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第五話 再会

 ニクス国。

 そこは人間と亜人が分け隔てなく共存している国。第二次大戦の終戦後作られた国で、建国時に人間国と亜人国の南部の一部を合わせて作られた。そのおかげで、人間と亜人とが一緒に住まう国となった。

 当時は終戦後直ぐということもあり、互いを嫌った者たちが自国へ帰還すると言ったことが多かった。

 しかし、現在も王を務める長寿族のジャックとその家臣の努力により、人間と亜人が共存しやすい環境が作られ、時が経つに連れ元居た人や、亜人と人間とが連れ添って移住してくる人たちが増え、発展していった。


 そんなニクス王都の端にある、とある孤児院。古くからある木造の建物なのか、外壁の所々が腐食しボロボロになっている。

 中は簡素な造りなようで、玄関を入ると大きな部屋があり、部屋の奥には左右にドアが一つずつあるばかり。この孤児院はそれ程大きな造りではないらしく、奥にある部屋はそこまで広くないことが分かる。

 そして、大きな部屋には玄関から入って右側に小さめのキッチンと、それに並ぶように木製の食器棚と冷蔵庫が置いてあって、部屋の中央には大きな机と、椅子が七つ置かれている。

 キッチンに一つの人影があった。空色の髪の少女で頭にはうさぎ耳が生えている。うさぎ耳の少女は焼きあがった大きなパンを、一口サイズに切り揃えていた。

 不意にうさぎ耳の少女の大きな耳がピクリと反応する。隣に置いてある大きな鍋がグツグツと煮だっていたのだ。うさぎ耳の少女は手を止め、鍋のアクを取り、予め切っていた野菜を追加で投入し、火力を抑えた。鍋の様子を確認し、蓋を閉め、元の作業に戻った。


 そうしてパンを切り終えると、ドッドッドッと足音が奥の部屋から近づいてきた。


「メシーッ!!」


 バタンッ! と大きな音を立ててドアが開いた。

 耳が横に長く、クセっ毛で爆発している深緑色の髪をしたエルフの少女が、涎を垂らしながらキッチンに立つ少女を見やった。


「こらっ! ドアを乱暴に扱わない! また壊れるでしょう。……もうすぐ出来るから、他のみんなを起こしてきて」


 嘆息しながらうさぎ耳の少女はエルフの少女に怒った。

 しかし、エルフの少女は気にした様子もなく。「任せろ!」と言って部屋の奥に走って戻って行き、「起きろ~~!!」とバタバタと喧しく騒いでいる。

 うさぎ耳の少女はもう慣れているのか、特に気にした様子もなく、手際よく朝食の準備をしていく。

  

 すると、今度は玄関のドアがバタンッ! と音を立てて開いた。


「肉ぅ取ってきたぞぉ」


 そう言いながら目つきの悪い茶髪の少年が、大きな革袋を担いで入ってきた。足でドアを乱暴に閉め、そのまま玄関横に置いてある大きな桶に、革袋をひっくり返し中身をぶちまけた。べちゃべちゃと生肉が重なり合う音が響く。

 うさぎ耳の少女は朝食の準備を中断し、茶髪の少年の方へ向き、腰に手を当てた。


「ギル! 食べ物をそんな扱いしないの! …それとドアを乱暴に扱わない! また壊れるでしょ!?」


 そう怒りながらうさぎ耳の少女は大きな桶を流し場に置き、魔法で水を入れていく。

 茶髪の少年――ギルターは目を細め、面倒くさそうな顔をしながら目を反らし、舌打ちした。


「いちいちぃうるせーなぁ。だからぁそんな歳でぇ"母さん"なんてあだ名が付くんだぞぉ、リーサァ…」

「何か言った!?」

「なんもぉー」


 ギルターは流し場の前に立ち、生肉に着いた汚れを取ろうと手を伸ばした。それに合わせて隣にいるうさぎ耳の少女――リーサが、流し場の上を指で指す。

 するとそこに拳大程の水の玉が現れ、そこから水が流れ出た。ギルターはその水を使って汚れを綺麗に洗い流していく。


 今度は先程エルフの少女が出てきたドアがゆっくり開かれる。


「おはー……」

「お…おはよぅ…、ございますぅ……」


 気の抜けた声と今にも消えてしまいそうな位、か細い声が入ってくる。

 そこには灰色に黒い斑が入った髪の少年と、黒髪の少女が立っていた。少年の方は猫耳と毛の生えた尻尾が生えていて、黒髪の少女は少年の袖を掴み恐る恐るといった感じでいる。

 猫耳の少年は眠たそうに欠伸をした。


「おはよう! 眠たいところ悪いんだけど、シアンとアリサちゃんでお皿とコップ出してもらえる?」


 猫耳の少年――シアンと、黒髪の少女――アリサはコクンと頷き、二人で食器棚の方へ歩いていく。その二人にギルターがしかめっ面を向けた。


「お前らぁ聞いてくれよぉ…朝からリーサがさあぁ…――」


 ギルターが朝のことを愚痴ろうとした。その時。


「――――朝からうるさいよゴーニャッ!!」


 シアンとアリサが出てきた部屋の隣から、しゃがれた怒鳴り声が家中に響いた。続けてドッドッドッと足音が近づいてくる。

 そして、笑い声と共にドアがバタンッ! と開いた。


「な~はっはっはは~~! ババアが来るぞ~!」


 万歳をしながらエルフの少女――ゴーニャが部屋の中を駆け回る。開け放たれたドアから皺くちゃの顔をした老婆が出てきた。白髪交じりの黒髪をくしゃくしゃしながらゴーニャを睨み付ける。


「お仕置きが必要かえ?」

「やってみろババア! なっはっはっは~!!」

「このクソガキゃあ…!」


 ワナワナと震える老婆。


「おはよう。アリアお婆ちゃん!」

「おはー…」

「お、おはよぅ、ございますぅ……」

「朝っぱらからぁうっせえなぁ、ババアとバカはぁよぉ…」


 老婆――アリアにリーサ、シアン、アリサ、ギルターがそれぞれ声をかけた。

 アリアがシアンを睨み付ける。


「シアン。椅子を一つ減らしときな。今日から一人減るからねえぇ」

「んー」


 と、シアンはアリサと一緒に朝食の準備をしながら、いい加減に答えた。

 そんなシアンを気にも留めないアリアは、細い皴だらけの指をポキポキ鳴らしながらゴーニャを睨み付け、対するゴーニャはあっかんべーをしながら挑発を続けた。


 どうしていつもこうなるのよ! とリーサは頭を押さえながら嘆息した。


「アリアお婆ちゃん! そんなことより朝ごはんにしよっ!」


 収拾がつかなくなる前にと、リーサが宥める様にアリアに言った。

 アリアは舌打ちをした後、黙って席に着く。淡々と朝食の準備をしていたシアンとアリサが、スープの入った器を机に並べて席に着いた。

 挑発していたゴーニャは、ギルターに首根っこを掴まれ宙ぶらりんになったのち椅子に座らされ、リーサは切り分けたパンを乗せた大皿を机の中央に置く。

 作業の終わったリーサとギルターが席に着いた。

 ギルターとアリアを除く全員で「いただきます」と手を合わせ、朝食にありつこうとした。


 ―――その時。

 玄関のドアが鳴った。


 今の時間はまだ朝方。それも結構早い時間で、街の住人の大半は寝ているのではないかという程。

 こんな時間に人が来ることなんて、あまり無い事だった。全員がアリアの顔を窺う。アリアも眉間に皴を寄せ、玄関を睨み付けた。

 次の瞬間、アリアは目を見開いた。


「…まさかねえ……」


 アリアは呟きを零す。

 ギルターに顎で玄関を開けるように指示をして開けさせた。


 すると、そこには…。


「…ははは……」


 涙を流しながら立ち尽くす亜人の少年が立っていた。



 ◇



 ガタンッガタンッと車輪が石の上を通過するたびに馬車が跳ねる。馬車の幌の中は樽や木箱で満載だ。中身は食料と酒だろうか、周囲に匂いが漂っている。

 そんな馬車の幌の上でアクエルドは寝ていた。

 そのことに二頭引きの馬車の手綱を握る行商人は何も言わない。


 その時だ。

 大きな凹凸を通ったようで、一際大きく馬車が跳ねる。その衝撃でアクエルドが起き、寝ぼけた顔で欠伸をしながら大きく伸びをした。


「……ギルに会うのは何時ぶりだろうなー……」


 小さな声で呟く。


 フィンリスを発って二週間が経った。道中三つほどの村を経由していて、街道を進む馬車からは既に目的地であるリケメスが見えてきている。

 リケメスはフィンリスの南方に位置し、国境に近い街でもある。その為、フィンリスと同じで大戦時に堅牢な城壁が築き上げられ、それが今でも残っている。今では街の象徴として日頃から点検、補修がされている。


「着いたら起こして」

「………」


 アクエルドが再度眠りにつく。行商人は何も言わず手綱を握ったまま馬を進ませた。


 フィンリスからリケメスまでの道のりで魔物や盗賊に襲われるということは無かった。

 道中泊まった村の人から、ここ数年の間で年々魔物や盗賊の出没頻度が激減し、村や街間を移動する際に襲われるということが無くなった。という話と。それに当たってギルドの討伐員の収益が減った為、魔物や盗賊の減少に比例してギルド員が減少し、辞めた人が村に戻ってくることが最近多くなった。という話を聞いた。

 そのおかげもあり平和な旅を出来ているのだが、討伐を生業としていた人たちは生活に苦しむ。亜人国でも同じような傾向が出てきている。

 こっちも同じかあ、と他人事のようにアクエルドは思った。


 暫く経って馬車が止まった。

 リケメスの城門に着いた様だ。

 荷物の検閲が行われ、その際にアクエルドと行商人は身分証を見せた。

 検閲はすぐ終わり、リケメスに入る。


 リケメスはフィンリスと同じく、亜人国との貿易拠点だ。亜人国と人間国南部の地域を結ぶ街で、フィンリスほどではないが、この街の東門と西口では多くの積荷馬車が出入りしている。

 更に、国境に近い街ではあるが、英雄がいない街でもある。その為、他の街より大きいギルドや衛兵の施設があるのだが、先にも示した通り、ギルド員と衛兵の数は減少傾向にある為、その施設は縮小されていると言う。


「ここがリケメスか~…」


 アクエルドは行商人と別れた後、目的地へと歩きながら周辺を見渡した。

 この街の住人たちは皆、生き生きしているように見える。下を向いて歩く人が居らず、大半の人がニコニコして歩いているからそう見えるのだろうか。


 アクエルドは特に迷うことなく歩みを進め、目的地である衛兵の訓練場に着いた。

 五メートルほどの高い塀に囲まれ中は見えないが、訓練中の衛兵の声と教官であろう人物の怒号が聞こえてくる。


 聞き覚えのある声だ。


 アクエルドの表情が柔らかくなる。


「丁度いい」


 周囲を見渡し、訓練場の塀よりも高い建物の屋根に飛び乗った。

 塀の中を見ると、沢山の衛兵が重たい装備を付けながらランニングをしていた。ちらほらと倒れている衛兵や、顔と腕が満足に上がらず、今にも倒れそうにしている人が見受けられる。

 この街の衛兵は手練れが揃っていると聞いている。今の様子から察するに相当な距離を走っているようだ。

 その集団の最後尾に一際目つきの悪い茶髪の男性が走っていた。

 ペースの遅い衛兵を蹴とばし怒鳴っている。


「ギルのやつ似合ってんな~」


 アクエルドは楽そうにケラケラ笑い、掌を茶髪の男性――ギルターに向ける。

 すると次の瞬間。ギルターが膝を曲げ転びそうになったのだ。しかし、すぐに体勢を立て直し、何事もなかったかのように走り始めた。


「…よし。んじゃあ……待つかー」


 アクエルドは屋根から飛び降りて、街中へと消えていった。



 怒鳴り声、笑い声、喚き声、調子の外れた声。様々な声が喧騒を作り出している。所々で木のジョッキを打ち付ける音が響く。

 ここは疲れを癒し、共に笑い合ったり怒り合ったする人々の憩いの場、酒場である。

 酒場の席はほぼ満員で立ち飲みをしている輩もいるぐらいだ。

 その片隅の席にギルターとアクエルドが座っていた。

 二人がジョッキを片手に上げた。


「かんぱ~い!」

「おぉ!」


 勢いよくジョッキをぶつけ合い乾杯する。酒が零れるが気にせず、二人は一気に飲み干した。

 ギルターが大声でカウンターにいるマスターに追加を頼んだ。


「ったくぅ、さっきはぁやってくれたなぁ!」

「うるせっ! 出会った頃に散々やられたお返しだ!」

「ケッ! 泣き虫アクのクセによぉ」

「んだとお!? ヘタレギルがよく言うぜ」

「あぁん…? またぁ泣かされてぇのかぁ…!?」

「泣いたのは一度っきりだし。される気もねぇよ!!」


 睨み付け合うアクエルドとギルター。だが、だんだん可笑しくなってきたのか、最後には愉快に笑い合っていた。


 追加の酒が来た。すぐさまギルターが半分ほど飲み干す。

 ギルターとは対照的にアクエルドは二杯目からゆっくりと飲み始めた。


「大分進んでるみたいだな~。ここに来る途中でもいくつか確認して来たけど」

「ああ、大体はもぉ終わってるぜぇ。シアンとアリサも順調にぃ進めてるみてぇだしぃ、二年以内に終わるんじゃねぇかぁ」


 ギルターはグイッとジョッキを傾け、二口目で中身を空にする。ギルターは飲み終えたジョッキを見て眉を潜め、近くを通ったウェイターに「樽で持ってこぉいぃ!」 と無茶苦茶な注文をし、流石のアクエルドも無理だろ、とやや呆れながら苦笑いした。

 しかし、そんな思いとは裏腹に、ウェイターはすんなりと注文を聞き入れ、店の奥へと消えていった。


「マジかよ…!?」

「あぁん? 当たりめぇだろぉ。ここはオレの店だぜぇ」

「へいへい。流石ですこと……。あ、そういえばリーサのやつが全然連絡寄こさないって怒ってたぞ」

「あぁ? こっちはぁ忙しいんだっつーのぉ。逆にこっちにも寄こしてねぇだろうがぁ」

「全く…、お互い張り合うなよ」


 苦笑いしながらアクエルドが言い、ギルターは「ケッ!」と舌打ちをしながら椅子の背にもたれ掛かった。

 ウェイターが二人がかりで酒の入った樽を持ってくる。ギルターは樽を開け、ジョッキで中の酒をすくってグビグビ飲み始める。

 そんな可笑しな光景にアクエルドは楽し気に笑った。


 その後もギルターは樽に入った酒を飲み、アクエルドはゆっくりなペースで酒を飲み進めながら、世間話をしていった。


 そうして、樽に入った酒が無くなりそうになった頃。


「んでぇ、すぐに街をでるのかぁ?」


 いい感じに酔いが回り、若干顔が赤くなってきているギルターが、ほとんど目を瞑り、頭を上下させたりユラユラさせたりしているアクエルドに聞いた。

 大分酔いが回っているようだ。普段こんなことは無いアクエルドだが、今日は気分が良く、酒がいつも以上に進んでしまったようだ。


「ん~~…うん。……取り敢えず…ね。早い方が~、いいっしょ…」


 フワフワになっているアクエルドとは対照に、顔が赤いだけで呂律も意識もハッキリしているギルターは、樽に入っている酒を全て飲み干し、「そういやぁ…」と言葉を続けた。


「どうだったよぉ、英雄様はぁ」

「あ~~……、おう。問題なさそ…。あの二人ならだいじょーぶ」


 何度も頭を机に打ちそうになりながらアクエルドは答えた。

 そんな様子にギルターは苦笑いをしながら肩をすくめた。


「おいおいぃ、もう限界かよぉ。…ったく、帰るぞ」

「えぇ~~。……あい…」


 フラフラのアクエルドに肩を貸しながら、ギルターは酒場を後にした。

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