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彼女は俺の魔法使い  作者: 虹色
第2章 相棒!
12/51

5 特別?


ドン――と、体育館にレシーブの音が反響した。白いボールがネットの向こうでセッターの手に吸い込まれ、シュッと放たれる。大きな孤を描くボールに向かって走り込むアタッカー。レフトから狙うコースは――ストレート!


ジャンプして伸ばした両腕を右に振ったと同時にバン! という音と衝撃。跳ね返ったボールは勢いをそのままに、相手コートのラインを叩いた。


「ナイスブロック!」

「景! やったな!」


後ろからチームメイトの声がする。並んで跳んでいた先輩が俺の腰をぽん、と叩いた。


部活の後半、試合形式の練習。俺が止めたのはうちの学校の2番手のアタッカーだ。


サーブのために後ろに下がり、ボールを左手に乗せる。相手チームのポジションを確認し、狙いを定める。今日は調子がいい。体が思いどおりに動く。この調子なら、5月の大会でベンチ入りできるかも……。




「景、今日はずいぶん動けてたな」


帰り道で高砂(たかさご)が言った。朝の雨は止んでいるけれど、空気がまだ重苦しい。


「宮本武蔵効果かもねー」


礼央がからかい気味に言うと、高砂が「なにそれ?」と眉をひそめた。女子がいない今は、高砂はただの不愛想な男だ。ここぞというときのために笑顔を溜めているに違いない。


「景が今、読んでるんだよ。宮本武蔵の『五輪書』」

「武蔵って剣豪の? なんで急に?」

「図書委員の仕事なんだ」


かなり端折った説明に、高砂は「へえ」と真剣な顔を俺に向けた。


「それがバレーとつながってるのか?」

「そんな部分もあるかなって感じ。人それぞれじゃないかな。まだ半分も読んでないんだ」

「バレーが上達するなら俺も読むぞ。あ、委員会と言えばさあ」


去年の委員会の話に移ったので、相槌を打ちながら、今日の部活のことを思い返してみる。


練習の途中で『五輪書』のことを思い出したというのは当たっている。ただ、すぐに使えそうだったのは「観」の目で全体を広く見るようにすることくらいで、それは多少は効果があったように思う。あとは、「よくよく稽古」のお陰で一つひとつの練習を丁寧に、心を配ってやってみたというところか。


でも、それよりも頻繁に頭に浮かんできたのは大鷹の言葉だった。


あの本を借りたことに「感動しちゃった」と言ってくれたこと。昼の当番のあとに「鵜之崎くんが相棒で良かった」と言ってくれたこと。そして、そう言ったときの笑顔も。


今まで、同年代の女子からあんなふうに言ってもらった記憶はない。


もしかしたら過大に評価されているのかも知れない。何か勘違いされているのかも知れない。そんな可能性が浮かぶけれど、それなら努力してそのギャップを埋めればいいじゃないか、なんていう気持ちがわいてくる。そんな前向きな思考がすぐに出てくることが自分でも不思議だ。


――“相棒”って、ちょうどいい言葉だな。


“仲間”よりも事務的な感じというか……。


感情面の結びつきはほど強くなくて。でも、“いい相棒”っていうのは、お互いへの信頼で結びついている気がする。同じ目標に向かって一緒に、任せられるところは任せて、それぞれの足りないところは協力して埋めながら進んで行く。


今のところは俺が助けられているだけだけど、いつか俺が手助けできることもあるんじゃないかな。図書委員の仕事以外でも、助け合うことができるような関係になれたらいいな。


いちごが、大鷹はいい子だって言っていたし。


そのとおり、彼女は困っている俺に手を貸してくれたし、頑張りを認めてくれて、それを言葉で伝えてくれた。たぶん、親切で素直な性格なのだ。口に出さないときでも、けっこう気持ちが表情に表れていたりもする。しっかり者だけど、そういうところはちょっとかわいい。


――い、いや、かわいいって。


べつに特別な意味じゃない。俺の気持ちというのじゃなく、もっと客観的に、だ。子どもっぽいと言うか……。


たしかに大鷹と話していると、胸の中がざわざわすることはある。でも、それは単に大鷹が女子だからかも知れない。彼女になってほしいくらい特別なのか……特別になるのかは、まだ分からない。ただ、相棒から、礼央みたいに“友だちとして気が合う”というところまでは行けるような予感はあるのだけれど。


――俺だけの問題じゃないからなあ。


彼氏と彼女となるには、お互いに好きじゃないとダメだ。大鷹は俺を恋愛対象として好きになってくれるだろうか。顔も性格も凡庸で得意なこともない、ただ背が高いだけの俺を……いや、待て。


たった今、俺が彼女を好きになるかどうか分からないと考えていたばっかりじゃないか。自分の条件を気にしてどうする?


でも……。


大鷹は性格はいいぞ。いちごの保証付きだ。で、見た目だって悪くない。背は小さいけれど、なによりあの姿勢がいい。笑顔も感じがいいし。成績……も良さそうだよな。まあ、学校の成績だけでは測れない部分だってあるけど、そもそもこの学校に入ったということは、基本的には勉強はできるのだ。


大鷹は高嶺の花かも知れないな……。


「あ、町田先輩だ」


高砂の視線を追うと、駅前のコンビニからバレー部の先輩が出てきたところ。隣には俺たちと同学年の女子がいる。半年ほど前に町田先輩から申し込んだというウワサだった。


「仲良さそうだな」

「うん。いい感じだよな」


笑いながら駅の階段を上っていくふたりは、ほんとうに楽しそうだ。部活終わりの時間でうちの生徒も多く、知り合いに声をかけられたり、手を振ったりしている。自分たちだけの世界に入り込まず、それでも当たり前のように一緒にいる様子はさわやかで、まるで青春映画の主人公みたいだ。


「なんで俺には彼女がいないんだ?」


高砂は本気で不思議に思っているらしい。


「不思議な人気があるのにね」


礼央がくすくす笑いながら言った。高砂は「不思議は余計だ」と抗議する。


「高砂は二重人格だからダメなんじゃないのか?」

「二重人格とは違う。サービス精神が旺盛だと言ってくれ」


俺の指摘を高砂が否定する。でも、そのサービスが極端すぎるのではないかと俺は思う。女子が恋の相手として求めていることとずれているのではないか、と。


とは言っても。


俺だって、女子が何を求めているのかはっきりとは分からない。それに、もしも分かったとしても、自分がそれに近付けるのかどうかは別な話だ。


で、結局、考えても仕方がないから、今の俺そのままを好きになってくれる誰かが現れるといいな、と思うだけ。町田先輩たちみたいに自然な雰囲気のカップルになりたい。


――と。


町田先輩たちの後ろ姿に自分が被る。俺の隣にいるのはしなやかなポニーテール。けっこうお似合いなんじゃないかな?


――いや、待て!


何を考えているんだ。まだ好きになるかどうか分からないって、さっきから何度も思っているのに。


ちょっと仲良くなっただけでこんなに大鷹とのことを考えてしまうなんて、今まで女子との接点がなかったせいかも知れないな。


あんまり考え過ぎると、身構えてうまく話せなくなりそうだ。せっかくいい相棒って認められているのだから、今の状態が維持できるように気を付けなくちゃ。





2022.6.13

誤字報告をいただきました。ありがとうございました。

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