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ラッキーオーナーブリーダー  作者: 秋山如雪
第9章 ターニングポイント
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第66話 取材と引退馬

 その年、二度目の重賞制覇。


 7月の七夕賞制覇に続いて、この9月にシリウスステークスを制したことで、圭介自身は、気づいていなかったが、彼とその牧場は関係者から、「注目を浴びる」存在になりつつあった。


 それを敏感に察知したのは、マスコミ関係者である石田だった。

 いつものようにスーツにネクタイ姿で、彼はペンとメモ帳片手に話しかけてきた。


「ミヤムラジョオウは、7歳ですが、この年齢で勝った秘訣は何でしょうか?」

「秘訣ですか? それはちょっと……」

 と、いきなり尋ねられ、圭介は言葉が詰まっていた。


「彼女は、大器晩成型なんです。競馬を知るには時間がかかっていたんですが、元々頭が良くて、器用な馬です。脚質も自在です」

 代わりに相馬が答えており、彼が石田から注目を引いていた。


「そうなんですね。ミヤムラジョオウはセールで250万円で入手したそうですが、本当ですか?」

「ええ」


「子安さんのところは、あまり高額な馬はいないようですが、それでもこの金額で勝ってくれれば、馬主さんとしては嬉しいのでは?」

 言いにくいことをズバズバ聞いてくる石田に、圭介は一瞬、戸惑ったが、


「はい。まあ、ウチは所詮、弱小のオーナーブリーダーですからね。ミヤムラジョオウも自家生産馬ではないですが、初めてセールで手に入れた馬として、思い入れはあります」

 と、答えていた。


「ありがとうございます。では、今後のミヤムラジョオウの目標などは?」

 そう尋ねられて、一瞬、考えた圭介だったが、内心では心は決まっていた。


「ジャパンカップダートです」

「ダートのGⅠですね。7歳でジャパンカップダートを制した馬は、過去に1頭もいません。それでも目指すのでしょうか?」


「彼女は、不可能を可能にする可能性を秘めてます」

 圭介は、わざとらしく、格好をつけたような言い回しを選んで発言していたが、これはもちろん、新聞などに載った時、「映える」からだ。


「ありがとうございました」

 そしてインタビューが終わる。

 なお、ジャパンカップダートは、現在ではチャンピオンズカップと呼ばれている、ダートのGⅠレースだ。


 ところが、翌日の都スポには、


―ミヤムラジョオウ、7歳にしてシリウスステークスを制する―


 という見出しが、小さく載っているだけで、


―次走は、ジャパンカップダートか? 無謀な挑戦か、それとも有終の美を飾るか―


 と、早くも引退を示唆しさするような記事が躍っていた。


「なんか、言ったことが反映されてなくないか?」

 不満げに口を曲げて、新聞を眺める圭介に、美里は、


「所詮、記者なんてそんなものよ」

 と、ドライな口調で言っていた。


 その年、2006年。


 重賞を2つ勝利し、ようやく資金的に余裕が出てきた子安ファーム。


 ところが。

「ミヤムラシャチョウとミヤムラオジョウを引き取る」

 

 12月末。


 一向に勝てずに、それでもダラダラと現役を続けてきた、6歳の両馬。

 彼らを引退させることを圭介は決意する。


 もちろん、これには預けていた厩舎の調教師とも相談の上で決めたことだった。

(もう上がりはない)

 と、判断したのだ。


 事実、彼らは結局、一つも重賞を勝てずに終わった。


 もっとも、華々しく活躍するサラブレッドなんてのは、現実には「ほんの一握り」に過ぎず、こうして勝てずに引退を迎える馬が大半だ。


 そして、彼らの処遇を巡って、子安ファーム内で話し合いが持たれることになったのだが。


「金がない。多少の余裕が出来たとはいえ、引退馬を養うだけで、黙ってても金がかかる」

 反対したのは、オーナーの圭介だった。


 実際のところ、馬というのは「係留」するだけで、餌代やら何やらで金がかかる。おまけに、彼らは全然勝ってないから、種牡馬としての価値もない。つまり、「そんな余裕はない」と言うのは、ドライだが、経営者の判断としては決して間違っていない。


 ところが、

「私は引き取りたい」

 強硬に反対したのは、真尋だった。


「何故だ? 所詮、2頭ともセールで入手した馬で、自家生産馬でもない。思い入れなんてないだろ? それに、活躍してないから、種牡馬としても価値もない」

 その、どこか冷たいような一言に、真尋は鋭く反応した。


「そんなの関係ないよ。私は、たとえどんな馬でも愛情を持って接してる。だから最後の最後まできちんと面倒を見たい」

「しかし金がな……」

 渋る圭介に、思いきったことを口走ったのは、その真尋だった。


「だったら、私の給料を減らしてもいい」

「えっ。マジか?」


「マジ。私の給料より、あの仔たちを大事にしたい」

 さすがに自分の給料と天秤にかけるなんて、前代未聞のことを口走る真尋に、圭介は面食らっていた。


 しばらく重い沈黙が流れる。

 その場には、圭介と真尋以外に、もちろん従業員の美里、相馬、結城の姿もあった。


 やがて、

「あんたの負けよ」

 美里が、重い口を開いた。


「仕方がないな。その代わり、きちんと世話しろよ」

 圭介も呆れたように、渋々ながらも頷いた。


「ありがとう! 任せて。きちんと世話するから」

 何よりも嬉しそうに笑顔を見せる真尋。

 その姿を見て、結城が一瞬、微笑んだように圭介には見えた。


 そして、年が明けて、平成19年(2007年)。


 中央競馬会から馬運車で、雪降る中、運ばれてきたのは、あの2頭の馬たちだった。


 その車が着いた瞬間、真尋は、飛ぶように車に駆け寄っていた。


 そして、

「シャチョウくん、オジョウちゃん、おかえり~。待ってたよー」

 2頭の首に抱き着くようにして、彼らを交互に撫でていた。


(まあ、いいか)

 真尋が幸せそうな顔を浮かべているのを眺めて、圭介は仕方がない、と納得する。


 その真尋は、その日の晩飯時。

「オーちゃん。改めてありがとう」

 と言った後、


「前にも言ったように、私は、ここで育った馬が競走馬として活躍しても、しなくても別に構わないんだよ。元気にここに戻ってきてくれればそれだけで嬉しいんだ」

 などと心底嬉しそうな声を上げていた。


 こうして、ミヤムラシャチョウ、ミヤムラオジョウが牧場に引き取られることになる。

 ちなみに、圭介は、真尋が言ったように、彼女の給料を「下げた」が、実はそれはほんのわずかだけで、実際には係留費用の大半は圭介のポケットマネーから出ていた。


(我ながら甘いな。経営者としては失格だな)

 我ながら、圭介は思うのだった。

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