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ラッキーオーナーブリーダー  作者: 秋山如雪
第11章 勝ち運
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第80話 天皇賞の壁

 ミヤムラシンゲキオー、そしてコヤストツゲキオーの活躍により、活気づいてきた子安ファーム。


 ようやく収益も安定してきたし、何気に宿の予約が結構入ってきており、黒猫のネネは観光客に大人気となっていた。


 馬産地の日高地方でも、かなり奥まった、交通の不便な場所にある、子安ファームだが、そもそも北海道は、圧倒的な「車社会」なので、地元の人は自家用車で、観光客はレンタカーで来ることが多い。

 おまけにナビを設定すれば、簡単に来ることが出来る。


 そんな流れに、「水を差す」かのように、勝てない馬がいた。


 グデーリアンだ。


 第二次世界大戦の戦車戦の先駆者、ハインツ・グデーリアンにちなんだ大仰な名前で、「閣下」と呼ばれていた、というより彼らだけが呼んでいたその馬は、デビュー戦以降、条件戦に苦戦し、何とかオープンクラスに上がってからも、苦戦を続け、重賞にも何回か挑むものの、どうにも勝ちきれずにいた。


 ついたあだ名は「ブロンズコレクター」。

 実際に、惜しいレースが多く、重賞を含め、レースでも3着が多かったことに由来していた。


「韋駄天ハインツ、戦車将軍のはずが、『ブロンズコレクター』ですか。やはり相馬さんの見立ては、ダメでしたね」

 執務室でスポーツ新聞を眺めながら、辛辣に述べる圭介に対し、その時、所用で執務室に呼ばれていた相馬は、申し訳なさそうに、


「すみません」

 とだけ言っていたが、彼自身にも考えはあった。


「しかし、父のフリードリヒは、ヨーロッパの伝統ある重賞を勝ってます。母のエデルガルトもまた、血統はいいのです。つまり、『競馬に絶対はない』ということです」


「相馬さん。それはわかります。でも、事実として勝ってないですからね。もっとも3着が多いので、収益には貢献してますが」

 と美里が渋い表情で突っ込んでいた。


「グデーリアンの次のレースは何ですか?」

秋天あきてんです」


「マジですか? そりゃ、無理でしょう。クラシックでも全然勝てなかった、閣下ですからね」

 圭介が否定的な見解を述べる、理由は前年の3歳時のクラシック戦線にあった。


 その前年にかなり善戦しながらも1冠も取れなかったが、菊花賞2着と大健闘した、1つ上の先輩、ヴィットマンに対し、期待を一身に浴びていた、閣下の成績は。


 皐月賞 賞金不足で不出馬

 日本ダービー 12着

 菊花賞 10着


 と、ある意味、散々だった。

 3歳のその頃は、「ブロンズコレクター」ですらなかったのだ。


 ようやく頭角を現したのが、4歳の今年に入ってから。

 重賞の京都金杯で3着、しばらく置いて、ダービー卿チャレンジトロフィーでも3着。そこから「ブロンズコレクター」と呼ばれ始めていた。


 そして、色々と試行錯誤しながら迎えたのが、秋の天皇賞。


 何気に子安ファームから、この「秋天」に出場する馬は、彼が初めてだった。「春天」はすでにヴィットマンが参戦している。


 伝統ある天皇賞は、1年に春と秋の2回、開催されるが、春の天皇賞は4歳以上の古馬しか参加できないのに対し、秋の天皇賞は3歳以上から参加できる。つまり、クラシック戦線を戦った馬も古馬も相手にしなければならない。


 開催は2日後に迫っており、すでにスポーツ新聞や競馬新聞には、出馬表と予想オッズが出ていた。


 それによると、1番人気はヤマデラファイアだった。そう、ヴィットマンとも死闘を演じた、現在5歳の牡馬。そして、山寺久志の所有馬だった。

 これが単勝2.0倍。


 そして、グデーリアンはというと。

 単勝24.5倍の6番人気だった。


 正直、あまり乗り気はなかった、圭介だったが、とりあえず飛行機の手配をして、東京を目指した。


 2007年10月28日(日) 東京11R(レース) 天皇賞(秋)(GⅠ)(芝・2000m)、天気:晴れ、馬場:稍重


 東京競馬場、芝2000mは、1コーナーの奥のポケットからスタートし、2コーナーまでの距離はおよそ130m。多頭数の外枠は不利となる。


 2~3歳戦、下級条件ではスローに流れて先行馬が活躍するシーンもあるが、クラスが上がると差し馬が台頭する傾向にある。また、スローに流れても逃げ残りは難しくなってくる。


 当該コースでは、天皇賞(秋)、フローラステークスの2重賞が行われるが、天皇賞は上がり最速馬が活躍。フローラステークスはタフさが求められるレースになり易い。また、連続開催が行われる序盤は馬場状態をキープするためか、芝丈も長く、差しの効く傾向がみられる。瞬発力と地力がより求められてくるコースだ。


 ということで、ミヤムラオペラのNHKマイルカップ以来の、東京競馬場訪問となった。


 ここ東京競馬場には、馬主専用駐車場があり、施設自体も広くて豪華。至れり尽くせりの施設だ。さすがに日本を代表する名競馬場だけのことはあった。


 ちなみに、馬主席に着くには、ある程度のドレスコードが必要で、男性はスーツ、女性は特に決まりはないが、サンダルなどのラフな格好はNGとされている。


 そのため、わざわざ正装に近い格好で、彼らは乗り込んだ。


 そして、

「まいどー。儲かってるかい?」

 似非えせ関西人のような挨拶で、笑顔を見せて現れたのは、もちろん美雪だった。


 いつものように、馬主エリア前で、彼らが来るのを待ちながら、予想をしていたらしい。


「美雪さん。早速ですが、予想は?」

 もうこれしか聞くことがない、圭介は「わらにもすがる」思いで、声をかける。


「そうだね。悪くはないんじゃないかな、グデーリアンは」

「また、それですか? 結局、明言を避けてるだけじゃ……」

 いつになく、怪訝な表情を浮かべ、彼女を揶揄するように呟く彼の一言を、彼女は遮った。


「オーナーくん。競馬の予想は難しいんだ。馬ってのは、個性がある生き物だからね。直前で調子を崩したり、出走取消になる馬もいる。ただ、今回もやっぱり強いのは、ヤマデラファイアだと思うよ」

「やはりですか? 確か重賞の……」


「目黒記念だね。それを制している。他にも札幌記念で3着。相変わらず中距離だと強いね」

 実際にクラシック戦線でも、ヴィットマンに先行して、日本ダービーを制していたのが、ヤマデラファイアだった。正直、美雪の予想では、グデーリアンが何着に入るかはわからなかったが、少なくとも「いいね」はもらっていなかった。


 そして、馬主エリアから、美雪も交えての観戦となる。


 さすがに年に2回ある、伝統の天皇賞だった。

 客の入りは、ものすごく、10万人はいるだろうと思われる大観衆が詰めかけており、スタンド付近から柵の前まで人でぎっしり埋まっていた。


 派手なファンファーレの後、スタートとなる。

 なお、グデーリアンは3枠6番。ヤマデラファイアは1枠1番だった。


 スタート直後、両者のうち、ヤマデラファイアが中団、グデーリアンは割と後ろからの競馬になっていた。


 レースは逃げ馬を追うように、展開され、1000mの通過タイムが59秒6だった。


 そんな中、最終の4コーナーを回って、直線へと進む。


 馬場の真ん中、馬群を割って出てきたのが、

「ヤマデラファイアが伸びてきた!」

 だった。


 しかしながら、

「グデーリアンがいい脚で上がってくる」

 と実況に言われたように、グデーリアンが外側から馬群を突き抜けていた。


 残り100m。

「しかし、先頭はヤマデラファイア」


 そして、

「2番手争いは接戦だ」

 実況が告げるように、先頭は2馬身ほど離れてヤマデラファイア。


 続く2番手を7番人気の馬と争って、文字通りのデッドヒート、叩き合いを演じていたのが、グデーリアンだった。


 そのまま、7番人気の馬ともつれ合うようにして、ほぼ並んでゴールイン。しかし、わずかに7番人気の馬が先着していた。


「おおっ!」

「やりますね」

「って、また3着」

 圭介、相馬、美里が声を上げる中、電光掲示板に数字が表示される。


「6」

 という数字が、上から3番目に入っていた。


「また3着か。さすがブロンズコレクター」

 美里が溜め息混じりに告げるが、


「いえ、姐さん。天皇賞秋で3着は十分立派です」

「そうだぞ。がんばったじゃないか、閣下。まあ、また勝てなかったが」

「連対は外しちゃったけど、よくがんばったよ」

 相馬と圭介、そして美雪が弁護していた。


 なお、ヤマデラファイアの馬主の山寺久志は、何故かこの時、馬主エリアには姿を見せていなかった。


 やはり「天皇賞の壁」は厚かったのだ。


 果たして、グデーリアンが勝つ日は来るのだろうか。それともこのままブロンズコレクターで終わるのか。結果はさらに持ち越しとなる。

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