04 食事に肉は正義だ
「タンダぁ、髪の毛引っ掛けちゃった。あとで直して」
「……はい、畏まりました」
煮炊き用の枯れ枝を輜重部隊の雑用係たちとともに拾って戻ると、他の雑用係と近場で落ち葉を集めていたシャロイラ様がみつ編み頭に葉っぱをまぶした状態になっていた。なんでだ。まあ、それでも神々しさに翳りはないが。
「兎を追いかけて薮に突っ込んじゃった!」
「おや。捕まえられましたか?」
「無理だった~。素手で追いかけちゃったし」
「あー、あるあるですね」
「あるあるなんだ」
「山ごもりの時に何度もやりました。無理に使っていた刃物が砕けたあとに素手で兎を捕まえられたのは良かったんですが、どう捌くか途方に暮れましたよ」
「わー大変。素手じゃ捌けないよねー。ん?山ごもりって11歳の時の三ヶ月のやつ?」
「はい。あの時はこっそりと見守ってくれていた神兵長に捌いてもらえました。神兵長のおかげで毎日食事ができました」
「あーうんうん、神兵長がどんだけ気配を殺してもタンダには見つかるって言ってたっけ」
「気配を殺す?そんなことできる人がいるんですかね」
「みんなに隠れんぼで驚かされてばかりの私にはわからん!」
「私にもわかりません、生きてる間は気配はありますし。まあ、武に精通した人にはそういう特別なことがわかるのでしょう」
「神兵長ってすごいのね!」
「すごいですね〜」
懐かしい話をしながらシャロイラ様を観察する。薮に突っ込んだ割に顔の擦り傷が少ない。手は自分で軟膏を塗ったのだろう、てらてらとむらができている。でもまあ一応治療はしたようでえらい。そっと葉っぱまみれのぼさぼさ頭を撫でる。
するとシャロイラ様は擽ったそうに笑った。
「え〜、兎を捕れなかったのに褒めてくれるの?」
「ご自分で治療したようですから」
「ちゃんと手を洗ってから軟膏を塗ったよ!」
「良くできました」
「わーいタンダに褒められた!」
こんな事で喜んでくれるなら、俺の手が擦り切れるまで撫でてさしあげたい。俺が死ぬその時まで褒めちぎってあげたい。
……こういうところが気持ち悪いと言われる。落ち着け俺。
「ところで、なぜ兎を追いかけたのです?食事が足りませんか」
「ううん、私はちゃんと足りているよ。でもタンダやおさんどん部隊は疲れが出る頃かなと思って。王都を出てもう一週間だし、ヒュプリガス山に入る前に柔らかいお肉を食べさせたいなって」
感動で言葉を失う。うちの大聖女は下々の我らにも慈悲をくださるぞー!
シャロイラ様以外は俺も含めてこういう野営訓練をして鍛えてきているのでその心配は正直不要だ。
だが、一週間というのは緊張がゆるみやすい頃合いでもある。ここで気を引き締めないと死神の鎌は油断した者の命をあっさりと刈り取っていく。
これから登るヒュプリガス山は山頂に万年氷があり、中腹から頂上までは草すらなくなる。登山なら歩きやすいなだらかな山だが、馬車の荷物は中腹から個人がそれぞれわけて背負い、馬をひいていく。この先は疲れしかない。聖女スープで自覚なく体力微増強していても、精神はわからない。
知らず追い詰められている精神を緩和するために食事は有効で、『美味しい食事』だとなお良しだ。
シャロイラ様はそういうのに敏感である。
神殿の食事は常に粗食で、併設する孤児院も同じなのだが、成長期に充分な量を食べないと丈夫な体が作られない。神官長が就任直後に食事事情を改善するまで、院の子たちは小柄で体力のない大人にしかならなかった。そうなると院を出てから働き先が見つからず、結局浮浪者になってしまう悪循環ができていた。
だからと予算以上のことはできない。
そこをシャロイラ様の勘が解決してくれた。
幼い聖女の癇癪には誰も敵わず、『今日は孤児院のみんなと肉を食べる!』という願いを叶えるしかなかった。
それが月に一度で、多くても二度。その程度であれば融通はきいた。それは今も続いていて『明日は肉の日!』とシャロイラ様が宣言すれば神兵団が狩りに行く。神殿内で家畜を飼うよりは森まで行って肥太った動物を狩った方が安い、という事務局長の計算だ。冬はさすがに獲物が激減するので保存用肉にはなるが、それでも子どもたちの楽しみだ。
それはそれとして。
遠征隊は聖女スープのおかげでヒュプリガス山の麓へ一週間で着いた。予定していた十日よりもだいぶ早い。食事事情はともかく、魔王と対峙する心の準備がまだできていない騎士がいないとも限らない。特に輜重部隊は後方支援として新兵が多い。いくら騎士の心得を学んだとしても、実戦ではどうなるかわからない。
討伐対象は魔王だ。怖気づいても仕方のない相手である。俺だって普通に嫌だ。
まあ、シャロイラ様が『柔らかいお肉』と仰ったからには調達しておいた方がいい。今日はここで野営するし、少し道を戻れば獲物はいるし、必要数は確保できるだろう。
「ではさっそく狩りに行ってきます。留守をお任せしてよろしいでしょうか」
「うん。あ、でもここ神殿じゃないから、ちゃんと偉い人に確認してからね」
「めんどくさ」
「ふふふ!こういうのも事務局長に教わったよ?」
「そうでした。ではシャロイラ様はライローの近くにいてくださいね」
「え、ライローを連れて行かないの?」
「ライローにもシャロイラ様を頼んでいますので。それに獲物を運ぶなら荷馬車に慣れた馬の方がいいでしょう」
「……うーん、わかった。タンダが安心するならライローのそばにいる。帰ってきたら髪の毛よろしくね〜」
「なるべく早く戻るつもりですが、髪の毛が気になるようでしたら他の誰かにしてもらってもいいのでは」
「う〜ん、女の子たちとも仲良くなったんだけど、やっぱりタンダに頼みたいの」
「畏まりました」
輜重部隊長に夕飯の準備までに肉を狩る了解をとり、荷馬車を一台借りる。遠征隊の轍の跡がはっきり残る道を戻る。
うーん、兎で全員分だとだいぶ手間だな。シャロイラ様が気にしてるのは後方支援の新兵だ。だが、王子たちにも出さないといけない。遠征中の食べているものは位に関係なく一律だからだ。
「あんまりデカいと肉質が硬いからな〜」
大きな動物がいてくれれば楽ができるが、すぐに食べるなら兎系か鳥系だ。馬を止めて気配を探る。
「……向こうに群れがあるな」
手綱を手頃な木に縛り、愛用の刃物を確かめ、森の空気に溶け込むつもりでその集団を目指した。
「やっぱりタンダの獲ってくるお肉が一番美味しいと思う!ありがとう!あと髪の毛もありがと!」
「恐悦至極」
「難しい!」
シャロイラ様の為なら美味しい魔物肉をいつでも狩ってきますとも。




