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ラッキーオーナーブリーダー  作者: 秋山如雪
第7章 試練の季節から追い風へ
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第40話 オープンクラスと期待の格安馬

 同年春。


 長沢春子によって、「カモ」にされると目されていた子安ファームにとって、朗報が入る。


「よし、勝ったな!」

 執務室でラジオにかじりつくように聞いていた圭介が大きな声を上げた。


 その日は、ミヤムラジョオウの1600万下(※現在の3勝クラス)のレースだった。

 昨年の9月、新潟での500万下で勝ってから、ようやく彼女は「伸びた」のだ。


 これまで、ミヤムラジョオウ以外に、ミヤムラボウズ、ミヤムラシャチョウ、ミヤムラオジョウなどが様々なレースを戦ってきたが、ミヤムラボウズは安楽死し、その他もせいぜい1000万下を勝った程度。


 つまり、子安ファームにとって、初のオープンクラスへの昇格馬となったのが、ミヤムラジョオウで、この時5歳だった。


 500万下までは、獲得賞金が1000万円以下だが、この1600万下まで来ると、賞金は1500万円以上になる。


 なお、サラブレッドがデビューしてからオープンクラスに到達するまでの確率は、全体のたったの3%だという。それくらい、厳しくて、狭い世界なのだ。


 ようやく遅まきながら「芽が出た」のが彼女だった。通常、競走馬で5歳でオープンクラスに上がるなどあまりない上に、そこからオープンクラスに行ったとしても、引退まで「上がり」はほとんどない、と考えられる。これは、引退がおおむね5歳から9歳とされているからだ。成長が早い馬は4歳で引退もあり得る。


 だが、牧場長の真尋、厩務員の相馬、そしてギャンブラーの坂本。いずれもがミヤムラジョオウを「大器晩成」と評していた。


 この勝利を誰よりも喜んでいたのは、もちろん圭介だった。

「今夜は祝杯だ!」

 と、その日の夕食で、従業員を集めて、酒を酌み交わすほどだった。


 その席上。

「でも、今さらオープンクラスになってもねえ。もう引退じゃない?」

「そんなことないよ、ミーちゃん。ジョオウちゃんはこれから伸びるよ」


「そうかなあ」

「間違いありません」

 美里の疑問に、真尋と相馬が返していたが、圭介にとっても半信半疑ではあった。


 4月。

 今年もまた、新しい馬が子安ファームに誕生する。


 昨年の5月に種付けしたのは、種付け料がたったの100万円という格安馬、スピットファイアで、繁殖牝馬はサクラノキセツだ。


 その産まれた仔を見て、実は一番驚いていたのは、立ち会った獣医の岩男千代子だった。


「この仔は、すごいですね」

 と、目を見張っていた。


「何がですか?」

 圭介には、彼女の言わんとしていることがわからなかった。


「大きな仔です。それに見事な模様。体も丈夫そうです」

 そう言って、微笑む彼女の視線の先にいた幼駒。


 青鹿毛の馬体を持ち、幼駒にしては体が大きい。しかも牝だった。そして顔面には白い模様のような物が浮かび上がっていた。

「うん。そうだね。この仔はきっと強くなるよ」

「ですね」

「早速、名前をつけましょう、兄貴」

 真尋、結城、そして相馬に言われ、圭介もまたその仔馬をまじまじと見つめた。


 確かに大きい。通常、サラブレッドの赤ちゃんは、母馬の体重の4分の1から3分の1くらいの体重で産まれる。おおむね50~60キロ前後が平均的だという。


 だが、この仔は、70キロ以上はあった。


 また、産まれたばかりの仔馬は、立ち上がるのに1時間はかかる。

 だが、この仔はものの40分ほどで立ち上がってしまった。

 通常、人間のスタッフの手助けがいたり、立ち上がっても母馬から乳をもらうのに、人間の助けがいる場合がある。


 だが、この仔は助けもいらずに立ち上がり、最初から才能の片鱗を見せていた。


 通常、幼駒が産まれてすぐに名前をつけることは少ないのだが、圭介はそうした彼女の特異な状況を見て、異例だが、すぐに名前をつけることにした。


「ミヤムラオペラでどうだ?」

「何でオペラ?」


「見ろ」

 言って、圭介が指さしたのは、彼女の顔面だった。


 そこには、額から鼻筋まで達する、大きな白い模様のような物があった。


 通常、これを さくという。


 これは、額から鼻筋を通り鼻まで続いている白斑で、白斑の横幅が鼻骨の幅と同じくらいで、真っ直ぐのものを指す。また、鼻骨の幅を超える場合には『大作』、親指の幅よりも狭い場合には『細作』と呼ぶ。


 彼女は「大作」だった。


 つまり、どこから見ても、この白い模様のような顔面が印象として残る。


「この白い模様がどうかしたの?」

「何と言うか。まるで口を開けたオペラ歌手みたいに見えるんだよな」


「だから、ミヤムラオペラ? 安直ね」

「いいだろ、別に。それとも反対か?」


「別に、反対はしてないわ」

 結局、その場で名前が決まってしまった。


 ミヤムラオペラ。牝の青鹿毛。


 そしてこの仔もまた、真尋から特別、可愛がられた。

「オペラちゃんは、すごいよ」

 と、彼女は毎日のように、成長の様子を圭介に報告するくらいだった。


 たった100万円の種付け料から産まれた、ミヤムラオペラ。彼女のサラブレッド人生はまだ始まってもいなかった。

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