なんて認めないって態度だったわね」
「確かに。奴らに遺言状の有効性を認めさせるのは至難の業だよ。ああ云う連中だから自分達に不利なことは一切認めようとしないだろうしね」
ロメオは顔を曇らせた。
「それで、親族会で母さんが自分の相続分として希望する物件を云わなくちゃならないんだけど――」
ここでロメオは云いにくそうに言葉を切った。
「母さんとも相談したんだけど、五十パーセントだとバルベリア通りとサン・マモロ通りの物件がぎりぎりで入るかどうかってところなんだ。だから残念だけどヴィラ・マルヴァジーアは諦めざるを得ないかもしれない」
「そう――」
「君があのヴィラを特に気に入っているのは知っているから、何とかヴィラも相続したいと思っているよ。でもヴィラの状態を見ただろう?あの荒廃した建物を修復するには莫大な費用がかかるし、だからと言ってあのままの状態で放置しておくわけにはいかない。万が一、侵入者が中で怪我でもしたら、所有者が刑事責任を問われることになるからね」
「そうね。仕方ないわね――」
私は失望を隠せなかった。
あのヴィラの不動産的価値は私には分からない。
でもあの廃墟化したヴィラには何か魔法のような不思議な魅力があった。あのフレスコ画に描かれた紺碧の天空と色鮮やかな神々の姿、それは不動産云々というレベルではなく、芸術作品として高い価値があると思った。
しかし金銭を第一に重んじるメンギーニ達にはそんなことはどうでもいいことなのだろう。
「母さんは問題に巻き込まれることを何より恐れているからね。リスクのあるヴィラより、管理し易い旧市街の建物を相続した方がいいと言う結論に達したんだ。相続人は母さんだから彼女の希望を最優先すべきだろう?」
「メンギーニ達はヴィラの芸術的価値が全く分かってないから相続したらさっさと売ってしまうんでしょうね」
「でも僕はまだ諦めないよ。僕達には法定相続人としての五十パーセント以外に遺言状の用益権もあるんだ。この用益権を何とか不動産に換算して君が好きなあのヴィラも手に入れたいと思っている」
「そうね。うまく行くといいけど――」
「あのヴィラはロレンツォがとても大切にしていたからね。価値も分からない無知なメンギーニ達なんかに渡したくないよ」
ロメオはきっぱりと言った。
ロメオの気持ちは嬉しかったが、あのレオナルド・メンギーニ相手にそんなに上手く事が運ぶとはとても思えなかった。
それから数日後、突然カイロリがロメオに電話をかけてきた。
「それで――カイロリは何て?」
私は深刻な顔をして考え込んでいるロメオの顔を覗き込んだ。
「カイロリはこのままだと、相続争いは間違いなく泥沼化するだろうって言うんだ。だから彼が前に言っていた解決策を再度提案してきたよ」
「例のお義母さんを一親等にするっていう?
それで、まさか承諾したの?」
「いや、まだ返事はしていない。でも彼の言う通りこの方法が最善策じゃないかなって――」
「だめよ。そんなこと」
私はきっぱりと言った。
「でも君も見ただろう?レオナルド・メンギーニを。長期戦になって困るのは後ろ盾や経済力のない僕達なんだ。彼等は資産家でお金に不自由していない訳だから、多少お金がかかっても自分達の満足のいく結果を得るためなら訴訟で何年でも戦うだろう」
ロメオはすっかり弱気になっていた。まさに藁にでもすがるようにカイロリの提案に乗ろうとしているように私には思えた。
「でも絶対にだめよ。
カイロリが知り合いの医者を使って不正を働こうとしているんでしょう?
そんなことに絶対関わるべきではないと思う」
私のいつになく強い口調にロメオは驚いて顔を上げた。
「第一、カイロリが本当に信用出来る人間かどうかだって分からないじゃない。私達、彼について実業家って事以外何も知らないのよ。
不正を行ったことをネタに後から強請ってくることだって十分あり得るでしょう?
もしかしたら彼はアンジェリ家の財産をそっくりそのまま手に入れようと目論んでいるのかもしれない」
甘言に乗って不正に加担し、弱みを握られて一生搾り取られる――
映画やテレビドラマでよくある展開ではないか――
「――そうだね――君の言うとおりだ。
僕もどうかしてたよ。」
ロメオは沈黙の後、口を開いた。
「そう。どんなことがあっても己の良心に恥じるようなことは絶対にすべきではないと思う。奴らがどうなに卑怯な手を使ってきても、私達は清廉さを失ってはいけないのよ」
私は言いながら拳握りしめた。
そして、ふと笑いがこみ上げてきた。
「どうしたの?」
突然笑い出した私をロメオはびっくりして見つめた。
「だって――こんなこと、普通なら映画とか小説の世界でしょう?
こんな会話を大真面目でしているなんて、何だか信じられないわね。
イタリアまで来てこんなことに巻き込まれるなんて夢にも思っていなかった」
ロメオもつられたように笑い出した。
よかった――
やっと笑ってくれた。
私はロメオのようやく和んだ顔を見てホッとした。
レオナルドとの一件以来、オクタヴィアは前にも増して悲観的になり、その影響かロメオも最近、沈みがちだった。
第一回親族会はもう数日後に迫っていた。




