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馬と姫君

作者: 星河雷雨

いつ書いたかわからない物語が見つかったので、当時書いた雰囲気を壊さないよう手直しして投稿してみました。何を考えながら書いたのか今となってはわかりませんね……。



とある時代、とある国に、一人の姫君がおりました。

 

姫君は、美しい黒髪を持ち、深い森を映した深緑の瞳を持ち、冷たい氷のような心を持っておりました。


姫君は戦場で生まれました。馬に乗り、勇ましく戦った母君が息絶える最中、生まれたのが姫君でした。


国は長年に渡り、近隣との戦争を繰り返しており、兵士は常に足りず、もはや王族すらも、城で優雅に暮らしているわけにはいかなくなっていたのです。


姫君は、剣の一振りで三人をなぎ倒し、風のように戦場を駆けました。


姫君はいつも、雪のような純白の毛に、敵兵の血の朱を刷いた馬に乗り、狂乱の戦場を静かに見据えておりました。


姫君の瞳に、傷つき、死に絶える者が映っても、自らの手で、敵兵の首を打ち落としても、姫君の心は少しも揺らぎません。死は必然であり、生は偶然であり、戦場は姫君にとって、故郷でした。


あるとき、戦の中で、純白の馬が傷を負いました。


純白の馬は、姫君と一緒に初陣に出た、良き戦友でした。姫君は馬の心が手に取るようにわかり、馬は姫君の心が我がことのように分かりました。


そのとき、微かに、姫君の心はざわざわと疼きました。しかし、馬の傷がたいしたことは無く、すぐに戦場に復帰すると、姫君はいつもの姫君に戻っていました。

 

またあるとき、純白の馬は敵の放った炎に巻かれ、ひどい火傷を負ってしまいました。

姫君の心は、ぞわぞわと震えました。生まれて初めて、不安、というものを感じたのです。


純白の馬は戦場から退きました。


周囲からは、役に立たない馬は処分するべきだと言う意見と、長年姫君を乗せた馬なのだから、手厚く看護するべきだと言う意見がでました。


姫君はどうするべきか悩みました。

 

国の状況を考えれば、余分な出費はかけられません。ですが、姫君は純白の馬がいなくなるなど、考えたこともありませんでした。


純白の馬は、城の中でゆっくりと死を待つことになりました。


姫君は、馬が死にそうだという事実を受け入れられませんでした。他の馬に乗り、純白の馬を置いて、戦場へと出かけました。純白の馬が心配ではありましたが、よもや死ぬなどとは思ってもいませんでした。

いえ、死が必然であることは分かりきっていました。ただ、あまりにも身近すぎて、生と死の区別がつきにくくなっていたのです。

 

姫君は純白の馬を恐れました。変わりゆく姿を、今にも消えゆく命の火を、見つめ続けることが出来なかったのです。


あるとき、純白の馬は、姫君が戦場へ行っている間に死んでしまいました。


帰ってきて、そのことを聞いた姫君は、周りが驚く程に冷静でした。溶け始めていた姫君の心は、ふたたび冷たい氷に戻っていました。

 

純白の馬がいなくなってから、一年が過ぎ、二年が過ぎ、三年が過ぎた頃、ようやく戦争が終わりました。


姫君の国は戦争に勝ちました。姫君は生まれて初めて、戦場以外での人生を生きることになりました。


それは姫君だけではありませんでした。戦場に生まれた人たちは、戦場以外の世界を知りません。そして戦場以外を知る人たちとは決定的に違っていたのです。


死が身近すぎました。死は、影法師のように当たり前のものでした。


国はそれから何年もかけて、徐々に戦争の痕を無くしていきました。その間はまだ良かったのです。戦争は終わったけれど、戦争の傷跡は至る所に残っていて、それは建物にも人にもはっきりと確認できるものでした。


ですが、時がたつにつれ、戦場しか知らない人たちとそれ以外の人たちとの間に、越えがたい壁が立ちはだかってきました。

戦場しか知らぬ人たちにとって、それ以外の人たちは、中身が入れ替わってしまったとしか思えませんでした。


何故、何食わぬ顔で、今までと全く逆のことを言うのでしょうか。


以前には、敵は殺せと教えられたはずなのに、今では人を殺してはいけないと言われます。


どうやって多くの敵を迎え撃ち、葬ったのか。以前だったら、賞賛の言葉とともに向けられた羨望の眼差しが、今では軽蔑を含んだそれに変り、非難の言葉を浴びせられます。

 

戦場で生まれた人たちは、ついに耐えられなくなりました。


ここはもう自分たちの故郷ではありません。


ここにはもう自分たちを受け入れてくれる仲間はいません。


戦場しか知らない者たちは、戦場でしか生きていけません。


それ以外の者たちも、自分たちの娘や息子と分かりあえないことに、涙を流していました。孫娘や孫息子が苦しんでいるのは、自分たちの責任だと分かっていながら、何も出来ませんでした。

 

姫君はそういった者たちを率いて、旅立つことを決意しました。


旅立つ日の朝、姫君は、自分の乗る馬が純白の馬ではないことをとても哀しく思い、純白の馬が死んでから初めて、馬のことを想い泣きました。


死は遠く離れました。馬は永遠に戻ってきません。姫君が再び馬と会える日は、いつになるか分かりません。


旅立つ日の朝、姫君を乗せた馬は、黒檀のような漆黒の馬でした。


その後、馬と姫君は心を通わせ、姫君は馬の心が我がことのように分かり、馬は姫君の心が手に取るようにわかったと言います。



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