第3話『ムラサキ視点』-2
正直、色々と混乱しているが……つまり今のオレが五周目ってことか?
現在の記憶はしっかり覚えている。ただ二周目三周目になにが起きたのか曖昧すぎて思い出せない。この動画を録画していた四周目もほぼカラッポだ。何に襲われて前回オレは死んだんだ?
「とにかく実際に調べてみないとダメだな」
行動を起こそうとした時、不意に建物全体が揺れた。
同時にどこかで銃声も聞こえる。誰かが戦っている。
先にイチゴが動いた。
「ちょっと様子を見てきまっす。ヤバそうだったらすぐ戻ってくるんで。逃げられる準備してくださいよ」
オレもついて行こうかと思ったがあっさり諦めた。持ってる武器はナイフだけ。戦って勝てる見込みもない。
たぶん勇敢に戦って勝てるほどオレは強くない。なんせただのバイトだ。すべての人を救える英雄じゃない。
だからオレは死にまくってここにいるんだろう。
さきほどのスマホ動画で過去の自分が言っていた『もう死ぬな』と。
「ひとりで大丈夫か、お前。武器それだけだろ。実弾だよな? 安全なのか、いきなり暴発とかしねぇよな?」
「古くさいAKじゃあるまいし……」
イチゴが肩にかかっているアサルトライフルをかるく持ち上げる。
「AKなんてあんな古いモン今どきド田舎のテロ屋しか使ってませんよ。私が使ってるのは『XMセブン』反動が少なく、照準がブレにくい。抜群の連射性能。撃つ場面でいいこと尽くめのフルオートっすよ」
銃には詳しくないのでよく分からないが。
「XMセブンは硬化鋼製のペネトレーターが剥き出しになって貫通力を増し……」
「や、そういうのいいから」
解説を聞いてるヒマはない。
「とにかくダメージとか殺傷能力の高いヤバイ銃っすね。AKなんて性能ザコっすよ」
AKファンから叩かれろ。
「じゃ、ちょっと周辺を見てきまっす。お留守番してるあいだに死なないでくださいよ」
不穏なセリフを残してイチゴが通路の向こうに消える。
もしかしてここに残されて前回オレは死んだのか?
とにかく答えが分からない。思い出せ自分。前回ここでなにがあった? オレは何と戦った?
迷っている数秒。
ほどなくして、べつの通路から足音が近づいてきた。
イチゴの足音じゃない。明らかに歩き方が違う、おそらく男だ。
ナイフを両手で構えて敵を待つ。感染者だったら即、斬りかかる。噛まれたらまたアウトだ。
緊張の時間。ストレスで胃が痛ぇ。
「あー、死ぬかと思った。ここまできて倒れるわけにはいかない……」
予想通り男の声だった。
が、普通にしゃべっている。感染者にはまともな意識がない。普通に会話なんてできない。
ってことは正常な人間か。まだまともな生存者がいたってことか。
相手は制服を着た学生だった。
こっちの顔を見るなり安心したように手を振ってきた。持っていた小型の拳銃をホルスターに突っ込む。撃つ気はないらしい。とりあえず敵じゃないってことか。
「やっと合流できました。はじめまして」
「誰だ、お前」
「敵じゃありませんよ。あのバケモノでもない。あ、先に説明しておきますねムラサキさん。俺はセイ。星です。この星そのもの」
ガチでイカレた奴が現れた。
「な……なに言ってんだ、お前」
スマホ動画で聞いた名前だった。過去のオレが言っていた。
セイって学生を見つけろって。
「えーっと、そうですね。まず現在の状況を理解していただくために、この事件の……あなたの解決編からはじめましょう」
唐突すぎる。意味が分からない。
解決編ってなんだ?
「とりあえず諦めて聞いてください。あなたに理解してもらわないと困る。もうあなたしか世界を救う手段がない」
「いやいやいや、オレはただのバイトだ。世界とか救えないから」
いつからオレはヒーローになったんだ? もう四回も死んでるんだぞ。
「最初から説明しますね。ある日突然、劇物はこの世界に落ちてきました。これでも俺はこの世界をけっこう大切にしているので破壊されては困る。だからなんとしても劇物を処理しなくてはならない。この世界を守るために」
とりあえず頷く。オレはもう黙って聞くしかない。
「最初の世界はあっけなく劇物に支配されて崩壊しました。感染は世界中に拡がって文明が滅びたんです。だから世界そのものが、俺がこの世界に干渉するしかなかった。この時間まで世界そのものを巻き戻したんです。ここがスタート地点なので」
セイという学生が説明を続ける。
「納得できないなら何度でも言います。俺は世界そのものです。だからこの物語の主人公ではない。結局、何度やっても失敗したんですよ。劇物を破壊することができなかった。俺はまだ最下層にたどり着いたことがない」
こいつも失敗だらけって……どうすりゃいいんだ?
「共に行動していたメンバーは何度やっても全滅しました。全員、死にます。毎回死にます、必ず死にます。……でもなぜか毎回、最後の最後まで生き残る人がいたんです。何度リピートしてもギリギリまで生き残る人物、圧倒的に生存確率の高い人が一人だけいました。その人物が」
「オレかよ……」
「正解です。だからあなたにリピート能力を与えた。俺もあなたと行動すれば生存確率が上がるかもしれない」
そう簡単には信じられない現象だが実際にオレはこの世界を繰り返している。もう信じるしかない。
「じゃあお前が世界そのものなら、そのチカラでなんとかならないのか?」
「色々と制約がありましてね。なんでも出来るわけじゃない。毎回、世界をつくり変えるには問題が多すぎるんです。まあ言語化が難しいので割愛しますが」
世界さま、使えねえな……。
「それに俺は世界であって神様ではない。そもそも世界に神様なんていませんよ。存在しない神様には祈りも願いも届かない」
結局、自力でクリアしろってことかよ。
「世界は過去で出来ている。世界に未来はつくれない。今、この瞬間だって一瞬で過去になる。歴史ってのはそうやって世界に刻まれてきた。ただ未来をつくることはできなくても予測することはできる。今ここが歴史のターニングポイントなんです。ここであの劇物をなんとかしないと未来が潰れる」
セイは言った。
「俺はあくまでサポーターです。皆さんには一人でも多く生き残ってもらって、なんとしてもこの世界から劇物を処分してもらいます。でも俺は主人公ではないので皆さんの物語にあまり深く干渉できません」
「運わるく選ばれたってことか、オレたちが」
「納得してもらえましたか?」
できるワケねーだろ。
「でもやるしかない、だろ?」
「正解です」




