戦闘・騎士
地球で核戦争が勃発した。
俺は仕事の関係でアメリカにいたので助かったが、残念ながら日本にいた人はほぼ例外なく死んでしまった。この言い方だとアメリカは無事だったように聞こえるが、アメリカでも大半の人は死んでいて、世界各国を見ても無事な所の方がよっぽど珍しいくらいだった。
俺は本当に運が良かっただけの一般人Aで、住居が爆発にも崩落にも巻き込まれず、放射能汚染にも晒されない核の隙間とされる所に本当にたまたま住んでいたのだった。
「よし!これでやっと、ボクは新たなる次元に旅立てる!!こんな、こんな所じゃなくて……!!」
運が良かっただけの一般人Bである同僚の佐川が嬉しそうに叫んだ。見ると、借りたボロいアパートのリビングにそぐわぬ巨大なストーブが置いてあった。サイズは一般的なこたつくらいで、横になにやらパソコン機器などが繋げられている。
「佐川、えぇっと、なんだっけそれ?並行世界への……ワープマシン?」
「アァ!?先輩全然違いますよ!並行世界に跳んだってそこもどうせ放射能まみれでしょぉ!?これは各地で起動した核爆弾のエネルギーがこの次元に与えた空間的揺らぎをキャッチして増幅、並行次元と同位相に調整するジョイント!まさにこの穴だらけの世界から人類が脱出するために用意された希望の翼!」
何を言ってるのかわからない箇所も多い……が、そう言えばわかるまで説明しようとしてくるのが佐川の性格だ。適当に頷いておけばいいだろう。
「それで、もう動くの?」
「数分後には!わずかに残されたネット回線で同志たちと連絡が取れたので、同じタイミングに起動させます。じゃないと揺らぎが相殺され……分かりやすく言うと、パワー不足で失敗する可能性があります。なので国際時間正午に足並みを揃えることにしました!」
「そっかぁ」
チラリと腕時計を見たが、表示は7時前だった。正午じゃなくないか?と思ったが時差を忘れていた。多分今ロンドンは正午を迎えようとしているのだろう。……果たしてグリニッジ天文台は無事なのだろうか。
佐川をチラリと見ると、ソワソワと巨大ストーブの前で待機していた。俺は可哀想に、と思った。
佐川とは会社で知り合ったが、同じ日本人同士、慣れないアメリカでは頼りがいのあるいい同僚だった。家族思いな奴で、それだけに核で家族が(というか日本人ほとんどが)死んだと知った時からちょっとおかしくなってしまったが、それでもこの極限状態で仲間がいるというのはとても安心できることだった。
まともなインフラは残っておらず、当然会社もない中で俺はただ部屋でボーッとしていたが、佐川はインターネットで知り合った世界各地の生き残りたち(彼らも核の隙間にいたのだろう)と連絡を取り合い機械制作に励んでいた。
詳しい話は理解出来なかったが、大雑把に言うと彼らは異世界に転移できるマシンを作ろうぜ、と一致団結して協力しあっているらしい。
いくら技術の発達して令和でもさすがに異世界に飛ぶには無理だろ……と、俺はそう今でも思っているが佐川はこれに熱心に取り組んでいて、失敗を疑っていない。
「電源を入れます」そう言って佐川がレバーを倒すと、ストーブはブロロロ、とまるでエンジンのような音を立てて振動しはじめた。不格好に取り付けられた小さなパーツがガチャガチャとぶつかったり落ちたりしていて、俺の脳内には事故の二文字しか浮かばない。
でもまぁ、異世界転移が不発しようがこのデカいストーブが爆発して死のうが別にいいんじゃないかなぁ。そんな気分なのは俺の家族や友人たちも皆一様に消息不明だからで、俺も現世に思い残しが無いからだ。最後くらいちょっとインチキ科学に気の触れた同僚に身を任せるのも面白いかな、程度に考えていた。
「正午が来ました!起爆させます!!!」
うわ、「起動」じゃなくて「起爆」なのやだな……とか思ってたら、目の前でストーブから白い光が飛び出して、あれ俺これ死ん――――
――でない!?
「あぐあっ!」
「ぐええっ!」
俺は、俺らは地面に叩きつけられた。なんだ?どうなってる?
横に佐川が伏していた。空から落ちてきたような格好だ。ガシャン、と遅れて真横にストーブが、ソファが、テレビが、リビングにあった物々が落ちてきた。
「おい佐川、おい佐川!」
「う、うぅ……」
地面に倒れた佐川を揺さぶる。あれ、地面?草が生えている。外だ。いつの間に外に出た?アパートが吹き飛んだのか?
倒れた佐川や俺、散乱する家具。見渡すとこれらは、森の開けたど真ん中にあるようだった。
「森?森だと?」
俺は混乱した。
ストーブが爆発して、アパートから吹っ飛ばされたか床が抜けたかして外に出たのか?それはあり得ない。
核戦争によってほとんどの国家の大地は高熱と放射能に汚染された。少なくともアメリカの俺のアパートの付近は荒野のようだった。元々アスファルトしか無いような街で、自然なんてなかったのにこんな森が広がっているのはおかしい。
「やった!成功したんだ!」
「うわっ」
抱えていた佐川がガバっと起き上がった。辺りを見て小躍りしている。
まさか、成功か。内心バカにしていた佐川の試みは成功したというのか?
「ここは……地球とは異なる世界なのか……?俺たちは、別の世界に転移したというのか……!?」
「そうですよ!先輩!ついに来たんですよ!!」
佐川に肯定され、急に全身が震え出した。
戦争があってから毎日現実感が無くて、今までずっと感情を殺したようにボーッと生きてきたが……。
「すっ、すごいぞ佐川!」
「やりましたね!!!」
テンションが上がりきった俺たちはそれから十分くらい手を組んでキャッキャッと浮かれあった。
ひときしり盛り上がった所で俺は冷静になった。
「あれ?それで結局俺ら何すればいいの?」
「やだなあ先輩。もう地球じゃないし人間関係もリセットされたから、やりたいように生きればいいんですよ」
やりたいこと……?森しかないが……え、もしかしてこれから文明ゼロの限界サバイバルが始まるってことか?それなら喜びから一転絶望しかないんだが。俺の顔色から何を考えているのか察したのか、佐川は「いやそれは大丈夫ですよ」と説明を始めた。
「ええと、といっても長い説明なんていらないですよね。先輩もこの転移がどういう理論によるものか知ってるじゃないですか」
「おう(知らないけど)」
「それならすぐ分かるじゃないですか。この世界にも地球と似たような文明があるんですから、その社会で暮らしていけばいいんですよ」
「……文明、つまりこの世界にも人類がいるのか?」
「先輩、本当に理論を理解してます?元の地球と同位相に調整できるレベルの世界じゃないと接続ができないんですから、むしろ転移先に人類はいなきゃいけないんです。地理も地球と大差ないでしょうね。あ、呼吸できてる時点で酸素がありますから、大気の状態もおんなじですかね」
すげえな……ちょっと待てよ?
「おかしくないか?元の地球と同位相……あー、同じってことだろ?そんな世界にしか飛べないのなら、なんでここに森がある?元の地球のように荒野が広がっていたり、放射能まみれになっていないとおかしいだろ」
「そこがすごい所なんです。これについては今もボクまだ勉強中でアレなんですけど、プロフェッサーモノリスのプログラムで変化する部分を調整させたんです」
「はぁ」
それからつらつらと説明された。
俺の理解なので合っているかは分からないが、まず、今回の転移の仕組みだが、「核エネルギーのパワー」で別のよく似た世界に転移しているのかと思いきや、「核エネルギーのパワー」で地球をズラすだけズラしておいて、あとはジョイントでそこに転移している、というシステムらしい。
このとき「核エネルギーのパワー」が1あれば1違う世界に調整してそこに飛べる。たとえば俺の髪の毛が一本多いだけの世界とか、佐川の鼻毛が一本少ないだけの世界とか。もし「核エネルギーのパワー」が1000あれば俺の髪の毛が1000本多かったり、或いは佐川の鼻毛が1000本少なかったり(そもそも鼻毛ってそんなあるのか?)する世界に転移することになる。
今回はそれで『地球とほぼ似てるが核戦争でまだ汚染されてないし科学も原子力を扱えるレベルにまで発展してない世界』に転移したわけだが、これを実現するのに1つ問題があった。
それは、「核エネルギーのパワー」を今回の世界に転移できるだけ用意したとして、どのように違うかの方向性がランダムになってしまうことだ。たとえば1000のパワーで『俺の髪が1000本多い世界』に行こうと思ったって、『佐川の鼻毛が1000本少ない世界』『俺の髪の毛が1本多く佐川の鼻毛が999本少ない世界』……これら無数の「同じだけ違う世界」から望む違い方を引き当てるのは不可能に近いのだ。
なんだけれども、プロフェッサーモノリスという人が作ったプログラムが凄くて、これら無数の違い方の中からある程度望んだものを選べる条件指定ができるようなものを作ったらしい。それを利用して、『地球とほぼ似てるが核戦争でまだ汚染されてないし科学も原子力を扱えるレベルにまで発展してない世界』などという都合の良い並行世界を呼び出したのだ、という話だった。
「すごいな、ええっと、そのプロフェッサーモノリスって人。何者なんだよ」
「スゥエーデンの核戦争の生き残りの一人で、ボクがネットで一番連絡をとっていた相手です。本当に頭が良くて、そもそものこの転移ジョイントを発明・設計したのもこの人なんですよ」
そう言って佐川は巨大ストーブを指差した。
「はあ、すごいもんだな。……そうだ、そのモノリスさんもこの世界に来てるんだよな?」
「ええそうです。プロフェッサーモノリスに限らず世界各地の核の隙間の生存者達もこの世界にやってきています。先輩がこの世界で何をすればいいんだ、って言ってましたが、ボクは彼らに合流するのを第一目標にしようと考えています。プロフェッサーモノリスにも直に会ってみたいですからね」
「ふーん」
「先輩も来ますか?」
「え?あ、ああ……」
思わず生返事してしまった。正直、当然付いていくものかと思っていたが。
「この全く新しい世界。先輩にとってはいわば第2の人生ですよね。さっきも言いましたけど、適当に人里を見つけたらそこに住んで一生を終えてみたりしてもいいんですよ。先輩のしたいように生きていいんです」
「お、おおう」
まさかここに来て人生設計の話が来るとは思わなかった。爆弾で現代社会が崩壊してからまともな人生は送れないと考えていたが……。
「言いたいことはわかった。それじゃあまずその人里ってのを探すか。佐川はどうする?」
「うーん、ボクとしても足1つで地球人たちと合流するのは難しいので、異世界人の協力は得るつもりでした。ここは一緒に人里を探すところから始めましょうか」
「おう、そうだな」
……元の世界で佐川は変にハイテンションになることがあって、まあそれは核やらなんやらで心に傷を負ったことが原因だったんだろうが、今ちょっと話してみるとすごい冷静っていうか憑き物が落ちた感じがしてて、プロフェッサーモノリスとかこれからどうするかの話も聞いちゃいたけどこのことの方がよっぽど印象的だったというか、まあなんというかそれが俺にとっては予想外に嬉しいことだった。
移動を開始して数分。ラッキーだったのは靴だ。アメリカの家は普通に靴を履いて暮らすもんで、俺もまぁ郷に入っては郷に従ってたんでオキニのシューズを履いていた。別に履かなくてもいいし、実際在米日本人で家は土足厳禁にしてるって奴が大半なんだけどもし俺がそうしてたら森の中を裸足で歩かされることになってただろう。もちろん同じ部屋に住んでた佐川も靴は履いている。
佐川といえば、ちゃっかり異世界用の物資をまとめたリュックを用意してたみたいで、食料やらなんやらの不安もないらしい。俺もなんらかの理由でアパートから避難しなくちゃならなくなった時に備え災害バッグみたいなのは作ってたが、残念ながら寝室に置いてたので異世界には持ってこれなかった。(俺らと一緒にこの世界に飛ばされていたものは転移が行われたリビングに置いてあったものだけで、寝室のものは含まれていなかったのだ。ちなみにメモ帳やらスマホやら、飛ばされてきていて一応使い所がありそうな物はいくつかビジネス鞄に入れて俺も運んでいる)
近くの茂みが揺れた。
「なんだ?」
野生動物か――と思いきや現れたのは人だった。ひどく薄汚れているが、兜にマントを着て腰に剣を佩いている。その姿は西洋の騎士を連想させた。
「ニーシィ、ランガウレン?」
「え?なんて?」
なにやら騎士がこちらに語りかけてくるが、言葉が全然わからない。何語だ?
「地球と似た世界に来たとは言ってたが、さすがに言語はまるっきり違うのか?」
「そうですね……どうします?」
「ウォー、ニーツァイ!」
叫ぶなりいきなり騎士がカン高い声を上げて滑るように突っ込んできた。剣を抜いている!
「佐川ァ!」
突き飛ばして剣を鞄で受ける。鞄の金属パーツに弾かれたらしく、耳障りな音を立てて直剣が横に抜ける。いきなり斬りかかってくるとは野蛮な奴!
バッと離れるが相手は追撃して来ない。こちらを観察している態度だ。
「……」
ゆっくり回り込んで来た。佐川を狙おうとしている?別に佐川だって男だし守ろってやろうとか思わねえけど、側面を晒さないために距離を保ちつつこちらも旋回すると、奇しくも佐川を軸に俺と騎士が回転している感じになっている。
「シッ!」「来た!」
再度滑るようにこちらに突っ込んでくる。地を這う剣術か、だがブーツが重そうで、引っ掛かっている感じがある。
「オラッ!」
斜めに振り下ろされた剣を右に交わしながら相手のスネを靴先で蹴りつけると、ガィィィィンという音がして弾かれた。痛ってぇ!服の下で見えないが全身ガチガチに鎧を着込んでるな?
もう一発ケリを今度は胴体にお見舞いしてやると、相手はたたらを踏んで左後ろに下がった。慌てて佐川が俺の真後ろに逃げ込んでくる。
(ケリ一つでバランスが崩れた。相手の体幹が異様に弱いぞ。それから、相手の足捌きが妙だ。一歩一歩の繋ぎ目がないというか、柔道の摺り足みたいな動きをしてくる。剣の戦い方なんて知らねえけど全身鎧の西洋騎士が使う剣術との相性が良い動きには見えない。そうせざるを得ない理由があるのか?)
確かめるために一つ石を投擲した。相手の左足(こっちからみて右)を狙うと、剣の腹を回してキンッと弾かれた。
「先輩ぃどうします?逃げましょうよ」「ちょっ黙ってろよ」
佐川は使い物になんねえ。そこはまあいいとして、相手は多分、「シィィッ!!」っと来た!
前二回と違い右肩を盾にするようにタックルしてきて、体で隠すように向こう側に剣が構えられている。ぐッ!タックルは大したダメージじゃない!敢えて受ける。少し弾かれて相手と俺の体の距離は80cm程度と剣で斬るには絶好の距離。しかも俺の態勢は崩れ気味。
好機と見た相手がそのまま右から斬撃を放とうとするが、それより先に足で相手の左膝を蹴りぬく!相手の体が斜めに回ったことでわずかにコースを塞いでいた敵の右足がズレた――その隙間を見逃さない突きのようなキックが相手の左足を直撃した。
「ア゛ァッ!」「うおおッ!」
剣で斬ろうとしていた相手の体は、しかし踏み込む足が無いためにズルリとこっち側に崩れ落ちる。圧倒的チャンス。
邪魔な鞄を手放し両手をガチッと組み合わせると、即席の腕のハンマーが完成する。
俺だって崩れ気味の態勢でキックを放ったもんだからほとんど転んでいるようなものだが、全身のバネを使いその転倒の力をフルに相手の方向に倒し攻撃に利用する!
「オラァ!肘ハンマー!!!」「技名ダサっ!?」
バギィッ!!隙だらけで俺の懐によろけてきた相手の首裏に全力で左肘を叩き込んだ。鈍い音が走る。
「ガァッ、アッ!」
断末魔のような叫びを騎士が上げると、そのままバダンと倒れてそいつは動かなくなった。
何もしてないくせに俺以上に汗をかいてハァハァ言ってる佐川にテンションの高いまま俺は解説してやった。
「いや、どうも動きが変ってんで足が悪いのかなって気づいたんだよ。確認に石を投げたら防がれたけど、鎧を着てて防御に不安がないならわざわざ防いだりもしないよな。それで、左足が怪我かなんかしてるって確信して次の接近でおもっくそ蹴りつけた」
「せ、先輩」
「ああそう、いま攻撃してわかったことがある。タックルが弱めだったのも体幹が弱かったのも全部足が弱いからかなって思ったんだけど、首を殴ったら「あれ?なんか骨が細っこくね?」って感じしたんだよ。それでわかったんだけど、多分、こいつ中身女だな」
「殺しちゃったんですか?」
え?
……。俺のハイテンションな早口が止まった。
いや、未だにこの騎士動かねえんだけど、首裏への攻撃で気絶するのって大体脳震盪なんだけど、それで気絶するっていっても数秒が限界でもし長時間の気絶をしているならそれは多分延髄?脊髄?とかを損傷していて仮に生きていたとしても神経の束が直接損傷してるってことだから肉体的な後遺症が残るってことでえっと……
「あ、いや、責めてるわけじゃ」
慌てて佐川が宥めてくる。いや、でも、死んでないよな?殺しに来てる相手から身を守るために相手を殺してしまうことは仕方のないことだが、それはそれとして、勿論、俺は倫理的に人を殺すのはよくないことだとわかっているし、そんなつもりは毛頭なかったのだが……。
言い訳するようにべべべと回転する頭を他所に佐川はスススと騎士に近づいていく。
……胸に耳をあてしばらくすると、俺の方にグッとサムズアップしてきた。
「死んだってこと?」
「生きてます」
よ、よかったー!
鉄で出来た脛当てや膝の防具を思いっきりスニーカーで蹴っているので主人公の足は普通に打撲しています。骨折したり捻挫していないだけラッキーか。