第1話『マシロ視点』-11
クレナイの姿が消えて数秒。即座に上のフロアから振動と爆発音が踊りだす。
どんな状況か理解する前にすぐ結果が目前に降ってきた。
あの人は行動に迷いがない。なさすぎる。
四階フロアの天井が一部分だけ崩れて血だらけの女性が落下。
感染者だ。ただ少し様子が違った。
指先の爪。両手の爪が異常に伸びている。
《変異体だね》
劇物に訊いた。
『どういうこと?』
《大量に感染者が発生すると、なかには突然変異を起こして形状が変わる個体も出る。より攻撃的に進化したんだね》
『攻めすぎっしょ、それ』
《新時代のトレンドは、いつだって叩かれるものさ》
『いらんわ、そんな哲学』
白衣の女性は爪だけが異常に長く、たぶん三メートルくらいはありそうだった。
赤く染まった白衣。自分の血液か、他人の返り血か。足が折れているらしく、かなりぎこちない歩き方で迫ってくる。意外と速い。
そのバケモノが両腕を振り回した。
「狙いづらい!」
さきほど受け取った拳銃は銃弾に限りがある。ムダ撃ちはできない。さらに相手のリーチが予想より長い。
セイが攻撃を回避しようと床を転がる。
敵の攻撃は私にも向けられる。爪の長さを瞬時に見切って横に跳ぶ。
かわしたつもりだった。
目の前で、変異体の爪が急激に伸びた。
その先端が私の腕をかすめる。たいしたことはない。かすり傷だ。
ただし。
わずかに腕から血が飛び散った。
その血液がすぐ近くにいたセイの顔面に付着する。
《まずいぞ、マシロ。キミの血は劇物に感染したものだ。感染者の血液なんだよ》
セイの動きが止まった。膝から崩れ落ち顔を押さえて呻いている。
劇物の言いたいことはすぐに分かった。セイが感染した。私のせいで。
《だが体内に取り込んだ量が少なければ発症のリスクを……》
そういうことか。のんびり話を聞いていられない。
『間に合ってよ!』
私は近くに落ちていたパソコンを掴みスプリンクラーに向けてぶん投げた。
パソコンもろとも壊れて吹き飛ぶスプリンクラー。同時にその根本から大量の水が噴き出した。
セイの身体を引きずって降り注ぐ消火水を彼の顔面にぶっかける。
同じタイミングで白衣のバケモノが接近してくる。もう忙しすぎる。
『ってか、武器ないんだけど! ちょっと、ねえ!』
小さな私の手や指では銃を扱えない。あのアルミ棒を握るのがせいぜいだ。
すぐそばにいたセイが顔を上げた。片目だけ。血液を浴びた左目だけ赤く変色している。
感染している。そして発症してしまった。彼が暴れる前に殺すしかない。
そうしないと私まで襲われる。




