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彼女は俺の魔法使い  作者: 虹色
第3章 変化
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9 兄と弟


ゴールデンウィークもとうとう最終日。


休み中にしぃちゃんに電話してみようかと何度も思った。でも、できていない。頭の中では何度も電話をかけて、何種類もの想定問答を繰り返しているのに。


いざとなると、どうしても決心がつかない。


すぐに学校が始まるし……とか、もしかしたら向こうから連絡してくれるかも、とか、彼女は忙しいかも、とか、電話をしない理由を考え出して引き延ばしている。でもほんとうは、その後ろに、自分は彼女と親しくすることを許されているのか、という疑問が常にあるのだ。


しぃちゃんと親しいという認識は、俺の思い上がりではないか。彼女の笑顔を都合の良いように解釈しているのではないか。


そして、彼女を思うたびに思い出すのが礼央のこと。並んだふたりの姿と、礼央の頼みごとの話だ。


部活で礼央と顔を合わせても、本人は飄々としていて、憂いがあるようには見えない。たいした頼みごとではないのかも知れないと考えるのだけれど、俺に話せないという部分が、その考えを揺るがせてしまう。気になるのはどうしようもない。


早くゴールデンウィークが明けて、結果が出ればいい。礼央に――俺にも――嬉しい結果が。


部活が午後からなのでゆっくり起きて、居間に下りると台所に諒がいた。


「おはよう、景。目玉焼き食べる?」

「あ、食べる!」


俺と諒の朝食は主食のパンに、卵と果物と牛乳と決まっている。放っておくとパンしか食べない俺たちに栄養を取らせるため、常に忙しい母親が決めたメニューだ。卵はその日によって目玉焼きかスクランブルエッグ、果物はその季節のものが買ってある。秋の終わりから春まで続くリンゴが一番長く、春はイチゴやメロン、グレープフルーツ、夏は梨、秋には柿……なんていう具合で、俺たちは朝食で季節を感じることができる。ちなみに俺は、果物の中では梨が一番好きだ。


諒が卵を焼いているあいだに俺はメロン――白っぽくて楕円形のやつ――を一口大に切って器に入れる。うちではメロンはスプーンですくって食べるのではなく、切って盛る。


「母さんたちは?」

「母さんはまだ寝てる。父さんはサッカー」

「ふうん」


父親は草サッカーチームに入っていて、休日には練習やら試合やらで出かけることが多い。俺たちが小さいころは一緒に行ったりもしたけれど、今は父親ひとりの楽しみになっている。


「ゴールデンウィークも終わりだなあ」


朝食の席に着いたとき、諒がぼんやりと言った。


「景は遊びに行った?」

「行ったよ、礼央と映画見に。礼央の弟も一緒に」


諒は「ああ、そう言ってたね」と微笑んだ。連休中も研究室に通っていたから、休みの実感があまりないのかも知れない。


「礼央くんって、親戚の家で暮らしてる子だったよね? 弟さんとは別々に」

「うん。一緒に住めないけど、仲はめっちゃいいよ。俺、あのふたりを見てると、一緒に幸せな気分になる」


諒が俺を見てにっこりする。その笑顔は礼央が太河に向ける笑顔と似ていて、こういうとき、諒が俺の兄貴でよかったと思うのだ。


今日はいちごと出かけるという諒の言葉でいちごの話を思い出した。中学のときに、俺が女子の気持ちに気付かなかったという話を。


「諒はさあ、中学とか高校とかでモテたよね?」


思いがけない質問だったらしく、諒は一瞬、動きを止めた。それから「どうだったかな」と首を傾げた。勉強以外はぼんやりしたところのある諒だから、ほんとうに分からないのかも知れない。


4歳差の俺は、中学・高校での諒の姿は実際には見ていない。でも、やさしくて優秀で顔もまあまあの諒が、女子に人気がなかったわけがない。


「チョコレートをもらったりはしたけど……」

「やっぱり」

「いちごよりいい子だと思えた子はいなかったんだよなあ。あの頃はあんまり恋とか考えてなかったけど……」

「そ、そうなんだ?」


さらっといちごがいいなんて言うなよ。俺の方が照れくさくなるじゃないか。


まあ、いちごの名前も出たことだし、気になっていることを話すのにちょうどいい。


「いちごがさあ、中学のとき、俺と……仲良くなりたがってた女子が何人かいたって言ってたんだ。でも俺はそんなのまったく覚えがないんだよね。ちゃんと話したこともないのに、俺の何を気に入ったんだろうって」

「そうだね……」


テーブルに肘をついた諒がフォークで刺したメロンをぼんやりと揺らす。と、俺を見て微笑んだ。


「景には感情を感じ取る力があるよ」


感情を感じ取る力――。


そんなこと、初めて言われた。


「ほかのひとの感じていることを、景は一緒に感じ取ってる。感じ取って同調しちゃう。共感っていう言い方もあるけど、景の場合は同調、だと思う。さっきも言ってたね、礼央くんと弟さんを見てると幸せな気分になるって」


確かに言った。でも。


「そういうのって、誰にでもあるんじゃないの? 映画見て泣くとか……、空気読むっていうじゃん?」

「そうだけど、景の場合は少し違うんだよ。感じ取ったことをそのまま取り込んじゃうっていうか……、そう、本人と同じくらい大きく、重く、感じてる。空気を読んで利用するんじゃなくてね」

「うーん……」


諒の言ってることは分かる。分かるけど、そんなに特別なことなのか?


「小さいころから、景は俺の感情にも敏感だったよ。俺はそれに何度も助けられた」

「助けた? 俺が?」

「うん。学校でうまくいかなくても、景といると癒された」

「一緒にいるだけで?」

「そうだよ。俺が何も言わなくても景は感じ取ってた。気持ちを分かってくれる誰かがいるってとても心強いよ。それだけで十分なんだ」


気持ちを分かってくれる誰か。俺がそういう存在だってこと?


でも、他人の感情に同調しやすいというのはほんとうだ。俺が悲しいドラマや悲惨なドキュメンタリーを見ないのはそのせいなのだ。見るととても苦しくて、何日もそれを引きずってしまうから。その“尾を引く”という部分で友人たちと違うらしいと気付いたときは驚いたっけ。それに、同調はしないけれど、誰かの不機嫌や怒りの感情をキャッチしやすいのも俺の特質の一つだ。


「いちごが言うように、景のこと好きだった子、少なくなかったと思うな」


諒がつぶやいた。


「うーん……、俺が癒しになるから?」

「やさしいからだよ」


まっすぐに俺を見つめる諒。いちごも「やさしい」という言葉を使っていたけれど……。


「やさしいっていうのは直接何かをしてあげることだけを言うわけじゃないよ。相手の気持ちを理解したり、尊重したり……、思いやること。中学生の男子でそれができる子はなかなかいないと思うよ」

「でも、女子とはほとんど接点がなかったんだけどなあ」

「直接話さなくても、教室で一緒に過ごしてたら分かるよ」

「コクられたこともないし」

「あはは、それはどうしてだろうね。近寄り難いのかな。……ああ、景は恋愛感情に関しては鈍感なんだね」

「ん、確かに」


いちごが諒を好きだということにも気付かなかった。


「でも、それは分からない方がすっきりしていいなあ」


分かったら、俺みたいな性格だと気を張り続けなくちゃならなくなりそうだ。


諒が「そうだね」と笑った。その笑顔を見ながらもう一度、諒が俺の兄貴でよかったなあ、と思う。


「諒が学校で上手くいかなかったことなんてあるの?」


話の途中で気になったことを訊いてみる。一緒に住んでいても、こんなふうにゆっくり話せるのは久しぶりだ。


「あるよ、もちろん」


諒が静かに笑った。


「学校って……特に小学校や中学校って、勉強ができるとほかの部分も優秀に見えるみたいで、期待されることが多かったから」

「ああ。で、諒は性格もいいから……あ、いや、お人好しなんだ」

「ははは、そうだよね、お人好し。断れなくて……いろいろあったなあ……」


諒の言う意味がなんとなく分かった。


先生の信頼が同級生の羨望や妬みの原因になることもある。失敗できないプレッシャーを背負うこともある。諒は真実、優秀で、期待されたことを完璧にやってのけたのだろう。だから先生たちの記憶にも残っている。けれど、それが更なるプレッシャーにつながった可能性もあるのだ。


そんな諒に俺が――ただいるだけで――助けになったというのが嬉しい。そう思ってくれることがとても有り難いし、勇気が湧いてくる。まるで自分が特別な存在みたいだ。


特別な存在――。


そうだ。しぃちゃんは俺にとって特別だ。彼女の笑顔と言葉は俺をよい方向へと向かわせてくれる。


そして、礼央も特別だ。弟を思い、自分の人生を真剣に考えている礼央の姿は、俺にとってひとつのお手本となっている。


家族以外で、俺を特別な存在だと思ってくれるひとはいるだろうか。俺が他人の助けとなれることはあるのだろうか……。


「景がいたから頑張れたんだよなあ。景をがっかりさせたくなかったし、失敗したら、後で景が何か言われるかも、とか思ったりして」

「え? 俺のために?」

「うん。まあ、もちろんそれだけじゃないけど、そんなことも思ってたよ」


穏やかに笑う諒。


諒がそんなふうに考えていたなんてまったく知らなかった。俺はなんて間抜けだったのだろう。何も知らずに、勝手にコンプレックスを抱えて。


「そっか……、ありがとう。俺、全然気がつかなかった」

「あはは、小学生や中学生で他人の行動の裏側を読み取れたら、ゆくゆくは名探偵か大犯罪者になれるよ。それに、景には景の頑張らなくちゃならないことがあっただろ?」


笑顔の諒と礼央が重なる。同時に、この前、自分が太河に言った言葉がよみがえった。礼央が頑張れるのは太河がいるから――。


「ねえ、諒? 俺に何かしてほしいことある?」

「んー?」


新聞に手を伸ばしながら諒が考える。そして、すぐににっこりした。


「じゃあ、今朝の食器洗い当番」

「え?! それは」


そういう「してほしいこと」じゃなかったんだけど……。


まあ、いいや。諒が俺を大切に思ってくれていた時間を考えたら、朝食の食器洗いくらいでは全然足りないもんな。







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