水籠の涙〈カイル〉
俺との約束に現れなかった水籠がこんな所に!
「おまえっ!直前でびびって俺から逃げてこんな所に潜んでたのかよ?嗤えるぜ。水籠!」
「‥‥‥‥‥何言ってんの?あんた。」
水籠はイカれているやつを見るが如く、軽蔑の口調で俺を見下している。
俺を恐れて逃げていたくせに、見つかったしまった水籠はもはや開き直ってしらばっくれている。
涙でほほを濡らしたルキアが俺を見ている。
なぜ、ルキアは水籠と一緒にいる?偶然なのか?
それとも、約束を?
そんなことまさかあるわけない。
今しがたビビって敵前逃亡した水籠と待ち合わせなんて。
それに俺とルキアはついさっき誓いのkissをしたばかりだ。
ルキアは偶然ここで会った水籠に捕まり、言い寄られて俺に助けを求めて涙を流していたんだ。
「ルキアを放せっ!水籠!」
俺は水籠に左手首を掴まれて泣いているルキアの右腕を掴んで引っ張った。
「うわっ!」
ルキアがよろめいた。
それなのに水籠は、ルキアを放さない。
「ルキアを放せ!水籠!」
「‥‥‥‥嫌だね。あんたにかんけーねぇだろ?いきなり何だよ?あんた。」
水籠はあごを上げ、下目で俺を蔑んだ目で見て挑発してきた。
なんて男だ!
俺から逃げておきながらルキアの前では虚勢はってんの?痛いヤツだな。
外灯に照らされてルキアを挟んで俺と水籠は睨み合う。
ルキアは水籠と俺にそれぞれ両側とも掴まれて、間で戸惑っている。
「おいっ!止めろって!沙入、カイル。」
ルキアは泣いていたせいか、ガラガラした声で言った。
通りかかった一組のカップルが、にやにやしながら俺たちを見て通り過ぎて行った。
だが、俺はルキアの右腕を放すわけにはいかない。今、誓い合ったばかりの女の子を。
ふと、水籠が俺の顔を見て言った。
「‥‥‥‥‥おまえ‥‥‥くちびるに付いてんの‥‥‥‥‥まさか‥‥‥」
俺のくちびるに?
俺は空いている右手の甲で口を拭った。
あ、俺の手の甲が透き通ったピンク色と微細なシルバーのキラキラで光っている。
「‥‥‥‥おまえっ!こいつに何しやがったっ!」
水籠はルキアを放したと思ったら、いきなり俺の胸ぐらを掴んで来た。
俺もルキアを放した。
巻き添えで怪我でもさせたら大変だ。
「水籠には関係ないだろ。ルキアはただ、お前のギターのファンってなだけなんだから。ルキアは俺の彼女なんだ。俺たち、誓い合ってんだからな。」
俺が言うと、水籠はぎょっとしたようにルキアを見た。
「‥‥‥‥彼女って‥‥‥‥‥おまえ‥‥‥‥何で?」
「‥‥‥‥それは‥‥‥‥」
水籠の視線に戸惑いを浮かべるルキア。
この二人?
「で、誓い合ったって?何を誓い合った?」
「はんっ。俺とルキアの愛に決まってんだろ?それに‥‥‥‥」
「‥‥‥‥愛?‥‥‥‥‥それに?」
「俺はロメルを傷つけたおまえをフルボッコにしてやりたいとこだけど、手出しはしない、それはルキアに誓ったから。俺は水籠に報復しないってな。俺らの神聖な誓いでなっ!」
俺は右手の親指で自分のくちびるを指差しながら言った。
「‥‥‥‥‥‥何だって‥‥‥‥‥‥それ‥‥‥‥‥‥」
水籠は愕然として俺の胸ぐらを掴んだ手を放した。
「‥‥‥‥‥‥流河、おまえ‥‥‥‥何やってんの?‥‥‥‥‥マジおまえバカだろ‥‥‥‥‥‥‥それって‥‥‥‥‥俺のため?」
そしてぶつぶつ言い始めた。
ルキアに向かって。
ルキアは俺の横で水籠から顔をそむけている。
その内、水籠は膝に手をついて下を向いた。
地面にポタリと雫が落ちた。
涙?
何で?
一体どうしたって言うんだ?
何で水籠が泣く?
「水籠、おまえ、ルキアが俺の彼女になってたことが悔しいんだろ?」
俺の言葉に反応なし。
水籠は俺を無視してその姿勢のままでいた。
どうしたってんだ?急に。
水籠は膝に手をついてうつ向いたまま言った。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥おい、カイル。」
「何だよ?」
最初の攻撃的な雰囲気が嘘みたく無くなってる。
急に水籠にどんな心境の変化が起きたってんだ?
たぶん、俺とルキアさんが誓い合ったと知ってショックを受けたというとこだろうけど。
こいつ、ロメルと別れたばっかだってのに今度はルキアを彼女にしようとしてたなんて、なんて図々しいやつなんだ!
水籠がダルそうに膝に手を置いたまま顔だけ上げて俺を見た。
「カイル‥‥‥‥‥‥今日はもうこのまま帰れ。」
「帰れって‥‥‥‥?ルキアを泣かせたおまえをこのままにして帰れるわけないだろっ!おまえルキアに何した?なんで泣いてる?」
「‥‥‥‥‥‥訳は‥‥‥近い内に直接お前に話すと約束する。それでいいだろ?」
水籠はそう言うとようやく体を起こした。
俺はルキアを見た。
「ルキア、水籠に何か言われたのか?その涙は何でだ?」
「‥‥‥‥‥‥ごめん。でも騙そうとしたわけじゃ‥‥‥‥」
ルキアはおどおどしながら俺に一言いうと、目をそらした。
『ごめん』って?『騙そうとしたわけじゃない』って?
なんで謝る?俺に何か偽りを?
まさか、ルキアは水籠と?
今、俺と誓い合った所なのに!
俺はルキアを離しはしない。水籠に横からさらわせなんてさせはしない。
今さら気が変わったなんて許さない!ルキア。
俺たちのくちびるは触れ合ったんだ。
ルキアは俺の彼女だ!
「俺とルキアの誓いはここにあるんだぜ?今さら取り消すなんて許されない!」
「‥‥‥‥‥分かってる。もし、カイルが本当のルキアを知って、それでもいいってんならそうする。確かに誓ったし。でも、たぶん‥‥‥‥‥そっちから取り消すだろうな。」
‥‥‥水籠と、どうこうって訳ではないってことか。
『騙そうとしたわけじゃない』って、それ、ルキアは期せずして俺に何らかの偽りを与えたってことか。
俺がその偽りの真実を知ったら君を嫌うとでも?
ルキア。俺の想いがそんなにちゃちいもんだと思ってたの?
大丈夫だ。どんな知らざる事実があったとしても俺の心は変わらない。
「何言ってんだ。誓いを取り消すなんて。そんなことあるわけないだろ!」
俺がルキアに手を伸ばそうとすると、水籠は間に立ちふさがった。
「流河に触んな。それに流河、そんな誓いで俺を護ってくれなんて、俺一言も頼んでねーし。‥‥‥‥さあ、帰るぞ。」
いったい何がどうなっているんだ?
水籠はルキアを『ルカ』って呼んでる。
本当のルキアって?
『ルカ』って?
本当のルキアは『ルカ』ってこと?
「‥‥‥‥カイル。後で‥‥‥‥‥‥今日か明日、必ず連絡する。だから今は黙って帰ってくれ。」
水籠が俺に頭を下げた。




