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彼女は俺の魔法使い  作者: 虹色
第1章 新学期
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5 幼馴染みの事情


『めずらしい! 景ちゃんに電話もらうの何年振り? 提出物とかあったっけ?』


夜、いちごに電話すると、予想どおり驚かれた。


「いや、そういうんじゃなくて。あのさ、いちごの彼氏が諒だっていうの、秘密か?」

『あー……』


声がしばらく途絶えた。それから。


『秘密っていうほどじゃないけど、まあ、積極的には言ってないって感じ。どうして? 何かあった?』

「いや、ああ、うん」


自分が彼氏かと訊かれたというのは、遠慮のない間柄でもちょっと言いづらい。


『どっちよ?』


イラついた気配が伝わってきて、急いで言葉を探す。


「なんか、大鷹に勘違いされて」

『紫蘭に? ああ、今日、委員会だったっけ。勘違いって?』

「うん……、いちごさあ、幼馴染みと付き合ってるって言ってたんだって?」

『ああ、そういう説明してた……あ! もしかして、景ちゃんがってこと?』

「そう」


察してくれて助かった。


「で、ちょっと俺もびっくりして、その場で諒だって言っちゃった。でも、いちごが秘密にしてたんなら悪かったなって思って」

『それで電話くれたの? ごめんね。気使ってくれてありがとう』

「い、いやべつに」


いちごにお礼を言われるとは思わなかった。考えてみると、高校入学以来、いちごときちんと話すのは初めてだ。その間にだいぶ性格が柔らかくなったらしい。


『そうか。まあ、紫蘭なら平気だと思うからいいんだけど、勘違い……されるよね。景ちゃんが同じクラスにいると、そうだよね』


感心している俺をよそに、いちごはいちごで納得している。落ち着いたようなので、疑問に思っていたことを訪ねることにする。


「なんで幼馴染み情報しか出さないんだよ? べつに『大学生』って言っとけば、変に誤解されないのに」

『うーん、そこがさあ、難しいところなんだよ』

「どうして?」


俺には「幼馴染み」も「大学生」も、たいした違いはないように感じるけれど。


『大学生の彼氏って言うと、そこに妙に反応する子もいそうだし……、変に勘ぐられたりね』

「ああ……」


そう言われればそうかも。もしも友だちが「彼女は大学生」と言ったら、俺もちょっと気になる気がする。


『そもそも彼氏がいるっていうそのことだけでも女子の間では気を使ったりするんだよ』


いちごがため息交じりに言う。いちごでもこんなに気を使うほど、女子の人間関係は微妙な均衡の上に成り立っているらしい。


『だから、なるべく波風立たないように、『幼馴染みなんだ』って説明してるんだよね』

「幼馴染みだと波風立たないって……なんで?」


その部分が分からない。幼馴染みだって特別っぽいのに。


『だって、幼馴染みってなんかこう……当たりまえって感じ? みんな『じゃあ、それで決まりだよねー』みたいな感じで、それ以上はあんまり追及してこないんだよ。だってさあ』


声が訴えるような響きを帯びる。


『諒ちゃんだよ? 優秀すぎるでしょ? うちの卒業生だし、知ってるひとがいるかも知れないじゃん? 自慢してるって思われるかもでしょ?』

「ああ……、それはあるかもな」


たしかに俺は言われている。全国模試で一位になったこととか、進学先とか、生徒会長だったこととか。職員室前の展示ケースには、諒の名前の入った科学レポートの全国大会の賞状がある。そんな人物が彼氏だとなると……。


『あたしにとってはただの諒ちゃんなんだけどね』

「わかる。俺にとってもそうだよ」


でも、世の中はそうは見てくれない。諒はどこにでもいる男子じゃなくて、「特別」なのだ。


いちごが俺と似たような立場だなんて考えたことなかった。ちょっとだけ、仲間意識を感じる。そして、諒をそのまま理解してくれているいちごが諒の彼女になってくれて良かった、と思う。


「いちごってさあ」


久しぶりに話したら、新しい発見があった。


「意外とちゃんと考えてんだなあ」

『『意外と』って、何よ、それ!』

「はは、ごめんごめん」


俺を怒るところは変わらない。でも、本気で怒っているわけじゃないということも分かっているから気にしない。


『諒ちゃんのこと説明するとき、これからは少し気を付けるよ』


殊勝な様子でいちごが言った。


『もしまた言われたら、諒ちゃんのこと言っちゃっていいからね』

「わかった。でも、気にしなくていいよ。勘違いされる可能性があるって、心の準備ができたし」


あの勘違いの一件で、大鷹との間の壁が少し低くなったような気がするし。


電話を切ろうとしたら、『そう言えば』と声がした。


『紫蘭っていい子でしょ?』

「ん? ん、ああ」


彼女のことを思った途端に話題に上るなんて、まるで心を見透かされているようだ。ネタにされるようなことを言わないように気をつけないと、後が怖い。


『賑やかにはしゃいだりするタイプじゃないけど、さり気なく助けてくれたり、一緒に悩んでくれたりするんだよ。景ちゃんも、図書委員、紫蘭と一緒でよかったと思うよ?』

「うん……、そうか」


たしかに、そういう誠実な人柄は感じられる。


『でもね』


いちごの笑いを含んだ声。


『落ち着いているようなのに、ときどきびっくりするようなことを言ったりするんだよ。本人は大真面目なんだけどね』

「へえ」


なるほど。今日の質問もその一つということかも。本人は真面目ということは、たぶん、あれこれ考え過ぎているのだろう。


『まだあんまり話す機会なかったけど、これから一年間一緒だから、よろしくね』

「うん。こっちもな」


大鷹も含めて「よろしく」ということだろうか。だったら、彼女とも話す機会が増えるかも知れない。


やっぱり幼馴染みは気楽だ。いちごが諒の彼女だということも、もう一つの安心要素だ。


俺にも、俺をそのまま認めて好きになってくれる誰かが現れるといいんだけど……。


でも、俺の何を好きになってもらえるんだ? 何も自慢できることなんてないのに。




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