昔々の、お話です
白を基調とした、何とも目に優しい内装だ。潜水艦の内部は、値の張る宿のように美しかった。
入ってすぐの部屋、エントランスの壁に、内部構造を示した板が張り付いているのを見つけた。勇者…ではなく大統領に、先にカフェテリアで待っていてくれと言われていたな。一応、目を通す。城以上に複雑で、何より広いらしい。さしずめ動く街だな、そう思うほどにこの船は大きいのだ。
…迷子になりそうだ。未知の構造物を前に好奇心がはやるが、やはり真っ直ぐカフェテリアに向かうことにした。
窓際の席に座る。多くの人々で賑わっているようだ。ここにたどり着く前にも、多くの人が行き交う様子を目にした。どれほどの乗組員がいるのだろうか。
机に肘をつき、周りを見る。見たこともない、見たこともない服飾、見たこともないカラクリの数々。目に映るもの総てが新しい。
さりとてすることもなく、半球状の窓の外に目を向ける。新しい環境に置かれると、不意に昔の物事が懐かしくなるものだ。わたしは青色を前に、魔族の歴史に思いを馳せた。
人類と魔族。相容れない生き物同士。原初より、それぞれ別々の所領を持っていたと伝わっている。血族というものを重視する人間、力こそ最大の正統性とする魔族。どちらの勢力も、互いの差異を恐れていた。争いが絶えなかったという。
わたしより、はるか昔に魔王になった者は、争いによる無意味な浪費を憂いていたらしい。そこで、戦争を形式的なものにしようと考えたようだ。
人間側が、一人の猛者を派遣する。それを魔王が迎え撃つ。勝敗に関わらず、魔王は勇者と呼ばれる猛者を丁寧にもてなし、光輝く宝石を与えるのだ。
魔王は力と権威を示すことができ、人類は他の国に高く売り付けられる交易品が手に入る。どちらにとっても悪い話ではなく、すぐに双方の合意が得られたという。
それからというもの、かつての魔王の目論見通り、この仕組みは長きに渡る伝統になったわけだ。
しかし、それも数百年の時を経て、人類どもが魔王に勝つことを重視し始めた辺りから形骸化し始めた。わたしの二つ前の代には既にそうなっていたようだ。討伐隊なんてものも、その時に現れたらしい。勇者と魔王の一騎討ち、などというのはかつての話になってしまった。ひどい話だ、まったく。
人類が、勇者と魔王の儀礼に乗っかって、魔族への攻撃を強めていった理由は、よくわからない。魔族の国は、痩せた地にあったからだ。作物も僅かしか育たない。わたしとしては、労せず宝石をもらった方が得だと思うのだが。
とにかく、そんな過酷な地では、力こそ正義であり、信頼であり、保障であった。気性の荒い群雄たちを纏め、安寧をもたらすために、魔王がいた。地獄が、大地獄にならないように。最強こそが強き者を諌め、弱き者の代わりに立ち向かう。そういった微妙なバランスで魔族は成り立っていたのだが…こうなってしまっては仕方がない。
ああ。各地で覇を唱える魔族の有力者たちを、片っ端から殴り倒して従わせていたあの頃が懐かしい。
「ロコ。ロコ君」
意識外から飛んできた大統領の声に、ハッとする。つい、感傷に浸りすぎたな。
「考え事かね」
「こんな光景を見れば、思うことの一つや二つほどは、な」
「結構なことだ」
相変わらず淡白な大統領は、向かいの席に腰かけた。魔族を滅茶苦茶にした男と仲良く向かい合っているというのも、何だか現実味のない話だ。だが、彼の思惑を、望みを聞くまでは、そうしてやっていてもいい。そう思わなければ、とてもじゃないがこの状況に耐えられそうになかった。