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彼女は俺の魔法使い  作者: 虹色
第2章 相棒!
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1 いきなりピンチ!

第2章です。


図書新聞の編集長の仕事が甘くないと実感する出来事がそれからすぐに起きた。問題は『先生のおすすめ本』の原稿だ。


図書新聞には1号おきに『先生のおすすめ本』というコーナーがある。その名のとおり、先生が生徒に読ませたい本を紹介するコーナーで、本のタイトルと紹介文から成っている。紹介文の文字数は200~300字。


俺はその依頼用の原稿用紙を持って、会議の翌日に担任に頼みに行った。すると、


「最近忙しくて、本読んでないんだよねー」


と、やんわりと断られた。次に放課後にバレー部の顧問のところに行くと、同じ答えが返ってきた。そこで嫌な予感がした。


俺はもともと先生たちと気軽に仲良くなるようなタイプではない。担任とバレー部顧問で人選的にはストック切れだ。でも、これは仕事だからどうにかしなくちゃならない。


一晩明けた今日、一時間目から授業のあとにそれぞれの教科の先生に当たってみた。でも、「読んでいない」「いい本を知らない」「この前やった」と立て続けに断られ、気持ちが折れかけた。


「景? 大丈夫?」


廊下で呆然としている俺を心配してくれたのは礼央だ。昨日の帰りに話してあったので、気にしてくれていたのだ。


「もしも誰も引き受けてくれなかったらどうしよう?」


弱気な言葉が口をついて出た。


編集会議で紙面の割り付けも決まっている。この部分だけ大きな挿し絵で埋めるのか? でも、みんなは俺の努力が足りないと思うのではないだろうか。これは定番の記事なのに……。


礼央が「ちょっと待ってて」と言って教室に戻っていく。そしてすぐに大鷹と一緒に戻って来た。彼女を見た途端、結局、ダメな俺を見られることになってしまった、とますます落ち込む。


「先生が引き受けてくれないんだって?」


大鷹が心配そうに尋ねた。心配なのは俺のこと? それとも記事が抜けることだろうか。


「うん、まあ……、まだ五人目だけど」

「五人? そんなに断られちゃうなんて」


五人を「そんなに」と言ってくれた。それだけでも少し報われた気がする。


「忙しくて読む暇がないとか、いろいろ……」

「そんなことを?」


眉をひそめる大鷹。礼央は「俺たちには『本を読め』って言うくせにね」と憤慨している。


「こうなったら景が適当に作っちゃえば?」

「さすがに先生の名前出すのにでっち上げはできないよ」


ずるい道に入り込みそうになっている俺たちに、大鷹が昼休みに対策を練ろうと言ってくれた。その言葉で俺の肩の荷が少し軽くなった。


締め切りまであと一週間。これが短いのか十分なのかさえ、よく分からない……。




昼休みになり、大鷹がコーラス部に所属している伝手で、一緒に音楽の先生に頼みに行ってくれた。でも、やっぱりダメ。そこで彼女が図書館の雪見さんに訊いてみようと言った。雪見さんは『先生のおすすめ本』のない月に本の紹介をしているから、今回は頼むことはできない。でも、書いてくれそうな先生を知っている可能性があると、彼女が思い付いたのだ。


「ああ、あのコーナーね」


雪見さんはすぐに事情を理解してくれた。


「困ってる図書委員さんがときどきいるんだよね。先生たちも忙しいのは分かるけど……、まあ、読んでないっていうのが本当だったりもするから、図書委員さんも苦労するよね」


ふわんとした微笑みを浮かべて労ってくれる。こんなふうに言ってもらえると本当にほっとする。雪見さんっていいひとだ!


ほっとしたら不意に、雪見さんと俺の間にはさまれている大鷹の小ささに気付いた。俺と、たぶん雪見さんは、身長が180センチ以上ある。その間で真面目な顔で俺たちを交互に見上げている大鷹という構図が妙に可笑しい。彼女は俺の仕事を手伝ってくれているのだから、笑うなんて失礼だけど……。


「ここを利用してくれてるのは理科の箱根先生と英語の七沢先生、あと、養護の明石先生あたりかな。……あ、ちょうどいらしたよ。訊いてみたら?」


振り向くと、カウンターで本を返している女の先生がいた。一年のときに英語を教わっていた七沢先生だ!


書架へ向かう先生に突進気味に駆け寄って事情を説明すると、少し考えてから「ああ、あるよ」とにっこりした。隣で大鷹もほっと息をついている。ああ、雪見さん、感謝します!


「宮本武蔵の『五輪書(ごりんのしょ)』。知ってる?」


英語の先生の口から宮本武蔵という名前が出てきて、少しばかり面食らった。


「あ、ええと、名前だけは……」

「兵法書って言われてて……あ、もちろん、読んだのは現代語版だけど、剣の道の心構えとか極意とかを五つの視点に分けて説いてる感じかな」

「そ、そうなんですか」


この口調だと、本当におすすめらしい。それに、英語の先生と宮本武蔵の本という組み合わせも、意外性があっていいのではないだろうか。


「わたしは技術的なことは分からないんだけど、教えの中に、とにかく練習して習得しろっていう言葉が書いてあるの。何度も何度も。たぶん、宮本武蔵自身がそうやって剣豪って言われるほど強くなったんじゃないかと思うの」

「ひとすじに努力して」

「そう。すごいよね?」

「はい。ストイックなひとだったんですね」

「うん。そういうところがきっと、何かを目指したり、頑張ってるひとの心の支えになると思うんだよね」

「なるほど。――って、いうような話をこの用紙に書いていただきたいんですけど」


原稿用の紙を差し出すと、七沢先生は「あらやだ」と笑った。


「鵜之崎くんが今の話を適当に書いてくれればいいよ」

「え……?」

「ほら、インタビューってことで」


固まった俺の手元の紙を先生がのぞき込む。


「そうだね、この文字数だったら今の話で足りると思うよ。多少盛ってくれても構わないし」

「え、でも」

「先生ご本人の言葉で薦めていただく方が効果が高いと思うんですけど……」


隣から大鷹の援護射撃。でも、先生の方が俺たちよりも一枚上手で、結局、「大丈夫、大丈夫!」と逃げられてしまった。


「仕方ない。こうなったらやるしかないよ。今の話、忘れないうちにメモしよう」


ショックで言葉を失っている俺の耳に大鷹の力強い声が届いた。


「あ、そ、そうか」


たしかにそのとおりだ。話を聞いてしまった以上、今さらほかの先生には頼めない。内容を忘れてしまったら、それこそでっち上げるしかなくなってしまう。


大鷹って、なんて頼もしいんだろう! 一緒に来てくれて、ほんとうに有り難い!


筆記用具を探して俺があたふたしているうちに、彼女がカウンターから紙と鉛筆を持ってきてくれた。あいている席に座って、一緒に先生の話を思い出してはメモをする。


「ええと、剣の道の極意」

「ひとすじに努力って言ってた」

「あとは、頑張っているひとの支えに……と」


キーワードが出揃って来たところで、ふと、俺の手と並ぶように置かれている彼女の手に気付いた。指のほっそりした小さな手で、まるで彼女の化身のようだ。


「こんな感じでいけそう?」


ぱっと向けられた顔が視界をふさぐ。色の濃い瞳、小さな鼻、淡いピンク色の唇、なめらかな頬。今日は何度も見ているはずなのに、もっとじっくり見たいと思ってしまう。


「うん。一応、本があったら借りてくる」


さり気なく視線をはずして席を立つ。後ろで彼女が「あ、そうか」と言った声を聞きながら、雪見さんのところに向かった。





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