第三話 見極めの儀
シェルの居城地下にある訓練場に着いた。そこは広い正方形で壁や床は見るからに硬く頑丈に出来ていることがわかる。
ここなら全力で戦闘が出来るのだろう。そう考え、クリシュとアクエルドは顔を見合わせ苦笑いしてしまう。
そんな中、訓練場の壁をガイルが撫でていた。
「ここまで高密度な壁、僕には作れませんよ…」
「まあ、作ったのは英雄だからな。そこはしゃーねえよ。なっ」
ボソッと呟き、露骨に意気消沈するガイルを、アクエルドが背中を叩いて慰めた。
そんな三人の先には、スキップをしながら訓練場の中央へ向かうシェルがいた。楽しそうに笑っている。
立場が違えば微笑ましい光景なのだろうが、ガイルには悪魔がスキップしているようにしか見えなかった。
シェルが訓練場の中央に着き、くるんと振り向いた。
「さて、見極めの儀について文句があるようだけど、ボクが決めたことには従ってもらうよ!」
シェルが腕を組み、人差し指を立てた。
「ルールは簡単! ボクに魔法を使わせたら合格だよ! 勿論英雄の武具は使わないし、身体強化もしない。もしも使ったらそれも合格にするねっ!」
そう言うだけ言うとシェルが半身で構える。これ以上は言う必要が無いと言わんばかりだ。
もうここまで来たらやるしかないと、半分諦めた状態のガイルが自身の頬を叩き、気合を入れ直した。
そうしてシェルを真っ直ぐに捉え、駆けて行こうとするがそのガイルの肩をアクエルドが掴んだ。
「待て待て。真っ向から挑んで如何こう出来る相手じゃないだろ? まずは作戦会議だ」
アクエルドが悪い顔をしながら顎でクリシュを指す。クリシュは頷き、三人は円になって集まった。
クリシュが小さな声で話し始める。
「まずは確認だ。シェル殿は肉弾戦のみだがこちらは魔法が使える。そして、シェル殿に魔法を使わせる方法だが、…私かガイルの魔法を浴びせる事が出来れば、使わざる負えないだろう。いくら英雄とはいえ魔法なしで受ければただでは済まない。その為にもアクエルドとガイルで前線を張ってくれるか? 私は後方から魔法で援護をする」
「……それはいつも通りでは?」
「ここからが本題…だろ?」
三人の作戦会議が進んでいく。
そして、シェルはというと。構えを解き、律義に三人の作戦会議を待っていた。
無策で向かって来た時には真っ先に不合格にしてやろうと思ったが、流石にそうはならなかったみたいだ。
うんうんと頷き、シェルは今一度彼らの情報を整理することにした。
(先ずはクリシュ君だけど…、見た目と雰囲気からして魔法中心かな? 鬱陶しかったら先に潰すとしてー…、アクエルド君は噂通りなら魔法が使えないはず。ガイル君は完全に武道派だろうな~)
アクエルド君とガイル君が前線を張り、クリシュ君がメイン火力だろう。
となると注意すべきはクリシュ君の魔法だ。どんな魔法を使うのか分からないから、最初の方は様子見をした方がいいかな。と、シェルは考えた。
それから少しの時間が経った。シェルは腕を組み突っ立って待っている。
更に時間が過ぎていく。
………いくら何でも長すぎるな。と、片足で足踏みをし始める。
また更に時間が過ぎる。
すると、シェルが「フー」と大きくため息をついた。
そうして軽く片足のつま先を床に叩く。
次の瞬間。
ドンッ!
と、大きな音を立てて物凄い速度で駆けて行く。待ち時間に限界が来たようだ。
真っ先に気づいたのはアクエルドだった。クリシュに一瞬目を合わせた後、目の前のガイルを押し出し、後方へ大きく跳躍した。
ギリギリのところでシェルの拳を躱す。
アクエルドが着地した時にはシェルが目の前にいた。そのまま激しい肉弾戦が繰り広げられる。
アクエルドは防戦一方で隙を見つけては反撃をするが、シェルは特に防御することなく攻撃を続けていた。
「……あれが大地の格闘術か。まさかアクエルドの打撃すらも効かないとは」
大地の格闘術――大地の魔力を持つ者だけが扱えるもので、地に体の一部が触れてさえいれば、自身が受けた衝撃を地に逃がす防御型格闘術である。どれだけ衝撃を逃がすことが出来るのかは、その者の技量次第だ。
大地の魔力を持つ手練れの者であれば衝撃の六割ほどを受け流すことが出来ると言われてる。
そして、大地の英雄であるシェルの場合は、衝撃のほぼ全てを受け流すことが出来、更にその衝撃を攻撃に転換するという絶技を行う事が出来る。
これが戦闘の天才と言われている所以である。
シェルとアクエルドの攻防にガイルも加わっているが、状況は変わらず一方的に押されていた。
アクエルドとガイルが何度も吹き飛ばされ、クリシュとガイルから炎の魔法 ”火球” を放つも全て躱される始末である。
(こっちが仕掛けた時もそうだけど、ガイル君はイマイチ鈍ちんだねー。もうちょい様子を見て、決めにかかるかな)
そうアクエルドら三人を相手取りながら、シェルは考えた。
シェルが最初に仕掛けた時、真っ先に反応したのはアクエルド。次にクリシュで、ガイルは突き飛ばされなければ気づいて居ないようだった。その後の戦闘でも、特に秀でたところが見えない。
シェルの中での三人の評価が凡そ決まってきた。ガイルはその中でも最低の評価。
次にクリシュ。
そして、アクエルドは……。
シェルが楽しそうに口を開いた。
「予想よりも持つね君達は!! 特にアクエルド君ね! …流石悪魔の子と言われてるだけあるね!」
シェルは挑発するように言った。
その言葉を聞いてアクエルドはいつも通りヘラヘラしたまま戦闘を続け、クリシュも何事もなかったかのように戦闘を続けいる。
しかし、ガイルは違った。
凄い剣幕でシェルを睨み付ける。
「英雄とはいえ、言っていいことと悪いことがありますよっ!!」
シェルの後ろに回っていたガイルが怒りをぶつける様に、上段蹴りを繰り出す。
しかし、振り返ることもなくシェルの腕に阻まれた。そして、シェルはすぐにガイルの足を掴み投げ飛ばした。
クリシュの近くへガイルが飛ばされてくる。これで四回目である。
クリシュはシェルを見据え、魔法で攻撃を仕掛けながらガイルに声をかけた。
「…頭を冷やせ」
「……はい…。申し訳ありません…」
心底反省しているガイルの肩をクリシュが叩く。
「反省は後だ。……もういけるな?」
「はい…っ! 後はアク兄さまと合わせます!!」
ガイルが立ち上がり両掌をシェルに向けた。
大きな魔力の動きが周囲に伝わる。
立会人として見ていたグローアはその魔力の動きを感じて目を疑った。どういった魔法を繰り出すのかは分からない。だがただ一つハッキリしていることは、これから放たれる魔法が魔力の無い人に対して向けるには、過剰な攻撃であるということだ。
(そうですな。シェル様に魔法を使わせるのであれば、あれぐらいは必要ですな。しかし…)
グローアはシェルに対して左程の心配をしていない。どんな魔法が来ようと魔力を使用せず躱すことが出来ると、絶対的な信頼をしている。
そう、問題なのはアクエルドの方である。
グローア自身、アクエルドの戦闘を見るのは初めてだった。噂以上の耐久力があると見て感じていたが、それは物理での話であり、あの魔法を受けれるとは到底思えなかった。
当然、アクエルドも躱せばいいのだろうが、それではあの過剰な魔法を打つ意味がない。シェルの足止めをしながら確実に受けるつもりなのだろう。
ガイルの両手から魔法が放たれた。
それは横幅が三十メートルほどで縦幅がこの部屋の天井ギリギリまである炎の波。
赤く煌く波がシェルとアクエルドに襲い掛かる。
見たところ逃げ道は左右にある五メートルほどの隙間だけだ。しかし、その隙間にはクリシュがそれぞれ掌を向け、魔法を打つ体勢を取っている。
炎の波がシェルとアクエルドが戦っていた辺りまで近づいていく。
(左右に来ないということは、上手くアクエルドがシェル殿を食い止めているという事か。そうであるなら……)
現状を分析したクリシュが波の真ん中に目を向けた。
「うおっ!!」
ドンッという音と共に炎の波の向こう側から、アクエルドの声が響く。
次の瞬間。
炎の波の中心部からアクエルドが吹き飛んできた。続けて、アクエルドを盾にするようにシェルも体勢を低くして飛び出してくる。
クリシュはすぐさまシェルへと照準を変える。
そしてガイルは…。
「はああああああ!!」
炎の波が放たれた後すぐさま炎の波の後を付いて走り出していたガイルが、脱出したシェルの着地際を狙い、跳躍して踵落としを繰り出していた。
対するシェルは、これまでと同じように足を掴み投げ飛ばそうとする、のだが。この踵落としはこれまでの攻撃速度より数段早かった。
「うわっ!?」
驚くシェルはすぐさま腕を交差させ、攻撃を受け流す体勢に切り替えた。
しかし、突如シェルの足元が床から砂に変わる。
「っ!!?」
ガイルの攻撃を受け止めることはできた。しかし、衝撃を地面に受け流すことが出来ず、シェルは膝下まで砂に埋まる。
瞬間。シェルの視界の隅が赤く光る。
クリシュの放った火球が迫ってきていたのだ。
――――――爆散する。
爆発と同時にシェルの足元にある砂が舞ったようで、辺りを砂煙が覆った。
…すると。
「―――あーはっはははは~!! …コホッコホンッ!」
砂煙の中からシェルの笑い声とせき込む声が聞こえてきた。
少しずつ晴れていく砂煙の中から土壁が見えてきた。火球を防がれたが、無事魔法を使わせることが出来たようだ。
「うん! 合格っ!」
そう言いながら土壁を崩す無傷のシェルと、同じく土壁を展開していたガイルが姿を現した。
シェルの足元も元の床へと変わっている。
「やったー!」
「ふぅー。…服が焦げ焦げだー」
ガッツポーズをするガイルと、吹き飛ばされ地面に尻を付けた状態で背中を摩るアクエルド。そして、アクエルドの元へ行き、手を貸すクリシュ。
それぞれが見極めの儀を無事終えたことに喜んだ。
シェルが頭の後ろに両手を回した。
「いや~それにしても作戦負けかー」
シェルが三人それぞれの顔を見やった。
それぞれの役割は想定していた通りだった。しかし、その中に三つの誤算があったのだ。
まず一つ目にガイルが使っていた炎の魔法が全てクリシュの放った魔法だったことだ。
この世界では二属性の魔力を持つことは不可能とされている。そもそも二属性の魔力を持って生まれてくるという事例はなく。過去に二属性を一人の人に備え付けるという研究をしていたようだが、二つの違う魔力が反発しあい、実験に使われた人達は皆死に至ったという。以後二属性の魔力を持とうという行為・思想は禁忌とされてきた。
その為、ガイルが魔法を使うような体勢を取り、炎の魔法を放ったことから、クリシュとガイルが炎の魔力持ちだと判断していたのだ。
それに、ガイルが魔法を放つときは、基本的にクリシュから離れた場所にいた。魔法の発動起点は自身から遠くにすればするほどブレやズレ、ムラが出てくるものだ。
もしも、魔法の発動起点がズレればガイルが被弾してしまう可能性があり、魔法にムラが出来ていれば不審に思えていただろう。
しかし、それが無かった。クリシュの魔法精度の高さが窺える。
二つ目にガイルの実力だ。
最後の一撃以外、半分ほどの力で戦っていたようだがそれに気が付かなかった。
最初から普通に戦っていれば気づいただろうが、最初の逃げ遅れが印象に残ってしまい、ガイルの実力を軽視してしまっていた。今思えばそれも作戦だったのだろうと分かる。
三つ目にアクエルドに関してだ。
まず彼ら三人は、変化の丸薬というもので外観的特徴である角や尻尾、鱗模様が消えているが、鱗による皮膚の硬さは健在だった。
そして、アクエルドに関する三つの噂。
魔力が無いという噂と、異常に硬い鱗を持っているという噂。聞き及んでいた通り皮膚が異常に硬く、身体強化をしていない手が今でもヒリヒリしている。
そして最後に悪魔の子の再来という噂である。
竜王の子供に緑髪と緑鱗を持った子が生まれ、その子が特有の力を持っていた、という話は有名だ。
その為、アクエルドも話の様な特有の力を使うのかと警戒していたのだが、特に使った雰囲気は無かった。もしくは使えないのか……。
とにかく必要以上の警戒をしてしまっていた事が、ガイルの実力と魔法の見極めが出来なかった原因の一つでもあったのだ。
(しっかしぃ、アクエルド君はしぶとかったなー)
そんな事を考えると同時に、シェルはある一つの疑問が浮かんだ。
「ちょっといいかな?」
思考を潜らせていたシェルの周りにクリシュ、アクエルド、ガイル、グローアの四人が集まっていた。
首を傾げたシェルにクリシュが対応しようと一歩前に出る。
「何でしょうか?」
「いや、もしかして何だけど。この作戦ってボクに会った時点で始まっていたのかな?」
シェルの問いに少々申し訳なさそうにしているクリシュと、目を反らすアクエルド。
「え?」
それぞれの様子に、良く分かっていないガイルが首を傾げた。
すると、クリシュが口元を緩めながら言った。
「ええ、そうです。失礼を承知でさせてもらいました」
「まあ、丁度あいこになったんだし、いいよなっ!」
クリシュが頭を下げ、アクエルドが楽しげに笑った。
「だと思った~。ボクももう気にしてないからいいよー、別にー」
満面の笑みで返すシェル。その言葉が本当だということがアホ毛を見て分かる。
そう、この作戦の要は如何にしてシェルのヘイトをアクエルドへと向け、クリシュとガイルをある程度自由にさせれるかの勝負であった。その為、城へ入る際クリシュとアクエルドが軽く話し合い、見極めの儀が戦闘になるであろうということ、それに伴いアクエルドが挑発をする、ということを決めていた。
「ふむ。見事ですな!」
グローアは満足げに頷きながら、三人を称賛した。
「え? …え? ……えぇぇえええ!?」
話の流れからようやく理解したガイルが驚きの声を上げた。