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夜行バスでフェイスシールドをつけて寝たときの夢の話

作者: 牛牡丹

実際に見た夢の話です。脚色は加えていません。変えたところは友達の名前を変更したぐらいです。

 新型コロナの感染が急増しているこの年始に夜行バスに乗るのは怖いものだ。

 できることなら関東に残っていたかった。しかし五日から授業が始まる僕はこの夜行バスに乗る以外の選択肢がなかった。新幹線は数倍値段が高い。夜行バスのキャンセル料も考えたら、苦学生の唯一の心の拠り所のお年玉を交通費に変換することはできなかった。

 夜行バスに乗るのは慣れているが、フェイスシールドをつけるのは初めてだった。行きの夜行バスは空いていて、前後左右誰もいなかった位だから、透明なお面は当然用意されていなかった。マスクはもちろんしていたが、寝苦しいほどではなかった。

 隣の人の迷惑にならないよう、いつも通りの就寝準備をした。メガネを襟にひっかけ、時計を前の座席の手すりに括り付ける。もうだいぶ夜行バスでの睡眠に慣れたものだ。しかし今夜は顔に邪魔な板がついている。気持ちよく眠れるだろうか。そんなことを考えているうちに、意識は遠のいていった。



 いつの間にか僕は違うバスに乗っていた。制服を着ていて、中学か高校かの旅行のようだった。周りはがやがやしていて、バスは昼の街中を走っている。隣にはなぜか小学校の級友の由紀斗が座っていたが、僕は特に変に思わなかった。バスは4列シートで、僕は右から2番目だった。

 しばらく乗っていると、バスの様子がおかしいことに気が付いた。信号が赤でも無理やり進んだり、前の車にぶつかる直前で停止したりし始めた。

 みんなは慌てて、どうしたんだ、とかふざけんなよ、とか言っていた。いつの間にか山道に入り、いよいよバスの暴走は激しくなった。カーブでは左右に揺らされ、急ブレーキ、急加速をするようになった。

 バスの中は騒々しくなった。窓を開けて、助けてくれ、と叫ぶもの、悲鳴をあげるもの、楽しい旅行気分はもうとっくに消えていた。

 僕も窓を開けて、助けて、と口に出してみたが、大きな声を出せない。そのうち、対向車にぶつかったら、がけから転落したら、と不安な気持ちになっていった。

 多くの人が止めて、と叫んでいるのに、一向にバスは速度を緩める気配がない。とりあえずシートベルトをすることにした。隣の由紀斗が、前の座席の上にあったヘルメットをかぶろうと言い、僕はそれに従った。

 少し冷静になり、原因が何なのか考え始めた。学校の付近で何か爆発事故が起こったのではないか。得体のしれない何かから逃げているのではないか。ただ一切のヒントがなく、僕たちはただ運命に身を任せるほかなかった。



 しばらくすると、バスは緩やかに停止した。ただ、後ろから何者かが迫ってきているのを感じた。一人二人ではない。何十人も来ており、目撃はしていないものの、数人の女子が連れ去られていったのが分かった。連れ去られた女子の中には中学陸上部の同期の中野もいた。見ていないのに確信するという感覚は不思議なものだが、夢の中だとそういうものだろう。

 バスの通路の後ろの方から、その侵略者たちは前に向かって歩いてくるようだった。怖くもあったし、正体を暴いてやろうという気持ちもあった。足音はどんどん近づいてくる。金属と木がぶつかるような、鈍い足音だった。

 そしてその生物たちが僕たちの隣まで来たとき、その風貌が明らかになった。

 暗い橙色をした肌。昆虫特有の鈍い光沢。大きな複眼に丈夫な顎。扁平に広がった腹部。一瞬で蜂であることがわかった。だが人間と同じように二足歩行をしている。身長は一九〇センチメートルくらいだろうか。翅は後ろで折りたたまれ、およそ人間の使う言語とはかけ離れていた音で会話をしている。

 人間二人が横に並べる広いバスの通路を窮屈そうに、ぬっぬっと滑りながら前に移動している。もしあなたの目の前にその蜂男が現れれば、その無骨な関節肢は、昆虫が節足動物の名前を冠することを我々に納得させるだろう。

 蜂男たちは後ろから前に、次から次へと進んでいく。中にはどろどろと下半身が溶けているものもいたが、その粘性液体の中でも剛性を持つ足が動いているのが見えた。

 


 僕は、この蜂男たちが現れたのは僕の責任だと思うようになった。自分が虫に対して起こした悪行の数々を思い出し、反省していた。ぜんぶ僕のせいだ、とみんなに申し訳なく思った。

 その責任を確信したのはすぐだった。蜂男の中の何匹かが少し立ち止まって僕をのぞき込むのだ。後ろの仲間に押されてようやく前に進むのだが、僕を観察しているような様子である。それを見て、さらに反省して怯えたが、同時に、ほかの動物だって遊びで狩りをするじゃないか、など夢にしてはいやに哲学的で論理的な思想を巡らせていた。

 しばらく蜂男たちが前に流れていくと、今度はもっと人間に似た、ただ、人間とは明らかに違う、少し赤みを帯びた肌の生物が後ろから歩いてきた。肌の色以外はほとんど人間の女で、さらわれた女の子たちが変わってしまった姿だった。その中にはよく知った中野もいた。いつも笑っている彼女は他の蜂女と同様に、無表情で空を見ていた。

 さっきのが蜂男ならば、こちらは蜂女であろう。蜂女たちは二列に整列していた。軍隊のようなその列の中には小柄な蜂男が一定間隔で配置されており、蜂女を管理しているようだった。蜂女の衣服は統一されており、メッシュのTシャツとズボンで、上下とも黄色と茶色の迷彩柄だった。

 肌が透けていたが、男のような平たい胸をしており、まったく色気はなかった。

 前に進み流れていく蜂女たちを眺めていると、乳首と迷彩の茶色の場所が一致しているのもいた。こんなのもいるんだ、と少し心が落ち着き、笑ってしまった。その女の子に注目していて、視界から消えるまで見ていたあと、横を見ると、一匹の蜂男が僕のことを注視してくる。今までの蜂男よりもずっと長く、ずっと鋭く、僕のことを探るように見つめていた。周りの蜂男も少しざわめき、その蜂男を注意したり押したりする様子もない。

 さらに蜂男がぐいっと僕の前に顔を近づけてのぞき込んでくる。蜂の気味悪い顔がよく見えた。

大きな複眼の中には六角形の構造があり、無機質だった。顎の鋭さはそのカーブに沿う光沢により際立ち、美しさすら感じた。

 吸い込まれるように僕と蜂の顔は近づいていき、何も感じなくなった。蜂の顎がゆっくりと開いていく。ついに僕の視界からは周りの景色は消え、蜂男の不気味な顔だけとなった。



 ゆっくり近づいていた蜂の頭がぐんっと動きを急にした瞬間、あ、終わりだと思った。するとずっと開いていたはずのまぶたがさらに開いた。



 あまりにもリアルな夢だったからか、それとも夢でも現実でもバスに乗っていたからかは分からないが、しばらく夢が覚めたということに気づかなかった。むしろ、目を開けていたのにまた目が開いたこと、バスの座席が夢と真逆の位置だったことに驚いた。

 蜂男がいなくなっているのを確認すると、ようやく夢だったことを理解した。隣のおじさんを見るとフェイスシールドをつけてぐっすり眠っている。これを見てやっと夢でよかったと安堵した。

 だがこの変な夢をみた理由がわからない。幸せそうなおじさんの寝顔を見ながら、なんでだろうと考えているとその理由はあっさりわかった。フェイスシールドを付けている姿は養蜂家そっくりだった。


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