心臓
「よ!」
そんな声を発すのは私の幼馴染。
「ここ2階なんだけど」
「俺は野球部だぞ?こんぐらい軽々と登れるっつうの…」
そんなことを言いながら持っていたバッグをそばに置き、私のベッドに腰を掛ける彼。私も体を起こし、いつものように聴く。
「で?今日はどんなことをしてきたの?」
「それがさぁ…俺が投げたボールが大きく外れてよ~フェンスの後ろにいたタカシの股間に当たったんだよなぁw」
「それ笑えないでしょ…ちゃんと誤ったの?」
「いやw泡吹いてぶっ倒れてたからw」
やれやれと私はあきれる。毎回この男は私のところに来てはこんなふうに面白おかしく学校の話をする。
「それで?部活は大丈夫のようだけど…勉強は?」
「う…」
確信を突かれたのか目をそらす幼馴染。彼は見た目は明らかにガラが悪い。私の家の壁をよじ登っているところを何度も通報されたことだってある。そんな彼へのイメージは勉強ができているとは思えない。
「ほら…ノート広げて?」
私が言うと彼はそそくさとカバンを開け、ノートと筆記用具…そしてテストをベッドの上に置く。私はテストを見て、間違った部分の解説をしていく。それを彼はノートに写していく。それでもわからない時は引き出しにある紙やペンを使って私が細かく教えていくのがここで私たちがやっている勉強法だ。
「やっぱりお前頭いいよな…」
不服そうに彼は呟く。私は正直本を読むことしか楽しみがないので、部活や遊びに熱中している彼よりかは多分、知識の幅は広いと言えるだろう。
「アンタがバカすぎるのよ」
私は軽く彼をからかう。
「はぁ…そんなことはねぇと思いたいんだがなぁ…」
書いていたノートに顔をつっぷさせ、シャーペンを放り投げる。
「こらこら、まだ終わりじゃないんだから…ハイ」
私の足に転がってきたそのシャーペンを私は彼に持たせてやると渋々といった表情でノートを描き始める。
「お前に解けない問題なんてあるのかよ…教え方丁寧だし…」
「さぁね」
私は得意げにそう言った。
そんななんてことのない日常だけれど、私は結構この時間は楽しいんだよなぁ~♪
でも楽しい時間ほど時間はあっという間に過ぎていく。
PⅯ6:30
「あ…俺そろそろ帰んなくちゃ…」
いそいそとノートやらをカバンにしまい終えて、彼は窓枠に手をかける。帰りぐらい玄関を使ったらいいのに…。とあきれているときにふとそれが目に入った。
「こーら!ちゃんとテスト持って帰れ!」
「少しぐらい預かってくんない?」
「駄目に決まってるでしょ…」
「え~」
私は彼にテストを返す。それを受け取った彼は改めて窓枠に手をかけるとバッグを背負ったまま窓から飛び降りていった。
「じゃあな!」
そんな声が開いた窓から聞こえてくる。
「じゃあ…また明日ね」
野球部でもない私のその声はきっと彼には届かないのに、どうして返してしまうんだろうという疑問はここ最近で私が唯一解けない問題になっていた。
それからさらに数か月がたった。私たちがいる学校は珍しく3年生になると1泊2日の修学旅行が実施される。学校曰く、受験勉強で無理をしないようにと息抜きとして実施されるそうだ。けれど私は当然不参加。高校受験は彼と同じ高校を受験するつもりなんだけどね…{まあ…一緒に勉強しているから、ろくに学校で勉強していない私はそっちの方が受かりやすいからだと思ったからなんだけど…}
今日は修学旅行の前日 PⅯ8時
明日にはクラスメイトはみんな旅行先で止まっているような時間帯だ。
今日は彼は来なかった。きっと明日の準備で忙しいのだろう。窓を見つめると外は真っ暗で星がチラチラと見え始めていた。私はリモコンを操作し部屋の電気を消す。
{行ってみたかったな…}
私はそう考えると少し涙が出てきた。小さいころから旅行なんて夢のまた夢だった。私はほかの国や地域に関心がないわけではない。私の部屋には数々の国や地方にまつわるパンフレットや、国の文化や歴史的建造物をまとめた資料がある。けれどそれは私が直接見ることができないから、両親が買ってくれたものだった。
{考えてもきりがないや…}
私はそう結論付け、瞼を閉じ睡魔に身を任せる。けれどなかなか眠りにつけなかった。
でもしばらく目をつぶっていたときコンコンと音がした。その方向を見る。
『お土産何がいい?』
そこには、そう書かれた紙を持って鍵のしまった窓の外で耐えている幼馴染の姿があった。
その姿に私はあわてて涙をふき、引き出しにある紙とペンで意思疎通を試みる。
『なんでもいいから!とにかく危ないから降りて!』
私がそう書くとどこから出したのか、彼はもう1枚の紙を私に見せる。
『なんだ?俺の声が聞こえないから寂しいって顔だな』
私はその文字を見た時さっきまでの自分のことを思い出して、ペンを窓に向かって投げる。そのペンはバンと窓に当たり、窓こそ割れなかったものの彼には衝撃が届いたのか、バランスを崩して落ちていくのだった。
今日は修学旅行の日。私は病弱なので自宅でみんなが旅行で行っている現地のパンフレットを見ている。そしてみんなが回るであろう場所をうらやましそうに調べている。
{今日は幼馴染もいないしなぁ…}
修学旅行は1泊2日なので今日はいつもの時間に彼が窓から入ってくることはない。もちろん玄関から入ってくることはない。
そんなことを考えながらも私はスマホを眺める。そこで少し気になる書き込みの投稿があった。
~車いすの方へ!安全でオススメな旅行プラン!~
と書いてある。
{私にもできるかな…}
結局私は一日中インターネットで旅行について調べ続けた。けれど、車椅子とかならまだしも…私にはきっと無理だろうなぁ…
ポサっと枕に頭を預け天井を見る。
{今頃…あいつ何してるかなぁ…}
一方そのころの幼馴染
「おーい!このクレープくっそ美味いぞ!お!?しかもあれお土産屋さんじゃね?後で寄ってみよーぜー!!」
{はぁ…暇だなぁ…}
私は天井を見上げたまま昨日の事を思い出す。
「お土産…なんだろうな」
私がネットで見た中では食べ物とかが多かった。クッキーとかそう言う小分けの物だったらいいなぁと…思ってたりもする。ぼーっと見る私の部屋の天井。開いている窓からは彼の代わりにいき勢いよくが入ってくるので少し寒くなってきて…私は布団をかぶる。トクトクと自分の弱々しい心臓の音だけが聞こえてくる。
「落ち着かない…」
いつもは本を読んだり、ネットを見ていると時間はあっという間に経っていた。けれど今日はいつもの10倍近く長く感じる。
時計を見るとPⅯ6:30
いつもならそろそろ彼が来る時間だ。けれど扉から入ってくるのは冷たい風ばかり。
「早く帰ってこないかな…」
つい無意識に口から出たその言葉に私は頬を赤らめて布団の中でもぞもぞと動く。
別にさみしくはない…はず…だけど明日までこれが続くのはなかなかに厳しい…
改めて私はそう思わされたのだった。
修学旅行2日目 PⅯ6:30
「お前何やってた…?」
それは、俺は修学旅行から帰ってきて、お土産を持っていつもと同じように窓から彼女の部屋に侵入した時だった。彼女が寝ているベッドのシーツは乱れに乱れ、幼馴染がいるであろう場所がシーツ越しにもわかるぐらいくっきりと見えていた。
「?」
俺が声をかけてもそいつは反応しない。
「お土産持ってきたぞ~」
俺はそう言い土産に買ったクッキーを持って彼女に近寄る。だが、彼女が起き上がる様子はない。
「大丈夫か?」
俺がそう言いながら布団をめくるとそこには、顔を真っ赤にして息を切らしている幼馴染の姿があった。
「おい!?しっかりしろ!!」
俺はあわてて救急車を呼び、こいつのスマホから両親にラインを送る。こいつのスマホのパスワードが…誕生日だったのが功を奏した…。
「た………す…」
「おい!しっかししろ!」
胸を押さえて苦しむ彼女を俺は抱きしめる。
「大丈夫だ…落ち着け!」
俺は必死に彼女を落ち着かせる。乱れた呼吸の音が響き渡る中、俺にはそれが限界だった。
それから俺は救急隊員の到着と同時に、渡しそびれたお土産を持って呆然としながらも帰路をたどる。
「次は絶対渡してやる…早く目を覚ませよ…」
だが、そんな俺の思いとは裏腹に彼女はその後1か月の間、目を覚まさなかった。
「う~ん」
私は意識を覚醒させて、まず見にしたのは病院の天井と両親の顔だった。
「あ!起きたわよ!お父さん!」
「ああ…大丈夫か!?」
「うん…大丈夫」
私はあたりを見渡しつつ答える。どうしてここにいるんだろう。
「お前は3日ねてたんだぞ」
両親の話を聞き、私は一つの疑問をぶつける。
「ねえ…彼は?」
私の言葉に両親は顔を見合わせ、その衝撃の一言を言った。
「彼は修学旅行先に事故にあって…亡くなったの」
「は?」
その一言に私の視界は真っ暗になった。
「目を覚ましましたか」
私は目を開ける。けれど起き上がろうとは思わなかった。真っ先に聞こえてきたのは聞き覚えのない低い男の人の声。
「貴方は退院していただいて結構です」
「え?」
私は私自身の病気のことは絶対に治らない病だと言われていた。その上心臓の病気ということで治癒も無理だと言われた。なのにどうして?
「困惑している用ですね」
落ち着いた口調で淡々と述べるその声の主はおそらく私の事を見てくれていたお医者さんだ。
「先生。何で…退院できるんですか?治らないんじゃなかったのですか?」
私のその問いにお医者様は口を開く。
「手術による治療に成功したからです。それと、私はこれから先生ではなくなるので、先生と呼ばなくて結構ですよ」
「いえ…私を見てくれていたのは変わりないので」
そう苦笑をこぼす私。だけど話をそらされてみたいで、そして私は改めて私は聞く。
「なぜ私は、治ったんですか」
その答えを先生の口から直接聞くことはなかった。けれど先生は聴診器を私の耳にかけた。そして私の患部である心臓にあてる。
その瞬間、私は目を見開いた。いつも弱々しくかった私の心臓の鼓動は、とても強く、しっかりと鼓動を刻んでいた。私はつい最近、自分の心臓の音を聞いた。けれど、この音とは明らかに違った。でも、なぜか聞き覚えがあった。けれど思い出せない。
聴診器を先生に返し私は考えるが考えた末、私はもう一つの疑問をぶつける。
「私の幼馴染を知りませんか?」
その質問に先生は何も言わない。彼は修学旅行先で死んだと聞かされた。私はどうしてもそれが信じられなかったのだ。けれど…事実は分らなかったので私はゆっくりと体を起こす。そこで私は目を見開いた。
面会用の椅子の上に、1つの箱が置いてあった。その箱を見た瞬間、私は搬送される前の記憶をはっきりと思い出す。
「違う…救急者を呼んでくれたのは…彼だ…」
私のつぶやきを聞いたのか先生はその一言を口にする。
「さっき声を聴いたはずです」
その真面目な先生の声に私は首をかしげる。
「もう1度聞きますか?」
そう言って先生は再び聴診器を差し出した。
「え?」
私はすべてをその瞬間察してしまった。信じたくないからか私の心臓はドクドクと鼓動を大きくする。いや…きっと私のじゃない。彼の心臓は気づいてほしそうに、私に訴えかけるように鼓動を大きくする。
気づけば目から涙がこぼれている。その様子を見て先生は挨拶を述べ、この場から立ち去った。
「何…で…」
私は言葉にならない声をあげる。
「何で!!」
私は自分の胸を押さえる。そこから聞こえてくれる鼓動の音はいつも私が弱っているときに「大丈夫」と言ってくれた時の音、いつもバカみたいに窓から入ってきた彼の音 搬送される前「大丈夫だ」と言ってくれた彼の心臓の音。
私はあふれ出る涙を抑えきれずに泣いた。ずっとずっと彼の語り掛けは大きくなるばかり。
「う…うぅ…」
私はその音をただ聞くことしかできない。
「何とか言いなさいよ…バカ」
私が途方に暮れているとふと頭をよぎったものがあった。
私はその箱のもとに歩いて行けた。そして、その箱を見つめる。それはあの時彼が持っていたクッキーの箱だった。私はそのクッキーの箱にぽつりぽつりとこぼれる涙を眺めることしかできない。
そんな時、その箱の裏に一つの紙が置いてあるのが分かった。それは、依然彼が『お土産何がいい?』と聞いてきた紙。その裏に書かれていることを読む。
「私もよ」
涙で紙を濡らしながら、私はその言葉をはにかんだ。
『よ!まずごめんな…土産直接渡せねえで…まぁ!これを見てるっていうことは土産を使ってくれてるみたいだな!俺からの土産は3つだ!まずクッキーな、食べすぎるんじゃねえぞ?んで2つ目がしおりだ!お前本読むの好きだろ?{てかそう言うことにしといてくれ}そんで3つ目はお前の思っている通り心臓だ。んなもんわたすなって思ったか?残念だが俺ははなからあげるつもりだったぜ?そのために地道に野球部に行って心臓鍛えてたんだしな~俺は。いつも俺だけ走ってたからな!まぁ、何でこんなことするかっていうとまぁ…好きだからってだけなんだけどな…マジで。まあこれに関しては直接言えなくてスマン。あぁ一応言っておくが異性としてだぞ?返事聴けねぇのは残念だが、まあお前が呟いたらお前の内側からしっかり聞いてやるか…んじゃ!頑張れよ!』