プロローグ『マシロ視点』-2
ボウガンを撃ってきた犯人を探したいところだけど、周囲に人の気配はなかった。もう逃げたのかもしれない。
《キミの名前は……ああ、検索できた。マシロだね》
『うん、そう呼ばれてる。……で、あなたいったい何物?』
《名前などない。ただここの研究員にはこう呼ばれていたよ。……劇物、とね》
劇物。
研究員。
聞き慣れない単語を聞き返そうとしたら、急に誰かの足音が近づいてきた。
「キミ、大丈夫かい?」
小柄な私の顔をのぞき込んでくる声。たぶん高校生くらいだろう。制服姿の男子学生がそばにいた。
さっきの黒猫を心配してここに潜り込んだ私。さらに私の姿を見かけてこの人が追ってきてくれたらしい。
『うん、大丈夫』
自然と声が出た。
高校生がビックリした顔で見てくる。しかも私の顔をジロジロ見てくる。
『そんな驚かなくても』
「ああ、ごめん。そうか、そういう研究所だもんな、ここ」
なにかに納得したらしい。勝手にうなずいている。
「俺はセイって言うんだ。キミは?」
『マシロって呼ばれてる』
どこかで警報が鳴りはじめた。
高い壁に囲われた敷地内。私たちが入ってきた入り口に突然巨大な隔壁が下りて逃げ道を封鎖された。
『あれじゃ脱出できない』
急に状況が変わった。
さらにあっちこっちからうめき声が聞こえてくる。
どこから現れたのか、白衣を着た人たちがぎこちない足取りで近づいてきた。
『なにあれ』
《劇物の感染者。つまり適応できなかった者たちだよ》
圧倒的な説明不足。それでも伝わるものはあった。
『とにかくヤベーってことでしょ!』
人がどんどん集まってきた。このままだと囲まれる。
《彼が喰われてしまうね》
左目に寄生した劇物って奴が、気楽に状況説明してくれる。
あっという間に周囲は白衣のバケモノだらけだ。
《適応できなかった感染者は自我を失っている。のんびりしているヒマはないよ。喰われて死ぬからね。走れるかい?》
『走るしかないでしょ! 行こう、セイ!』
「外には行けないぞ。建物の中に逃げ込もう」
歯を剥き出しカチカチと鳴らしながら近づいてくる感染者。その白衣の集団を、学生カバンを振り回してセイが道を拓く。
「行け、マシロ!」
二人で全力ダッシュ。
建物の入り口へすべり込む。ドアを押し開け内部へ転がる。
と同時にセキュリティが反応したのか、ガシャンと入り口のドアがロックされた。大きな隔壁が下りて完全に出られなくなった。
建物のどこかで機械的な女性の声が響く。館内アナウンスが流れはじめた。
「緊急事態が発生しました。所内の一部エリアをロックします。繰り返しお伝えします。緊急事態が発生しました。所内の……」
無機質な館内アナウンスが続く。
外から聞こえるバケモノたちのうめき声。
セイの顔を見上げる。
つまり私たちは。
『閉じ込められた』