一触即発〈カイル編〉
「どういうこと!」
家の玄関ドアが閉まるなりロメルが俺にくってかかってきた。
カラオケ店を出てから、俺とロメルは無言で家まで戻って来た。
何か言ったら言い争いになってしまうとお互いにわかっていた。
「俺、駅前の本屋に行ったんだ。そしたら偶然ロメルを見かけて‥‥‥そしたら見たことない派手な男と腕を組んで歩いていたから‥‥‥‥俺、驚いて‥‥‥‥」
俺は帰りながら考えておいた作り話をした。
実は俺が尾行してたなんて知られたらロメルに嫌われててしまうだろう。
「あ‥‥‥‥‥そうだったの?本屋さんに‥‥‥‥」
「ああ、冬季号の『パノラマ天体観測』が出たから先週から買いに行こうと思っていたんだ。俺、今日午前中はロメルの代わりに掃除やら片付けしてただろ?だから行く暇無くて。ロメルが出かけた後、俺も家を出たんだ。」
これで俺は無理のない設定でなんとかごまかせたんじゃないか?
その証拠にロメルの表情がふっと変わった。
「そうだったの?‥‥‥‥でも、あんな風に乱入してくるなんて!それに支払いまで押し付けて帰ってしまうなんて‥‥‥‥」
「俺だって迷ったさ。こんなことするのは。でも、ロメルがあんなチャラい男と二人きりの部屋で‥‥‥‥もし迫ってこられたらどうすんだよ!」
「そっ、そんな事あるわけないでしょ!」
「そんなことわからないだろ。だって、あれがロメルの言っていた隣の中学の彼氏なんだろ?だったら‥‥‥‥‥‥」
「えっ?あ、うん、そうだけど‥‥‥‥その、おかしな想像はしないで!そんなんじゃないから。沙入くんとは。」
ロメルが顔を赤らめて抗議した。
サイリっていうのか。あいつ。
俺の脳裏にあのチャラチャラとアクセサリーの光る粋がったスタイルの男の姿が甦る。
くっそ!あいつ、いつの間にロメルをたぶらかしやがった?
あんなにロメルとひっついて歩きやがって!ラブラブみてーじゃねーか!
あの男、もし、ロメルに手を出したら許さない!
‥‥‥‥まさか、もう既に‥‥‥‥‥?
俺は頭に血が昇ってしまった。
「男を甘く見んなよ!俺だってやろうと思えばいつだって出来んだからな!」
俺は右手でロメルの手首を掴んで左手で体を引き寄せた。
「なっ!」
ロメルはびくっとして固まった。
俺は寸での所で止まった。
気づけばロメルは俺の顔を蒼白になって見ている。
やばい!俺は瞬間つい本能的になっちまった。
俺はロメルを放すと言った。
「‥‥‥‥あいつだって同じ位の力があるんだ。わかっただろ?」
ごまかせたか?これ。
「‥‥‥‥うん。」
ロメルが左手首をさすりながら目を伏せた。
俺たちは玄関の内側で靴を履いたままだった。
俺はロメルのことはもうかまわず、スニーカーを脱いでさっさと家に上がった。
ロメルは俺のしたことにショックを受けたようだ。
暫く玄関でモタモタしてから上がって来た。
それから自分の部屋に入った。それから間もなく髪をひとつに結び、ルームウェアに着替えて出てきた。
いつの間にか4時を過ぎている。
ロメルは黙ったままキッチンに入ると夕食の下準備を始めた。
俺もキッチンカウンターの内側に入り、意味もなく冷蔵庫の扉を開けて中を見た。
扉を閉めてから、さりげなく言ってみた。
「俺も手伝うよ。」
「ん‥‥‥‥と、いいの。午前中の手伝い、代わってもらったから。」
おずおずと答えた。
明らかにさっき俺がロメルを力ずくで掴んで言ったことが尾を引いている。
俺はシンクでサニーレタスを洗っているロメル後ろに立った。
「さっきはごめん。俺、まじでロメルのこと心配で。」
ロメルはびくっとしてから振り返って俺に聞いてきた。
「ねぇ‥‥‥‥カイルには好きな子いないの?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥何で?」
「‥‥‥ううん。」
俺が好きなのは‥‥‥‥‥俺が世界でただ一人護りたいのはロメルだけ。
「自分だけ彼氏ができたからそんなこと?」
「そうじゃないの‥‥‥‥」
ロメルは俺に背を向け再びシンクで野菜を洗い始めた。
「じゃあ何で?」
ロメルの一つに結んだ髪の白いうなじから続く顎のラインを見つめながら、俺はロメルの後ろ姿に聞いた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
ロメルは答えない。
俺はあのチャラ男を見てから自分の心を隠しきれなくなっている。
もう、いっそのこと‥‥‥‥‥
ピンポーン‥‥‥‥‥
玄関のチャイムが鳴った。
「ただいまー!ああ疲れたぁー!いろいろ買ってきたわよぉー!」
母さんが帰って来た。
「ほらー、見て!これデパ地下で買った人気スイーツ。で、こっちが本場辛子明太子。こっちは焼きたて高級ブレッド。これ、焼きはまぐりよ。」
幾つものペーパーバッグを床にバサッと置くとダイニングのイスに座り込んだ。
「何だよ食いもんばっかじゃん。」
俺は冷蔵庫に入っていた緑茶をグラスに入れ母さんに渡しながら言った。
「だって、ああいうとこ行くとねぇ、ついつい誘惑されてしまうというか幻惑されちゃうのよぉ。雰囲気でさぁ。」
まあ、いいけどさ。ストレス解消なんだろうな。普段がんばってるし。
「きゃー、この抹茶マカロンは私のよ!」
ロメルがいつの間にか包みを開いていた。
俺もロメルが抱えた箱の中を覗き、早速いつもの争奪戦開始だ。
「っち!じゃあこのホワイトチョコのは俺んだからな!」
「ええーっ!それはポーカーかセブンブリッジで勝負よ!」
ロメルが俺の横で不敵な笑みを浮かべている。
「よっしゃ!受けて立つぜ!その勝負!」
俺たちはいつの間にかもとの日常に戻っていた。




