第2話『マシロ視点』-2
『そーいえば、あのおじさんって……』
「ああ、ケシズミか……」
なにか含みがあるらしい。意外とハッキリ表情に出た。
「まあ優秀なタイプではない。人間的にも問題だらけだ。昨日、ケシズミと商品部の人間が口論してたって話も聞いたが……。ほかにもアイツは色々とね。あの暴走行為も当然の結果だな」
問題児おじさん確定。
『やっぱ今回の事件を起こしたの、あのおじさんでしょ』
「可能性はある。だが確証はない」
証拠がないのか。めんどくさいな人間のルールって。
と、なぜか小さな呼吸音が聞こえた。
この部屋じゃない。でもすぐ近く。
感染者じゃない。動物でもない。普通の人間の規則正しい呼吸の音。
『誰かいる?』
「ああ、警備室の奥に小さな留置場がある」
『留置場……誰かいるの? こんな状況で』
「つい半日ほど前にね。現在、拘留中のヤツがいる。殺人だ」
よりによって殺人って。
『ガチっすか』
「ガチだね」
『ん? そういえば……』
そこでふとワサビさんの言葉を思い出す。
「人間の頭を丸ごと吹っ飛ばす殺人鬼がいる。商品部の奴がやられた」
とか言ってた気がする。
「留置場にいるのは警備部のアカネって女だ。妹を撃ち殺した。防犯カメラに映像も残っている。言い逃れはナシだ」
さすがに防犯カメラに映像があるってのはもう犯人確定だわ。
『警備部の人が殺人なんて……』
「まだ劇物がバラまかれる前の話だ。いくらこの研究所でも殺人は初めてだった。ほぼ同じタイミングで商品部のキミドリってヤツも殺された」
劇物事件の直前に、いきなり二人も死んだのか……。
「本来なら警察に捜査を頼みたいところだが状況が状況だからね。一時的にここで勾留している」
「連続殺人ですか?」
「商品部の事件は証拠ゼロだった。映像もナシ。目撃証言もナシ。商品部のキミドリって男が頭を吹っ飛ばされた。俺はそれを調べている」
『今? この状況で?』
「キミドリの件をアカネに問いただしたが、本人は否定していた。やったのは妹だけだと……。もし犯人がべつにいた場合、犯人に好き放題されて野放しなんて論外だろう? 人間の頭を吹っ飛ばす殺人犯だ。放置はできない。なんとか犯人を探せってグンジョウ所長の指示でな」
『グンジョー?』
「この研究所のトップ、グンジョウ所長だ。上からの命令だからね。一応、捜査はしてみるさ」
クレナイさんが肩になにかの機材を装着した。どうやら無線機らしい。周波数を合わせて無線に声を乗せる。
反応は早かった。
「ダメだな、無線に誰も出ない。警備部もほぼ全滅だな。あと何人生き残っているのか、あまり期待はできないね。……感染者と遭遇することを考慮してオレが先に行く。安全なら地下への通路を開けておく」
銃弾を補充してクレナイさんが背を向けた。
「部屋を出る前に防犯用の監視カメラで周辺を確認してくれ。この研究所で普通のケータイは使えない。最下層の開発部から一気に外に出られる緊急用エレベーターがある。最終的な目的地は最下層だ。なんとしても生き延びろ。いいね?」
端的に指示をだし警備室を出て行く大きな背中。
セイも銃弾を補充して準備完了。ちなみに私の小さな手で拳銃は使えない。
「行こうか、マシロ」
『うん。あ、その前に……留置場、覗いてみる?』
「さっき言ってた妹さん撃った人かい?」
『そうそう。なんかおかしい気がするんだよね。普通、警備部の人が自分の妹さん撃つかなあ』
「話だけでも聞いてみようか。オリのなかじゃ武器とか持ってないだろうし」
とりあえず二人で留置場に向かう。そしてすぐそこに小さな部屋があった。
いた。
女性がひとり。警備部の黒い制服に身を包み、床に座り込んでいる。
ゆっくりと顔をあげた。
「あら学生さん? と……」
目が合う。途端に表情が変化した。ひどく驚いた顔でこっちを見ている。
「感染者? あんたたち……まさか適応してるの? あの劇物に」
セイが言った。
「運が良かっただけですよ」




