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彼女は俺の魔法使い  作者: 虹色
第1章 新学期
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6 礼央


「まーたーみーてーるー」


ドスッと肩に手が置かれてはっとする。休み時間にぼんやりしていたらしい。振り向いたら礼央(れお)が後ろに立っていた。


「え?」


何のこと? と誤魔化したつもりだったのに。


「そーんなに気になるの? 大鷹紫蘭ちゃん」


囁かれた名前は間違っていなかった。でも、認めるつもりはない。


「何だよ? 見てないよ。ただぼんやりしてただけで」


見てたの黒板だし――なんて言い訳は小学生みたいだからやめよう。


「話しに行けばいいのに」


俺の話を聞いていないらしい。しゃがんだ礼央が俺の机に肘を乗せて言った。


「だから、べつにそういうんじゃないって。それに、きのう話したよ」

「きのう? ああ、図書委員会ね」

「そうだよ。普通にしゃべったよ」


――図書館に着くまでだけど。


本音を言えば、もっと話したいと思っている。今は。


昨夜、いちごとの電話が終わってから、頭の中では大鷹との会話がいろいろなバリエーションで展開された。でも、現実はそれほど簡単じゃない。


図書館まで下りる時間はたいして長くなく、話題は委員会といちごのことだけだった。印象に残っているのは、ピンと伸びた背すじがきれいだったこと。それと、一見控えめな性格に見えるけれど、わりとはっきりした性格らしいということ。


「礼央は見たことあるのか? 大鷹の……双子の」


彼女を見ていないと言ったのに、自分で話題に出してしまった。失敗したという思いは意地で胸の奥に押し込む。


「ああ、モデルの?」


冷やかさずに応じてくれた礼央をあらためていいヤツだと思う。


「去年、女子が説明しながら雑誌を見せてくれたんだけど、顔ははっきり覚えてないんだよね。ポーズとってにっこり笑ってたってことだけ」

「モデルなら、みんなそうだよな、ははは」


そう笑った俺に、礼央は言葉を選ぶように視線をずらした。


「なんていうか……、ああいうのって本物じゃない感じがしちゃうんだ。テレビに出てる人たちもそう。仕事でやってるんだなって考えちゃう。ひねくれ者だよね」


自虐的な微笑みを浮かべる礼央を見て、少し悲しい気持ちになる。俺は礼央の事情を知っているから。


礼央は中学生のときに両親を事故で失っている。残された礼央と弟は、別々の親戚の家に引き取られて暮らしている。どちらの親戚も親切だし、親御さんの残したお金もあるから、ふたりとも不自由なく生活できている。高校に入ってだいぶ親しくなったころ、そう、軽い口調で打ち明けてくれた。


お金のことや普段の生活に不自由がないというのは本当だろう。親戚が親切にしてくれているというのも、きっとそうだと思う。


けれど、突然一緒に暮らし始めた家族の中で、礼央も弟も平気なわけがないと俺は思っている。礼央の人懐っこい明るさも、周囲に心配をかけないための演出――というと大袈裟だけど――ではないかと。そして、礼央は高校を出たら働いて、弟とふたりで暮らしたいと言っている――。


「まあ、テレビや雑誌に出てる人たちが仕事でやってるっていうのは本当だもんな。有名人はイメージ大事だし。……あ、俺たちも?」


だから俺は礼央が楽しく過ごせるように、元気に振る舞う。学校にいる間はせめて、と。


「ああ、いるねぇ、イメージつくってる感じの」

高砂(たかさご)とか!」

「うん、あれは別人だよね」


バレー部で一緒の高砂は、太い眉も広い肩も、何かのときに口にする意見も、とにかく真面目が服を着ているような男だ。ところが、女子がいるところでは全然違う。マメで優しいし、面白いし、俺たちが出る幕がないくらいよくしゃべる。その結果、気さくで面白い男子として女子に人気があるのだ。


「イメージって言ったら、礼央は犬だな」

「犬?」

「そう。ふわふわしてる……ボーダーコリーとか」


人懐っこくていつも楽しそうな犬だ。


「うーん、景は……鉛筆かな?」

「鉛筆?!」


ひょろっとした体型はたしかに似ているかも知れない。でも、もはや生き物ではない!


「そう。2Bとか、軟らかめの」

「具体的だな」

「うん。使い心地がいいんだよね」

「うーん……」


使い心地という言葉をどう取るべきか微妙だが、礼央の笑顔にはまったく悪気はなさそうだ。


「じゃあ、高砂は――」

「オウムかな」

「くっ」


即答に、派手でうるさいオウムが浮かぶ。


バレー部員を次々と挙げて大笑いした休み時間が終わり、前を向いたら大鷹といちごが目に入った。


――いちごはやっぱり大盛りのいちごだな。


初めて会ったときからしばらく、「おおもり」という苗字は「大盛り」のことだと思っていた。大盛りのいちごだなんてすごい名前だな、と。物が判るようになってからは、元気いっぱいの彼女は山盛りの真っ赤ないちごのイメージそのものだと感心している。


――大鷹は?


名前の「蘭」というのは花だ。紫の蘭? 紫蘭(しらん)っていう花があるのかも。


でも彼女のイメージから思い浮かぶのはすっきりした……そう、菖蒲とか。すっと真っ直ぐ立ってる姿と、凛々しさを感じるところ。庭の広いじいちゃんちで咲く花の中で、俺が気に入ってるやつのひとつだ。いや、べつに大鷹を気に入ってるっていうことではないけど。


――って。


誰に言い訳してるんだ、俺は。




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