プロローグ『マシロ視点』-1
帰り道。
『さみぃーなぁ……』
冷たい空気。
どこか建物に入りたい。あったかい部屋なら文句なし。
と、後ろ姿が見えた。
黒猫だった。
痛そうに片足を引きずっている。
助けなきゃ。
本能的にあとを追った。
逃げるように大きな建物の入り口へ黒猫がすべり込んだ。
すぐ追いつける。そう思って迷わず私も入り口にすべり込む。
『あれ?』
黒猫がいなかった。あの足では走れないはずだ。
知らない建物。周りは高い壁に囲われ、出入り口はさきほどの一か所だけ。
『どこかその辺に……』
ヒュン、という音。反射的に振り返る。
なにかが飛んできた。ズンっと顔に刺さる感覚。
左目。
私の左目に。
痛みが遅れてやってきた。すさまじい激痛に地面を転げ回る。
『痛い痛い痛い』
なにか刺さっている。それをムリやり引き抜いて捨てる。目から血が飛び散った。
《キミのような子供では大変かもしれないが》
なぜか声が聞こえた。
すぐ近くで誰かしゃべっている。
『助けて、助けて』
《ああ、ボクも同じセリフを言おうと思っていたんだ》
地面にゼリー状のプルプルしたものが落ちている。しかも話すことができる。
《運が良ければお互いに生き延びることができる。ボクと合体してキミは力を手に入れるんだ》
『もう何でもいいよ、助けて!』
限界だった。出血が止まらない。
《じゃあ覚悟はいいかい? 生きるも死ぬも、運命さえも巻き添えに!》
ゼリー状のものが動いた。
《お邪魔するよ》
地面にへばりついていたそれが飛び跳ねた。そのまま私の顔に張りつき左目に入ってくる。
痛みはなかった。異物が自分の中に侵入してくる恐怖。声が出ない。
感覚がおかしい。
知らない大量の情報が一気に押し寄せてくる。たぶん数秒。ごくわずかな時間。私はそれをなんとか飲み込んだ。
《よおし、ボクたちは幸運だよ》
頭がグラグラする。
その揺れが突然、止まった。視界が鮮明になり目の痛みも消える。色が生まれた。
《キミの神経と脳につながった。適応、完了だ》
いつの間にか目の出血が止まっている。止血したわけではない。自然に止まっていた。
『えっと……私たち、一体化してるの?』
《もう切り離すことはできないよ。まあ安心してくれ、ボクの細胞がキミの身体能力を爆発的に向上させる。せいぜい生き延びてくれよ。キミが死んだらボクも終わりだ》
無意識に地面を見る。さきほど目に刺さっていたほそ長い物が落ちていた。
『これは……』
《ボウガンの矢だよ》
『あー、見たことあるかも』
《良かった、知識の共有も完璧だね》
『共有?』
《そう、すべての知識がシンクロしたわけではない。ボクのごく一部。さらにその中のごくごく一部しかキミに渡していない。膨大な情報で脳が焼き切れるからね》
言っている意味がよく分からないけど、なにか危険な匂いがした。
『どうして私と合体したの?』
《ボクらは二十一グラム以下になると生存できない。わずか数時間で死滅する。あの時ボクは本体から切り離された直後で時間がなかったんだ。なにせ単体では生存できない。誰かに寄生しないとね》