第1話『マシロ視点』-4
たったひと噛みでこっちは即アウト。ノーダメージでこの局面を乗り切るのは非常に難しい。
「みんな元気すぎるだろ!」
セイが持っていた学生カバンをぶん投げる。先頭にいた感染者の顔面に命中して一人目が倒れた。
そのタイミングでさっきのおじさんが白衣のポケットから小さなビンをいくつか取り出し感染者の足下に投げつけた。そのビンが割れ、床と感染者たちに薬品が飛び散る。
一瞬だった。
その場にいた感染者の足下から一気に炎が燃え広がった。全身を真っ赤に焼かれ断末魔の声をあげるバケモノたち。
「その薬品はただの液体じゃない。発火温度が極めて低いからな。空気に触れるだけでよおく燃えるぞー」
エレベーターから飛び出してきた五人の感染者があっという間に黒コゲになって倒れた。完全に焼き殺された。さすがにもう動かない。
「様子を見にきたらこれかい。……もう充分、手遅れだな」
天井のスプリンクラーが作動して通路に消火用の水が降り注ぐ。このままでは全身ビショ濡れだ。
そこでおじさんが近くの作業室を指さした。
「学生さんかい?」
とりあえず白衣のおじさんと一緒に部屋に入る。室内を見回しても動く人影はない。この部屋に感染者の気配はなかった。今のところ安全らしい。
「まあ無事でなによりだ」
「あの子を追っていたら成り行きで中まで入ってしまって……不法侵入ですか?」
「そんなこと今さら誰も気にしないよ。この様子だと、たぶん地上階は全滅だなあ」
おじさんがドア前にテーブルを持ってくる。バケモノが突っ込んできても開かないようにストッパー代わりに置いたのだろう。
「噛まれてないか?」
「大丈夫です」
「俺は開発部のワサビだ。ようこそ、グンジョウ研究所へ。生きて帰れる保証はないけどな」
ワサビと名乗ったそのおじさんが白衣から薬品の入った小ビンを取り出した。
「持っとけ、フタは開けるなよ。空気と反応してすぐ燃えるからな。それにしても劇物の感染力がこれほど強いとは……予想外だったな」
「警察に救助要請とかできませんか?」
「ムダだろうなあ、装備が弱すぎる。状況を理解する前に噛まれて感染拡大だ。劇物に感染したら自我が吹っ飛ぶからな。警察の説得なんかきかねえし、発砲許可が出る前に喰われて終わりだ。すぐに解決できる状態じゃない」
くたびれたヨレヨレの白衣にボサボサの髪と無精ヒゲ。開発部と言っていたからこの人が劇物の開発研究をしているのだろうか。
「あー、ちなみに俺はたいした事ないザコ研究員だからな。実際にメインで実験しているのは所長のグンジョウさんとサクラって若手さ」
自称ザコさんが話を続ける。
「この研究所のトップ。最年少研究員、サクラ。オレみたいな凡人とは脳ミソのレベルが違う天才研究員てわけよ」