第四話 それぞれの旅路
「ねえ知ってる? 何でも生まれてきた子供が緑髪の緑鱗なんですって」
「緑髪で緑鱗って言ったら……」
「おう! その話は本当かい!?」
「ええ、王城に仕える使用人がそう言ってたらしいわ」
「そいつぁやばいんじゃねーのか? 悪魔の子の再来っつー話だろ?」
亜人国にて第二王子が生まれた。その子は緑鱗と緑髪を持っていた。
その噂はその子が生まれて一ヶ月と経たずに国中へ広まっていった。
今から三代ほど前。
生まれてきた子供の中に緑髪で緑色の鱗を持った子がいた。その子は今まで見たことも聞いたことも無い、特有な力と膨大な魔力を持っていた。
皆、珍しい髪と鱗と力に興味と関心を持ち、大事に育てられた。
……そして事件が起きる。
その子が十九歳になった時のことだ。突如城から行方不明となったのだ。王や家臣、それから多くの民が国中を探し回った。
皆が懸命に探した結果、一週間もしないうちに見つかった。
その報告を受けた王や家臣たちは、大層喜んだそうだ。
しかし、発見の報告と同時に、もう一つ別の報告があった。
なんとその子は人間国の王子王女らが王となる為に必要な、王の儀が執り行われる祠を破壊しているところだった。という報告だ。
すぐさま王は家臣を引き連れ、祠へ向かった。その頃には炎の英雄が取り押さえ、拘束しているところだった。
王は理由を聞くと共に、大人しくするように諭した。しかし、その子は理由も答えず、再度暴れようとした為、最終的に殺処分となった。
被害は祠の外装部が半壊。近くの村の住人が、炎の英雄が来るまで被害を抑えようとして、約三十人の人が亡くなった。
そんな事もあり、それからしぱらくの間、人間国と亜人国との関係性が悪化。人間国と亜人国の力関係を壊そうとしたとして、当時の亜人国王に非難が殺到したという。
以後、その子は "悪魔の子" と人間国、亜人国、ニクス国で言い広められた。
そんな経緯もあり、今回生まれた子に対して周囲は今すぐに死刑。もしくは幽閉せよ。と、家臣や国民のほぼ全員から言われ続けていた。
「お父様! アクエルドは何もしていない! 死刑などしてはいけない!」
当時四歳だったクリシュが、父グラン王に詰め寄っていた。
「ああ、私も同意見だ。それにガラハによれば、アクエルドは魔力を持っていないそうだ。少し窮屈な生活を強いることになるが、害がないと分かれば、皆受け入れてくれよう」
グラン王がクリシュの頭を優しくなでながら続ける。
「お前と同じ私の子だ。変わらぬ愛で育てていこう」
「約束ですよお父様!!」
初めてできた弟。周囲が受け入れてくれるかは分からない。不気味がり辞めていく使用人も何人もいた。
しかしそれでも大事な家族を守り通すと、幼いながらもクリシュは心に誓った。
◇
外はまだ薄暗い。街の街灯はすでに消灯されていて、太陽がほんの少しだけ顔を出していた。
部屋の窓から外を眺めてみれば、ちらほら家の煙突から煙が上がっている。街の往来にも少ないながら人が歩いていて、農作業をする格好の人もいれば、装備を付けギルドへと向かう人達が見える。これから一日が始まり、街も活気づいてくるのであろう。
外の景色を見ていたクリシュが身支度を始めた。
「悪魔の子……か」
クリシュが呟く。
最近、よくこの夢を見るようになった。
何かの兆候だろうか……。
何だか少しもやっとした気持ちを抱えながら部屋を出た。
昨日、見極めの儀が終わった後、風呂で汗を流し、シェルとグローアと共に五人で食事を摂り、各自用意してもらった部屋でゆっくり過ごした。
今日はシェルとグローアに挨拶をした後、街を見て回る予定だ。
朝から執務室で仕事をしていると聞いている。その為クリシュは、アクエルドとガイルと合流して、執務室に向かおうとしていた。
その道中。城の真ん中に作られた中庭でアクエルドを見つけた。
クリシュが起きる前から日課の訓練をしていたのだろう。
魔力が無く、特有の力も使えないというデメリットを無くす為に、日頃からこうして空き時間を見つけては訓練をしている。先日シェルに対して、王に力はそこまでいらないとは言ったが、王となる為には全ての能力が優秀である必要がある。その為の訓練だ。
アクエルドは意外と努力家であった。
今もまだ、アクエルドに対して否定的な意見を言う人もいる。しかし、アクエルドのこうした努力や能力を知っていき、徐々にアクエルドを認めていく人も増えてきているのだ。
訓練しているアクエルドを見ていると、先程のもやっとした気持ちが少し晴れていくような気がした。
「おはよう。アクエルド」
「ん? ……ああ、おは~クー兄」
訓練を止め、手を振るアクエルド。
訓練用の服が汗で肌にピッタリ引っ付き、鍛え抜かれた肉体が浮かび上がっている。相当な時間をやっていたことが見受けられる。
アクエルドが付近に置いていたタオルで汗を拭きながら、クリシュの元へ歩いていく。
「シェルのところにか?」
「ああ。ガイルのところに寄ってから皆で行こうと思ってたよ」
「ふーん、そうか。んじゃ、ひとっぷろ浴びて来るわ。五階の広間集合で~」
そう言って、アクエルドは風呂へ向かった。
見送ったクリシュは、ガイルの部屋へと向かう。いつもなら起きているはずだが、昨日の疲労が残っているだろう。起きていない可能性を考え、予定より早い時間に向かった。
ガイルの部屋の前に着くと、中で人の動く気配がする。起きている様だ。
ドアを叩きガイルと合流。五階の広間でアクエルドと合流して、シェルの元へ向かった。
朝から大量の執務をこなし頭を抱えていたシェルだが、クリシュ達の姿を見て意気揚々と資料を退けた。
軽く挨拶をして、昨日と同じ長椅子にそれぞれ座った。
グローアが淹れてくれたフィンリスの特産品である紅茶に舌鼓を打ち、まったりしているところにシェルが切り出した。
「そうそう、君たちはどれ位滞在する予定なんだい?」
眩しい笑顔でシェルが言った。昨日訓練場へ行くときの顔だ。
アホ毛は逆立っていない。三日月の様に立っていて、ユラユラ揺れている。
クリシュら三人は次期亜人国王として人間国を広く見て回る為、一つの場所に長居することはない。そもそも人間国をじっくり見て回るのに三年では足りないくらいだ。
クリシュとアクエルドはシェルの様子に、何か企みがありそうだと感じたが、だからと言って如何こうなると思わなかった為、ここは素直に答えた。
「フィンリスには幾度か来たことがあるので、私は一週間の予定です」
「俺もそれくらいかなー」
「僕はギルドに登録して依頼をこなしながら見て回る予定なので、兄様方より少し長く滞在する予定ですが、具体的な期間は特に決めてないです」
「ふむふむふむ…」
シェルは腕を組んで何度か頷き、三人の目をしっかりと捉えた。同時に十七歳の女の子ではなく、英雄としての雰囲気がシェルを包んだ。
昨日とはまるで違う様子に、クリシュとガイルは居住まいを正す。
「強くなりたいかい?」
シェルは真剣な表情で言葉を続けた。
「昨日言われたけど、確かに王にそこまで力は必要ないのかもしれない。君達王族は王の儀を受ければ高水準の力は手に入るし、ここ数年で魔物の数も減ってきてる見たいだし、何かあれば各地の英雄がどうにかするだろうしね。……でもね、三十三年前にあったサスル山消滅事件。君達も知ってると思うけど、あの事件では英雄が真っ向から戦い殺されてるんだ。英雄の力も絶対じゃないって大々的に知らしめられた事件だね。…それと同時に、英雄に匹敵する力を持つ敵が現れたことを意味しているんだ。だから…、君達にも今以上に力を持って欲しいって思ってるんだ。少しでも多くの人々を守れるように。……君達の貴重な時間を少しボクにくれないかい?」
サルス山消滅事件。二つの意味でこの世界の人々に広く知られた事件だ。
シェルの真剣な訴えかけに、三人は考える様に沈黙する。シェルの横に座るグローアは静かに様子を見ていた。事前にこの事を聞いていたのだろう。
クリシュが口を開く。
「時間とは具体的にどれくらいでしょう?」
「三ヶ月! 三ヶ月訓練して武闘大会に出てもらおうと思ってるよ!」
シェルが身を乗り出して言った。
すると、アクエルドが両手を頭の後ろへ回し、唸ったのち答える。
「俺は遠慮しとくかなー。そっち方面は限界来てるしなぁ」
そんなアクエルドの答えにクリシュが続く。
「私も今は遠慮させてもらいます」
「うん。無理強いはしないよ…」
アクエルドとクリシュの答えを聞いて、微笑みながら座り直すシェル。アホ毛は項垂れてしまっている。
そしてガイルはというと、俯き考えていた。
恐らくこのままでは国王となるのは兄二人のどちらかだ。この旅で自分自身が急成長を遂げたとしても国王になることは叶わない。それは自分が一番良く分かっている。
知識・内政・人望等々、様々な要素で兄二人に大きく劣ってる自分が、これから先二人を支えていくのに一番必要なものは…。兄二人に不足している要素は…。
ガイルは顔を上げ、真剣な表情でシェルを見つめた。
「僕は……僕は強くなりたいです! 今の僕にはそれしかないんです! よろしくお願いします!」
そう、やるべきことは決まっている。
勿論、人間国との友好関係を維持し、互いに発展していく為にも、人間国の人々を理解していくことは最重要項であることは変わらないが。
ガイルの言葉を聞いたシェルが勢いよく身を乗り出し、ガイルの肩をがっちり掴んだ。
「いいのかい!? こちらこそよろしくね!」
シェルがガイルの手を取り、ながら上下に振り始めた。
「あ…は、はいっ…!」
満面の笑みをガイルに向けるシェル。その顔は先程までの英雄の顔ではなく、十七歳の可憐な女の子そのものだ。
そんなシェルの顔が間近に迫った状態で向けられる笑み。そして、シェルの女の子らしい小さな手の感触に、ガイルの顔が段々紅潮してきた。
「あ、あの…シェル…さん……?」
「んふふ~」
そろそろ手を放してくれないかと言いたいガイルだが、よっぽど嬉しかったのか、いつまでもニコニコするシェルになかなか言い出せ無かった。そろそろ顔が燃えてしまいそうだ。
そんなガイルの様子を見ていたクリシュとアクエルドは、おやっ、と面白そうな顔をして見合わせた。
「これは…」
「まーさか~」
微笑ましく見守るクリシュと、ニヤニヤが止まらないアクエルド。何か良からぬことを考えているようだ。
シェルの隣に座るグローアは申し出を受けてくれたことに満足げに頷いていた。
気が済んだシェルが手を放し一歩後ろに下がる。両手を後ろに回し前傾姿勢になりながらニコっと笑う。
「それじゃあガイル君は一週間後から訓練を始めよっか。この一週間は三人でこの街と郊外を見て回ってよ!」
鼻歌でも聞こえてきそうな雰囲気だ。アホ毛もブンブン振られている。
その後五人は朝食を取り、クリシュとアクエルドとガイルは街へと繰り出した。
一週間が経った。
この一週間三人はギルドの登録と依頼を受け、街の郊外へ。そして夜は酒場などの人の集まるところへ行き、様々な人々と交流を深めていった。
途中別行動している時もあったが、基本的には三人で行動を共にしていた。
フィンリス西口前。
フィンリスの西口も、東門と同様に多くの積荷馬車が出入りしている。
亜人国からの輸入品をここから流通し、人間国全域からの輸出品をここで受け取る為、日頃からここ西口の大広場は積荷馬車でごった返している。
その西口付近にクリシュとアクエルドが、街の塀に寄りかかり周囲の様子を眺めていた。
「クー兄はビルスクに行くんだっけ?」
「ああ、ガランド殿に話したいことがあるからな……」
この一週間の間で、三人はこれからの予定をある程度話し合っていた。
クリシュは南方を向きながら口を開く。
「リケメスには何の用で行くんだ?」
「……何の用って…特にないぞ? ただ知り合いっつーか、友人っつーのか…。まあそれがいるから取り敢えずって感じだしなぁ」
「そうか…リケメスに友人がいるのか。大事にするんだぞ」
「お前は母さんか…」
相変わらず過保護な様子のクリシュに嘆息するアクエルド。
昔からそうだ。毎日の様に弟二人に対して「今日の予定は?」「どこか出かける予定は?」「何をしているんだい?」 等々。執拗に聞き、自分の予定が空いていればどんなに少ない時間でも、一緒に行動しようとする兄だ。弟二人が困った様子であれば何をしてでも解決しようとし、度々周囲の人に迷惑をかけてしまうほど。クリシュの唯一の弱点だ。
アクエルドが空を見上げた。薄い雲に覆われていて、太陽が見え隠れしている。
「…まあ、ぐるっと見て回るさ。見たことないところしかないしな」
「そうか…、気を付けて行くんだぞ」
「………まあいいけど」
アクエルドが大きく伸びをした。
王都を発って一ヶ月と一週間ちょっとが経つ。
今まで人間国の国民と触れ合う機会は全く無かった。こちらの人と会う場合は、王城に何か用があってきた英雄たちや王族の人たちだけだった。
そして今回。人間国の国民と身分を隠しながらではあるが、世間話をしたり共に農作業をやったりと、思った以上に接することが出来た。
アクエルドはフィンリスに来る道中、過去の大戦で被害が一番多かったフィンリスでは、亜人国をよく思っていない人が少なからずいると思っていたのだが、一緒に仕事をした人も酒場で仲良くなった人も、ひょんなことから会話が弾んだ人も、誰一人として亜人国を悪い様に言う人はいなかった。
まあ、高々一週間程度なのだから、実際のところは定かではないが。
「…………」
アクエルドは再び塀に寄りかかりどこか遠くを眺め始めた。
隣にいるクリシュは腕を組み、眉間に皴を寄せ目を瞑っている。
「クー兄さま! アク兄さま! 馬車ありましたよ!!」
すると、少し遠くからガイルが手を振りながら駆け寄ってきた。
実はクリシュはビルスクへ、アクエルドはリケメスへ向かう行商人の護衛依頼を受けていた。しかし、この馬車の待機場では沢山の積荷馬車が幾らか整列はしてあるものの、基本ごちゃごちゃしている。そのせいで依頼主の馬車を探すだけで一苦労だであった。
そこへガイルが代わりに探すから待っててください、と言って少し前から探し回っていたのだ。ガイルにとっては初めて二人の兄から離れることとなる。兄に何か少しでも返したいと思って代わったのだ。
「ありがとう、ガイル」
近くまで来たガイルにクリシュが礼を言った。
「そんな!? こんなことで…!」
少し戸惑いながらガイルは首を振った。
「さっ、行きましょう!」といつもの無垢な笑顔で二人に笑いかけ、先導しようと馬車の待機場の方へ向いた。
「…ガイル、ちょっといいか?」
「はい?」
遠慮気味な声でクリシュがガイルを引き留めた。
ガイルは首を傾げながら振り返る。
「…先日言ったこと、忘れないでくれ。あまり自分を卑下するな」
クリシュが諭すようにガイルに言った。
ガイルがシェルの話を受ける時に言った「僕にはそれしかないんです!」という言葉に対して注意していたのだ。簡単に自分の可能性を否定するな、と。
クリシュの言葉を聞いてガイルが視線を落とす。
「はい…」
気落ちした声で、ガイルが頷いた。
クリシュとガイルを包む空気が重い。二人の様子を二歩ほど離れて見ていたアクエルドが嘆息して頭を掻き、ガイルの元へ歩いていく。
「ほれっ。そんな顔してんな! ったく…。これから愛しのシェルちゃんと二人きりの稽古が始まるんだぞ? そんなしけた面してっと相手にされねーぞ。二つの意味でなっ!」
面白そうに微笑みながらアクエルドはガイルの背中を叩いた。
ガイルはその言葉を聞いて、一瞬で顔を真っ赤にして頬を膨らませた。
「なっ…! なななっ! 何を言ってるんですか! そ、そんな事微塵も思ってないですよ!」
「ほほぉー。そんな事ってどんな事~?」
いつものガイルをからかう表情のアクエルド。対してこれ以上の発言はより墓穴を掘ることになると思ったガイルは、そっぽを向くように体を反転させる。
「う、うるさいですよ! 依頼主も待ってますし、さっさと行きますよ!」
プンスカと怒ったガイルは大股で馬車の一群へと歩いていく。
「すまん。ありがとう、アクエルド」
クリシュはアクエルドにだけ聞こえる声で言った。
アクエルドは肩をすくめた。
「気にすんな。兄弟だからな」
アクエルドとクリシュは、大股で歩くガイルに追いつくよう、少し早足で歩いていった。