第1話『マシロ視点』-1
隕石が落ちた街。
その話題で数年前に少しだけ世間を騒がせた街。
ただ今となってはもう過去の話題だった。宇宙から降ってきたその鉱物が珍しい物だったらしく、現在では鉱物研究のため『グンジョウ研究所』という施設が建てられた。
そして今、十二月。
なぜかこの研究所はバケモノで溢れ返っていた。
『ごめん、巻き込んで』
「仕方ないよ、誰もこんなの予想できないって。いつの間にこの研究所はバケモノだらけになったんだ?」
二人で周囲を見回す。
入ってすぐのエントランス。少し先にロビーの受付があった。人はいない。代わりに床や壁に飛び散った血の跡がへばりついていた。
「今までなにも問題なんて起きなかったのに。これじゃすでに内部もアウトだね……。でもあれゾンビって感じではなかったな……」
『うん、劇物って呼ぶらしい。劇物に感染したら、ああやって暴走するみたい』
「劇物っていうウイルス?」
左目が反応した。
《ウイルスではないよ。生物だ》
『ん?』
どうやら左目がしゃべっても周りに聞こえないらしい。私と合体した劇物の声は私にしか届いていない。
『えっと、ウイルスじゃなくて生物なんだって』
「生物感染……それで意識を乗っ取られるのか」
警戒しながら室内を歩く。どこかでうめき声は聞こえるけど、近づいてくる足音はなかった。
「研究所の外には出られないね。なんとか別のルートで脱出しないと」
『武器が欲しーよぅ』
「こういう時ゲームだったら、その辺に銃とかナイフとか落ちているんだけどね」
現実はそう甘くない。残念ながら銃なんて都合よく落ちていない。弾薬や回復アイテムも無し。
《さてマシロ、そこの部屋に入るんだ》
劇物が言った。こいつはこの研究所の実験生物だから、内部のマップを知っているのかも。
『セイ、こっちこっち』
入り口の近くにあった事務所っぽい部屋を見つけてドアの前に張りつく。開けた瞬間に感染者が襲いかかってくる可能性もある。ゆっくり慎重にドアをあけ隙間からのぞき込む。
「誰もいないか……」
『よっし、ちょっとお邪魔しよ』
明るいライトのついた部屋。ホラー映画のような薄暗い場所ではない。
事務仕事をするためのパソコンやコピー機、ファックス。ファイルの並んだ棚にデスク。研究所といっても案外、普通の空間だった。
《マシロ、上のエアコンが見えるかい》
劇物に言われ部屋の天井を見上げる。
あった。見た感じ普通のエアコンが設置されている。
《直接それにさわるんだ》
机に足をかけてよじ登る。そこから腕を伸ばしてエアコンにさわった。
《ボクら劇物には大量の知識と同時に、物体を変化させるクリエイト能力がある》
『クリエイト? 魔法みたいな?』
《いわば錬金術さ。やろうと思えば無から有を生み出すこともできる。……が、おそらく宿主の脳が焼き切れるからできない。情報処理が追いつかないんだ。けれどこういったすでに存在する物質を利用すれば、宿主の脳にあまり負担をかけずに別の物体をつくることができる。意識を集中してマシロ。武器になるような長い物をイメージするんだ》
言われたままその形をイメージする。
不思議な感覚だった。まるでCGのフレームを操作しているような感じ。エアコンの部品が映像として認識できた。そのひとつひとつの部品が触れているだけでドロドロに溶けて形状を変えていく。
『細長い物をイメージ……』
エアコン内部からみるみる部品が消えて私の手に細長い棒が現れた。
《分かるかい? エアコン内部のアルミを利用したんだ。アルミは軽くて丈夫。振り回すにはちょうどいい》
『これが劇物のちから……』
まるで魔法だった。
エアコンから錬金術で二本のアルミ棒を作り出した。その一本をセイに渡す。
「キミは何者なんだ……」
『いやー、私もよく分かんない。なりゆきでさっき拾った能力だから』