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彼女は俺の魔法使い  作者: 虹色
第6章 紫蘭
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紫蘭(1)――迷い

紫蘭の章です。


――だめだ……。


大きなため息が出た。そのまま体を前に倒し、空気を限界まで吐き出してみる。


体の力が抜けていく。机に広げたノートの上に頭を乗せて、静かに落ち込む。


わたしは何をやっているんだろう?


自分の馬鹿さ加減に嫌気がさす。


「はぁ……」


宿題がちっともはかどらない。ここ数日、自分がやってきたことを思うと、腹立たしさと情けなさで自己嫌悪が止まらない。


「あー、もう」


わたしは馬鹿だ。わたしは馬鹿だ。わたしは馬鹿だ。あきれ果てて暴れまわりたいくらいだ。


――景ちゃん……。


今日、心の底から分かった。景ちゃんがどれほど優しいか。そして……、わたしがどれほど景ちゃんが好きか。


新着図書を見せてもらえるからと、わたしを呼びに来てくれた景ちゃん。笑顔の中に微かな不安が混じっているのが分かった。


わたしが景ちゃんを遠ざけようとしていることに気付いていたのだ。なのに、本が好きなわたしのことを考えて呼びに来てくれた。そういう景ちゃんに、わたしはなんてひどいことをしたのだろう。


「あぁ……」


一緒に本を見ているあいだも、景ちゃんは何度も笑いかけてくれた。それに応えながら、どれほど後悔したことか。その一方で、以前と同じように話せる嬉しさがこみ上げてくるのを抑えられなかった。


お当番が終わって部活へと向かう景ちゃんの後ろ姿が、今でもはっきり目に浮かぶ。


見送るわたしの胸の中にあったのは感謝と後悔と罪悪感。泣きたいような気分で、でも自分の中身が空っぽみたいで、声も涙も出なかった。胸の中で名前を呼んで、謝って、体は――ただ見送っていた。そうしたら。


景ちゃんが振り向いた。廊下の曲がり角で。


今、思い出しても胸が震える。


動揺して、思わず手を振ってしまった。よかったのかな――なんて考えてしまう自分がまた嫌だ。でも……嬉しかったのだ。


「はぁ……」


そう。嬉しかった。自分で驚くほどに。


あのとき、わたしの中で何かがはじけた。暗い色で塗りつぶされたような景色にぱっと火花が飛んだ。小さいけれど強く輝いて、一瞬だけど深く心に残って。


もう距離を置こうとするなんてできない、と分かった。


もちろん、最初から友だちをやめるつもりではなかった。四月の初めごろの関係に戻るつもりだった。戻れると思った。わたしが決心すれば。


はっきり決めたのは月曜日。動物園の話が一部に伝わっていて――中心はくぅちゃんと礼央くんのことだったけど――景ちゃんとの関係を羨ましがられたことがきっかけだった。わたしと景ちゃんがカップル認定されているウワサもあって。


どんな顔をしたらいいのか分からなかった……。


もちろん、その場でそれは正しくないと伝えた。そして、そんな情報が流れるようではいけないと思った。


だって、景ちゃんはすごくいいひとだから。すごくすごく、いいひとだから。ちゃんと普通の女の子を彼女にしなくちゃ。わたしではダメだ。


「はぁ……」


そう。わたしではダメ。


泉美とこのみが謝りに来てくれたときに、自分がどんなに意固地で心の狭い人間なのか気がついた。弱虫でずるいだけじゃなかったのだ。


彼女たちの言葉ではっとした。「いくらKuranちゃんの関係者でも、嫌いな子を遊びになんて誘わないよ」って……。


ふたりがわたしと仲良くしようとしたのは、くぅちゃんのことも理由の一つではあったけれど、わたしをどうでもいいと思っていたわけじゃなかったのだ。ちゃんと、わたしと仲良くなりたいと思ってくれていた。


でも、わたしは彼女たちの見た目や話し方だけで、自分が好かれるわけがないと決めつけた。くぅちゃんだけが目的だと考えて、心から打ち解けることができなかった。偏見のために、このみたちの好意に気付けなかったのだ。


この偏見の出どころは劣等感だ。お洒落が上手で、みんなと楽しく遊べる泉美やこのみみたいな女の子たちに、“そうなれない自分”のいじけた気持ちと羨望が、偏見を生んだ。


「はぁ……」


他人と比較しないって決めてたのに……口ばっかり。


こんなダメなわたし、景ちゃんには似合わない。彼女だと思われたら景ちゃんが嫌な思いをすることもあるだろう。そんなことは望まない。


それに、一緒にいたら、自分の気持ちを止められなくなる。友だち同士の関係を越えたくなってしまう。景ちゃんといるのは楽しかったけれど、あきらめなくちゃ、と、思った。でも……。


「はぁ……」


苦しい……。


一緒に図書委員になって話す機会が増えて、ゴールデンウィークに偶然会って、呼び方が変わって。球技大会ではアドバイスをもらった。それからも、わたしが困っていると助けてくれて。


一番驚いたのは、何と言っても球技大会だった。バレーボールで惨めな気持ちになっていたわたしに、応援や慰めじゃなく、立ち向かう方法を教えてくれたこと。あれでとても勇気が出た。


今までいろいろな場面で「大変だね」と言ってくれたひとはいた。でも、実際に手を貸してくれたひとは滅多にいなかった。べつに、手助けを期待したこともないから、がっかりしたこともない。だから、助けてくれた景ちゃんにびっくりしたのだ。


わたしも何か景ちゃんの役に立ちたいと思った。だから景ちゃんが困っていると感じたときには声をかけてきたのだけど、それは……良くなかったかも知れない。


景ちゃんとの距離が近付き過ぎてしまったから。


近くにいればいるだけ、景ちゃんの良いところが見えてくる。親切で、相手の気持ちを思いやることができて……、自分の傷付きやすさは静かに隠している。


景ちゃんを知れば知るほど、何かしてあげたいと思ってしまう。元気がないときには応援してあげたい、わたしを気遣ってくれることに感謝の気持ちを伝えたい、と。それは景ちゃんがいいひとだから当然のこと……と、自分の中で理由をつけていた。でも。


「はぁ……」


そんなのはただの理由のための理由。ほんとうは……景ちゃんに惹かれていた。


今だって同じ。たくさん話したいし、一緒に笑いたいって思ってる。きっと、放課後のことがあった今だから余計に……。


「ふぅ」


景ちゃんには何度もはっとさせられたっけ。


図書委員になったときに「できることならちゃんとやる」って言われたこと。図書委員の一年生にわたしたちの関係を誤解されたとき、景ちゃんが気軽さを装って責任を引き受けてくれたこと。ゴールデンウィークにくぅちゃんと礼央くんのケンカを止めようとした景ちゃんが心配したのが太河くんだと分かったとき。落ち着こうと席をはずす礼央くんが、太河くんを景ちゃんに頼んだとき。バレー部の副部長に選ばれた話で「ほかで役に立たない分、雑用でいいならいくらでもやる」と言ったこと。ほかにも……。


やさしさとか真面目さとか責任感とか。そいういう部分を景ちゃんは内に秘めている。外からは見えないように隠している。自分では気付いていないみたいで、指摘されると驚いた顔で「たいしたことないよ」って言う。


でも、一緒にいると分かる。隠れていた部分が少しずつ見えてきて……尊敬する。どんどん好きになる。


だから、動物園で並んで歩くことができて嬉しかった。


だから、ダメな自分が悲しかった。


だから決心できた。距離を取ることを。だけど……。


上手くできなかった。


「はぁ……」


そうしようと決めたときには、それほどあからさまに避けるつもりはなかったのに。結果的に、かなりはっきりと態度に出てしまった。だって、少しでも話したり視線を合わせたりしたら決心が揺らいでしまうと分かったから。


景ちゃんは気付いて――傷付いたはずだ。


なのにわたしを問い詰めなかった。そして、見限ろうともしなかった。そういうひとではないのだ。そんなことは最初から分かっていたはずなのに。


わたしは馬鹿だ。ほんとうに嫌な女だ。自分が景ちゃんにしたことを思うと許せない。


想像力が足りなかった。友だちに避けられた景ちゃんがどんな気持ちになるかを考えていなかった。逆の立場だったらどう感じるか、考えてみれば簡単に分かるのに。


親しさを解消することが景ちゃんのためだと決めつけていた。すぐに景ちゃんが離れて行くと思っていた。でもそれは、何も説明せずに距離を置こうとする自分の都合がいいように、辻褄を合わせたストーリーを創りあげていただけだ。


景ちゃんは動物園で言ってくれたのに。自分が誰と仲良くするかは自分で判断するって。


だからわたしはちゃんと説明すべきだったのだ。景ちゃんが判断できるように。これ以上、景ちゃんを傷付けないように。


だけど……。


もしも……、それでも景ちゃんが今までどおりの関係でいようと決めたら? わたしはどうなの? 同じ決心ができるの? 景ちゃんに惹かれたまま一緒にいられるの?


わたしは――みんなと違うのに。普通の女の子になれないのに。


「分かんないよ……」


頭の中がぐちゃぐちゃだ。


“こうしたい”と“こうすべき”が頭の中で戦っている。それぞれにくっついている理由と言い訳が浮かんでは消える。


決まっているのは一つだけ。景ちゃんを避けるのはおしまい。これ以上ひどい人間にはなりたくない。


でも、それ以外は……。


わたしは意固地で弱虫でずるい人間。そして、“普通”に入れないはみ出し者。


どうしてみんなと同じにできないのだろう。


それが解決したら、もっと自信を持って毎日を過ごせると思うのに……。




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