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彼女は俺の魔法使い  作者: 虹色
第1章 新学期
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7 まずは一歩


月曜日の昼休み、図書館を出たところで大鷹がにっこりして言った。


「編集長、よろしくね」


今日は下ろしている長い髪が、彼女が頭を動かすたびにさらさらとセーラー服の上をすべる。


「まあ、とにかく頑張るよ」


図書新聞4月号の編集会議が終わったところ。俺は今回、編集長を引き受けた。編集長と言っても、今日で記事は決まったし、B4用紙両面というボリュームはそれほど大仕事ではない。彼女もきっとそれは分かっているはずだ。


今後の仕事はメンバーが書いてきた記事をチェックして、委員会用のパソコンで入力していく作業だ。その分、自分では記事を書かなくてよくて、『先生のおすすめ本』の原稿を書いてくれる先生を探して頼めばOKだ。


レイアウトはだいたい決まっているし、記事の文字数が足りないときはイラストを入れればいいという。作業のときは大鷹が一緒に見てくれるということなので、初参加の俺もあまり不安を感じずに引き受けることができた。そもそも自分で文章をつくらなくて済むだけで十分にありがたい。


「それにしても、2組のふたりにはびっくりしたなあ」


本人たちが後ろにいないか確認してから言うと、大鷹がくすくす笑った。


2年2組の図書委員は女子二人で、アニメやライトノベルのファンだった。図書委員になったのは、自分たちの好きな本を紹介したいからだったが、去年は先輩たちの手前、言い出せなかったらしい。だから自由に発言できるようになった今回、是非ともラノベの特集を組みたいと熱く語った。その勢いに全員が押されて、4月号は利用案内とラノベ特集が表と裏それぞれのメインに決まったのだ。


「うちの学校でもラノベが好きなひとは結構いると思うから、図書新聞を見て、利用者が増えるといいよね」

「そうか。利用者が増える、ね」


そんな視点で考えたことはなかった。


「そうだよ? 図書館は本好きな一部の誰かのためだけにあるんじゃなくて、生徒みんなにとって役に立つ場所なんだから」

「ん、それ、この前の委員会で言ってた。ええと、雪見さん、だっけ?」


図書館にいる男の人だ。黒いエプロンをかけていて、調べものの相談に乗ってくれたりする。図書委員の仕事の補助もしてくれるとのことで、今日の編集会議の前にも声をかけてくれた。背が高いところに俺は親近感を抱いているけれど、まだ直接話したことはない。


「そう。雪見さんにはすごくお世話になるよ。本来の委員会担当は松木先生だけど、普段は図書館に来ないし、図書館システムとか本のことは雪見さんの方が詳しいから」

「なるほど。困ったら雪見さんに相談すればいいってことか」


これでまた一つ安心材料が増えた。


委員会初日に俺が感じた不安は、仕事が分かってくるにつれて減ってきている。今日だって、文章を書かなくて済む仕事になったし。


「あ! 図書委員の集まり終わったの?」


階段を上っていると、後ろから元気な声が聞こえた。これはたぶん間違いなく――。


「あ、いちご」


先に振り向いた大鷹が名前を呼んだ。


いちごに大鷹の隣を譲って先に進みながら、胸の中に残念な気持ちが湧いていることに気付く。まだ知り合って何度かしか話していないのにこんなふうに感じるなんて、ちょっと彼女のことを気にし過ぎじゃないだろうか。まだ少ししか彼女のことを知らないのに。


「図書委員なんて、景ちゃんは役に立たないんじゃないの?」


後ろからいちごの言葉が耳に届いた。大鷹に話すふりをして、俺に当てこすりを言っているのはあきらかだ。こんなことを言われて黙っているわけにはいかない。足を止めずに半身で振り返る。


「俺だってできることはあるぞ。今回は編集長なんだからな」

「編集長?」

「そう。図書新聞の」


威張って言うと、いちごが大鷹に「本当なの?」と尋ねた。その、いかにも信用できないという表情がにくたらしい。


「本当だよ」


大鷹が明るく答えた。


「去年の先輩たちは『面倒だからやりたくない』って押し付け合ってなかなか決まらなかったんだけど、鵜之崎くんはすぐに『いいよ』って言ってくれたの」

「え? そうなんだ?」


いちごより先に俺が反応してしまった。編集長が敬遠されていたなんて聞いてなかったから。そんなに面倒な仕事なのか?


「大丈夫」


うろたえた俺に大鷹が顔を向ける。


「あたしも手伝うから。一緒にやろ? ね?」

「あ、ああ。うん」


――やばい。


突然、心臓が大きく跳ねた。慌てて前に向き直り、一段抜かしで階段を上る。


――なんで? あのくらいで?


まだ胸がドキドキしてる。あの、たったひと言で?


いくらモテないとは言え、単なる委員会の仕事の話だぞ? 過剰反応も甚だしい。


でも、あんなふうに機嫌を取るみたいな言い方されると……。それに、あの笑顔がいい感じなのはほんとうだ。そりゃあ、俺だけが特別ってわけじゃないって分かってる。だけど……。


――あ、そうか。違うぞ。


このドキドキは階段を上っているせいだ。


いつもより速いスピードで上ったから。後ろにいちごがいると思うと安心できないから。


その証拠に6階に着いたら息が切れている。いつもならそれほどじゃないのに。


呼吸を整えているあいだに大鷹たちが到着したけれど、今度は大鷹が目に入ってもなんともない。やっぱりさっきはちょっとした勘違いだったのだ。


大鷹がいちごに何かを言って離れて行くと、残ったいちごがどういうわけか得意気な顔で近付いてきた。


「あたしに感謝しなさいよ?」

「はあ?」


突然、何を言うんだろう。俺をこきおろすばかりのいちごに感謝しろとはどういうことだ!


小さいのに押しの強いいちごに負けないように、胸を反らして見下ろす。でも、いちごにはそんな虚勢は通用しない。


「紫蘭がちょっとのことで景ちゃんを高く評価してくれるのは、あたしが最初に景ちゃんのことを低く言っといたからだよ。有り難いでしょ?」

「おい……」


初日に俺を「背が高いだけが取り柄」と紹介したことを有り難く思えと? まさか、その後の展開を読んでいたとでも言うのか?


「それ、本気で言ってるのか?」


呆れる俺に、いちごは「どうかな」とニヤリと笑った。そして、いったん背を向けてから、ちらりと振り返った。


「でも、いい感じかもね」


――え?


「その怖い顔をどうにかすればね」


訊き返す間もなく遠ざかるいちごの後ろ姿。声は小さかったし、聞き間違えたのかも知れない。でも……。


「あれ?」


後ろから聞こえた声。はっと振り返ると大鷹のきれいな立ち姿。


「まだ息が切れてるの? 運動部なのに」


からかう口調が妙に嬉しい……ような気がするだけだ!


女子にからかわれたことなんて、今までだってあったはずだ。こんなのは特別じゃないし、大鷹だって深い意味があって言っているわけじゃない。そんなことを考えること自体、不必要だ。


「実はトレーニングのために足首に重りを巻いてるんだ」

「えっ? うそっ?」


驚いた彼女が俺の足元を見た。ほら見ろ! 俺の方が上手くからかったぞ!


「うん。うそだよ」

「やだもう。あははは」


一緒に教室へと歩きながら、いちごの声が頭の隅から響いてくる。「いい感じかもね」「その怖い顔をどうにかすればね」――。


たしかに俺は目つきが鋭いと言われたことはある。目尻が上がった目をしているからだ。それに、女子に愛想良くしたりもしない。だけど。


大鷹は怖がっていない。


それでいいじゃないか。




のんびりしたおはなしをお読みいただき、ありがとうございます。

第一章はここまでです。


次から第二章に入ります。

ふたりのゆっくりな関係を楽しんでいただけると嬉しいです。

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