第1話『マシロ視点』-12
表情のない赤い目。
セイが近くに落ちていた銃を手にした。
銃口を向ける。トリガーに指を引っかけ、ためらうことなく。
『待って、セイ』
撃った。
二発、三発。
乾いた銃声。それは正確に命中していた。
振り返る。
頭を撃ち抜かれ、あのバケモノが倒れた。
セイがゆっくりと銃口を下げる。
『私の声、聞こえる?』
「ああ、幸運だね。どうやらまだ人間らしい」
セイの目は赤いままだった。
『適応できたの?』
《いや違うなー、これは。そもそも浴びた血はマシロに適応した血液。つまり生物に適応した血液だった。それだけで暴走のリスクはかなり下がる。さらに浴びた血液はごく少量。さらにさらに水ですぐ洗い流され彼の体内にほとんど侵入していない》
セイがおもむろに立ち上がる。
《聞こえるかね、少年》
劇物の声に反応してセイが耳を押さえた。
《届いたな。はじめまして、ボクが劇物だ。聞こえているだろうが、これは音ではない。そーゆー現象として理解してほしい》
セイがこちらを見た。私はただうなずくしかない。
《キミは適応した血液を浴びた、言うなれば微感染の状態だ。原理はウイルスと似ている。簡単に言えば……劇物に感染して病原体の数が増え、身体の組織を破壊しはじめると発症する。普通ならアウトだ。……ただしウイルスが体内に入っても、ほとんど増えることなく人体に影響を与えず共存しつづける場合もある。今のキミの場合がそれだね。付着した劇物が少量だった、さらにすぐ洗い流した。結果ごくごく微量な劇物だけが体内に残ったのだろう》
崩れかけの天井を見上げるセイ。その胸の内は見えない。
「いつか発症して俺もバケモノになるのか?」
《その劇物が完全に適応するのか悪化するのか、ボクにも分からない。ボクは医者でも研究員でもないからね。この星に落ちただけの名も無き生物だ。それとも、なにか優しい言葉が欲しかったかい? 安心が欲しければ選択肢を選ぶが?》
「いや、必要ない。……ただこの展開は予想していなかったよ。どうやらこのルートが正解みたいだ」
なにかに気がついたのか、セイの表情に迷いはなかった。覚悟を決めたらしい。
「……まだ生きてる。じゃあ答えはハッキリしている。行こうマシロ、キミをゴールまで連れていく」
とは言え、状況はなにも好転していない。とりあえずここから下りなくてはいけない。
現在、四階。
移動するためのロープやハシゴは無い。下を覗けば白衣の感染者がウロウロしている。
『下りる前に武器がいるなー』
もう一度部屋を調べる。
見渡すかぎり普通の事務所。あっちこっち吹き飛び半壊している。なによりゲームじゃないんだから普通の事務所に都合よく武器なんて落ちていない。
『ねえ劇物』
目に留まったものがあった。
頭を撃ち抜かれ倒れている変異体の劇物。その長く伸びた爪をパキっとへし折る。
『これも劇物の一部よね』
《もちろん。初めからボクたちはひとつだった。そしてこの街に落ちて彼ら研究員によって分割された。言わばその爪もボクの一部だ》
物質の情報変換。劇物から教わったクリエイト能力。
情報を書き換えることで物理的に変化を起こす。
これができるならバケモノの組織も私の思い通りに変えられるはず。
へし折ったバケモノの爪を自分の指先、私の爪に重ね合わせる。
イメージ。
目の前にある物質を映像としてイメージする。
自分の爪とつながるイメージ。
組織としてつながるイメージ。
そこに違和感はなかった。自然とバケモノの爪が私の指先とつながる。
『どうかな?』
《悪くない。少し慣れてきたね》
劇物の言った通りだった。
イメージの延長。
離れたところに転がっていたパソコンに向かって爪を振り下ろす。
私の意思のまま鋭い刃となって長い爪があっさりパソコンを切断した。
しかし長すぎると不便なので爪を短くイメージする。瞬時に爪が普通の長さに短縮された。これで移動しやすくなる。




