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彼女は俺の魔法使い  作者: 虹色
第1章 新学期
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2 俺の事情


部活を終えて家に帰ると、母親に新しいクラスのことを訊かれ、いちごと同じクラスになったことを思い出した。黙っていてもどうせ兄貴を通して伝わるだろうし、そうなると、言わなかったことを詮索されそうだ。だったら最初に、と「いちごと同じクラスになった」と答えた。


「あら。よかったね」


菜箸を持った母親が振り向いた。続けて聞こえた「いちごちゃん、しっかりしてるから助かるよね」という言葉にため息が出る。


「俺、ちゃんと自力で学校生活送れてるから」

「あははは、そう言えばそうだ」


ふたり兄弟の下の子である俺のことを、親たちはいつまでも小さい子認識から抜けられないようなのだ。「そんなことまで考えてたんだ?!」などと驚かれたり、感慨深い顔をされたり、大々的に褒められたりすることが度々ある。中学生になったころから、俺はそのたびに微妙な気分になる。


ただ、それは一方では俺に対するプレッシャーが小さいということでもある。


俺は “健康で、悪いことをしなければオッケー” 的な育て方をされている。この方針はうちの親がのんびりしたタイプであることも一つの理由だが、それ以上に、親たちの目が俺よりも兄のほうに向きがちなのが原因だ。


最初の子どもである兄の諒は、常に親や親戚の注目を浴びて生きている。だって諒の育ってきた道は、すべてが親にとって――親の立場で経験するのは――初めてのことなのだ。目が行くのは仕方がない。


そして諒は、親が首を傾げるくらい優秀だ。特に勉強方面で。


今は大学で宇宙物理学を学んでいて、今年から所属しているゼミも高倍率を勝ち抜いた結果である。中学・高校とも生徒会長を務めており、先生方の覚えも目出度い。俺は地元の中学から諒と同じ高校に進んだ。四歳の差があるから一緒に在籍はしていないが、先生方から「お兄さんは元気?」などと尋ねられたりすることが少なくない。


とは言っても、諒は勉強以外の部分ではかなりぼんやりだ。周囲のことに気付かないのは頭の中で常に何かを考えているかららしい。そして、競争心がない。成績がいいのは勉強が好きでやっている結果に過ぎず、勝負ごとに負けても悔しがったり恨んだりしない。端正な顔立ちも手伝って、周りには「温和な性格」と言われる。


まあ、優しいというのは事実で、俺は諒にはよく面倒をみてもらった。困ったときには相談に乗ってくれるし、俺も諒のことが大好きだ。


そんな諒と俺、そしていちごは一緒に大きくなった。いちごは諒を「諒ちゃん」、俺を「景ちゃん」と呼んで(俺は諒もいちごも呼び捨てだ)。そして、俺たちが諒の母校である県立九重(ここのえ)高校に入学が決まったとき、いちごが諒の彼女になった。


「いちごのことだから、きっと俺の失敗談とかばらしちゃうだろうし」


ふくれっ面でつぶやくと、母親はまた、あはは、と笑う。


「でもさあ、気心が知れた相手は多い方がいいじゃん? 人間関係って難しいこともあるから」

「んー、まあ、それはそうだな」


たしかに、いちごのことは信用できる。ただしそれは、本当に本当のピンチのときの話だ。


「じゃあ、ご飯の前にお風呂入っちゃいなさい」

「へーい。諒は?」

「先生のお手伝いで遅くなるって」

「ふうん。大学でも頼りにされてるんだな」

「どうかな? 頼りにされてるんじゃなくて、お人好しだからじゃない?」


自分の部屋に向かいながら、ああいう親でよかったな、と思う。諒がどんなにみんなからすごいと言われても、だからって俺と比べるようなことをしないから。親にとっては諒も俺も等しく息子で、俺が注目されていないからといって、ないがしろにされているわけでは決してない。


――むしろ俺が……。


荷物を置いて、息を吐く。


そう。諒のことを気にしているのは俺だ。自慢で憧れの兄だけれど、先生や先輩から――ときどきは友だちからも、諒の優秀さを話題にされるたび、胸のあたりがちくちくする。“優秀な兄の弟”って見られているんだろうな、と思ってしまって。


俺が諒と同じ九重高校を目指したのもそれが理由だ。県内トップの公立高校。ありがたいことに、頑張った成果が出て無事に合格できた。でも、成績優秀者の集まりである九重高校で上位一握りに入れるほどの実力ではなかった。のみならず、俺には生徒会役員に推されるような人望もない。


「普通の弟」。その言葉がいつも頭の隅にある。


ふと、大鷹の笑顔を思い出す。いちごの隣で俺に笑顔を向けてくれた大鷹紫蘭。双子の片割れがモデルとして活躍しているという女の子。


彼女に訊いてみたい。活躍している姉妹がいることをどう感じているのか。


いつかゆっくり話せるときが来るだろうか。こんな話ができるくらい信頼関係が築けるだろうか……。







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