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村上春樹と大衆性

作者: とびうお君
掲載日:2019/09/11

 うーんなんと言うか創作論と言っても私はアニメ漫画論に偏ってるし、そうやって偏らせてるのは文学論とかとてもじゃないがそればかり読んでる人にとてもじゃないが太刀打ちできないからになる。卑怯だといえば卑怯だが、餅は餅屋というセオリーを踏んでるだけとも言える。強引にアニメ漫画論に広がるような話を村上春樹でやって見る。


 ただし灰羽やKEY作品と繋がってるとか下らない話しはやらない。


 そういう意味じゃない。何故村上春樹だけが知名度がダントツなのか?それが中々面白い。知名度がダントツであるが故に、そこから村上春樹は文学作家としてのレベル高いんだというような想定があるのじゃないか?と思う。これにつられて文学などを愛する人達などはアンチ的になりやすい。


 それが何故なのか?紐解くとなんだ簡単じゃないか?と分かってきた。知名度が高いって私が自分で言ってるじゃないか?ここから導き出せるんだ。村上春樹は大衆に受ける面白さと文学をぎりぎり両立させていてるけど、文学だけで純粋に見る人に向けてのレベルはそれほど高くないのじゃないか?と言う部分があるのじゃないか?


 簡単な部分は両立させている部分。私の決め付けじゃないか?ってのは、両輪となる片方の文学だけの勝負の時に大衆に受ける面白さはほとんど役に立ってないのではないか?って点。そうなってくると総合力で別格の文学作家の立ち位置にいるのだが、総合力で見ない場合村上春樹は本当にレベルが高い文学作家なのか?私はなんとも言えない。


 私は古い文学しか読んでないため比較が出来ない。あくまでアンチ村上春樹があまりに多いのとその人達にはある一定の傾向が見られるって点で想像で書いてる。


 何故これらがアニメ漫画論と繋がるとかと言えば、エヴァンゲリオンと繋がってくる。あの時代にアニメ評論家は文学小説なども一通り読んでるようなインテリ評論家が多かった。そういった文芸評論のような評価が多かった。


 良く分からないのだが、そういった空気が一掃された。全く何故なのか?このあたりは良く分からない。


 漫画は置いておく。漫画は大勢で見るならアニメと同じ論で可能だが、小数派向けが漫画は商売として成立しやすい。そのため漫画の方がそういったものを一掃するような流れになってない。ある意味漫画はその点変わって無い。


 エヴァ後大量に作られた考察を目的としたアニメ群に対してそういった色が綺麗に消えたってのが本当に不思議だ。そもそもオネアミスの翼の失敗が、レイアスカによる萌えキャラの誕生に繋がったらしいのだ。これには驚いた。おそらく現在大きく変わった原因が多分エヴァにあったんじゃないか?って点でなんとも言えない部分もある。


 私はそこまで意図的に作ったとは知らなかった。だが確かにオネアミスの翼の大失敗は有名で、お金の重要性を考えるってのは納得できる部分。ただ今だと、お金を儲けようとしてもそんな簡単には行かない。この辺りの庵野監督の能力の高さは怖いものがある。私は以前からエヴァはラストはクソだが前半は本当に素晴らしいと思ってる。


 そして庵野監督はそこはあまり自分で認めてないんだ。だがアニメ漫画に最も重要なのは実はそこなんだ。あーだこーだどうだとわけ分からんストーリーを考察する事なんてどうでも良いんだ。私はアニメ漫画の原作を創るものは結局お笑い芸人と近いものがあると見ている。受けなきゃ意味が無いと思ってる。


 今の時代君の名はみたいなバカヒットは難しいので、大衆に受けるなんて漠然としたものは難しい。どういった規模の集団に受けるか?このぐらいのものである程度の大きさを持った集団に受ければ良いのじゃないか?とは思う。


 その点で村上春樹も大衆受けと書いたが、君の名をほどの大衆受けは無いと思う。そこは所詮文学なんだと思う。ただ扱いのむつか良い、ラノベとは違う文学ではない一般小説。このレベルなら村上春樹の大衆性に合致すると思う。


 結局何故村上春樹は特別なのか?でトートロジーみたいだが、ベストセラー作家だからだとなる。実際は賞を取った一冊ぐらいなら売れる人も居るだろう。村上春樹はそのレベルじゃない。何冊もベストセラーを持ってる文学賞受賞者なんだ。


 私は多分他にもこういう現象はあると思う。創作と言うのは分析していくなら受け手の集団の数を意識し無いと理屈としての意味については分からないと思う。既存の文学論を否定するわけじゃない。ただ作家村上春樹より、現象としての村上春樹の方が重要なのじゃないか?と思う。作品をどれだけ読もうがこんなのは分からない。


 そしてこれはアニメ漫画にも繋がってくる。


 何度も書いてるが、私は目の肥えた人間による評価は意味があるし価値があると思ってる。だが絶対数は必ずそうじゃない人間の方が多いんだ。これらが巻き起こす現象はそこら中に創作にかかわることには溢れている。お前に村上春樹の何が分かる?現代文学の何が分かる?多分そういわれてしまうだろう。


 だが私は村上春樹と言う作家や作品を切り取ってみても多分答えが出てこないと思っている。答えはおそらく読者集団との関係性にある。


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