瓶詰めの風景
大人向けの童話です。
悲しいおとぎ話ですね。
愛と独占欲と
「認めたく無いものだな 若さゆえの過ちという物を」的なアレです。
「さあ 今まで食べたことの無い甘い果実だよ!」
砂漠の町で男は商売を始めました。
売り物は西の町から仕入れた果実に
それと何よりも水。
娯楽のない町では 何よりも旅の話が
客を惹きつける商品でした。
炎天下に市場で声を枯らして客引きをしても
大して売れず 男は早々に店をたたみ
夜の酒場で お酒をのんでおりました。
酒場では男と同じように疲れてしょんぼりした商人がやっぱりお酒を飲んでいました。
「旅の人、商売はどうですか?」
これまた随分とくたびれた
寂しそうな老人に話しかけられました
「ちっとも売れません」
男は答えました。
「そうですか それは大変ですな」
カサカサとした声で
なんだか悲しそうに老人は答えました。
「あなたも旅で行商を?」
男もどうでも良さそうに老人に聞きました。
「いいえ 私は 町の人間には売りませんよ」
男は老人の言葉がとても気になりました。
「町の人間に売らないなら 誰に売るんです?」
「まぁ いいじゃないですか」
老人は答えません。
男は
この寂しそうな老人は
大口の客を抱えているんだ と思いました。
「一杯奢りますよ、いやいや奢らせてください!」
老人は男にお酒を注がれて
一杯二杯と 飲みました。
男は
老人のやっている儲け話を知りたくて
どんどんお酒をすすめます。
「教えてくださいよ、減るものじゃ無し。」
「先生!ねぇ。ねぇったら!」
やがて すっかり酔いの回った老人は
ポツリポツリと話し始めました。
「わたしのお客様は 王様ですよ」
老人は 男と同じように世界を旅して周り
そこで仕入れたものを王様に売っているのでした。
この町が娯楽が少なくて
商人の旅の話がお客を惹きつけるように、
この国全体が貧しく、娯楽が少なく
王様もまた 異国の刺激を欲していました。
たしかに商人は異国の話を前口上に商品を売りつけるのですが 男には こんなしょぼくれた寂しそうな老人の話が 王様の目に叶うような 話や商品を扱っているとはとても思えませんでした。
「王様なら なんでも手に入るんでしょう?」
「そうでしょうなぁ」
「先生は 王様に何を売るんです?」
「旅の話しと風景ですよ」
酒場の薄暗いランプの光に老人の寂しそうな笑みが浮かびました。
男は拍子抜けしました。
話と風景って⋯⋯ それじゃ ただの旅のお話です。
「やだな 先生、商人のただの旅の話しなんて 王様が買ってくれるわけないじゃないですか」
「ただの旅の話なら 買ってくれないでしょうねぇ」
「先生 意地悪しないで教えてくださいよ」
「先生!ねぇ。ねぇったら!」
老人は 胸の内ポケットから
透き通る小瓶を取り出しました。
「売るのは王様が見た事のない風景ですよ」
小瓶を男に渡すと
老人は もう一杯お酒を飲みました。
男が渡された小瓶をみると
中には赤い光が見えました。
目を凝らして小瓶の中を見ると
瓶の中には風景が拡がっていました。
枯れた荒野に 夕陽が沈んでいく風景。
瓶のなかには 壮大な風景が拡がっていました。
乾いた風が吹き 砂埃を巻き上げます。
その中をシマウマの一団が 移動していくのが見えます。
目を凝らすとシマウマが尻尾で蝿を払っている様子まで見えました。
朽ちた幌馬車の残骸の横には 何かの動物の骨が転がっています。
「瓶の中に荒野が入ってる⋯⋯ 」
「それが わたしの商品ですよ」
男はびっくりしました。
細かい模型とかでは無いのは明らかでした。
瓶の中では風が吹き、動物が生きているのです。
多分、この夕陽も もう少しで瓶の中の地平に沈み、 この瓶に間も無く夜がやってくるのです。
どういう魔法か
この老人は風景を瓶詰めに出来るのでした。
「先生は 王様に旅の話をして その風景を瓶詰めにして 売ってると、こういうわけですか」
答える代わりに老人は旅の話を始めました。
北の果ての翼をもった一族の話。
真っ白い象と 真っ黒い象の 戦いの話
谷底が見えない 世界一の滝からの風景
目を持たず 地底の暗闇で暮らす地底人の話
人間を丸呑みする 食人植物の話
どれもこれも男が想像もつかないような
世界の果ての話でした。
「今の話も、全部 本当でその風景を瓶詰めにして
王様に売ったんですか?」
「そうです」
「とてもいい値で買ってくださいましたよ」
男は瓶を見ながら
老人の話に思いを巡らせていました。
「これ どうなってるんです?」
「私にも仕組みはわかりません」
「でも私は風景を瓶詰めにできるんです」
老人本人にも 瓶詰めの仕組みはわからないようでした。
「蓋をあけてみてください」
老人に言われるままに 男が瓶の蓋を開けると
瓶の中の風景は砂になって消えました。
逆さまにすると 綺麗な砂がサラサラと瓶から流れ出るのです。
「消えた⋯⋯ 」
「瓶の風景は 蓋を開けると砂になってしまうのです」
どうやら瓶の中では同じ1日がずっと繰り返されているようでした。
だから瓶の中のシマウマはずっと瓶の中で生きていて
同じ1日を永遠に繰り返していたのでした。
「すごい、すごいよ先生」
「王様が欲しがるわけだ!」
男には老人の瓶詰めの能力が どんな宝や、どんな高額な商品より価値のあるものに感じられました。
世界中のどこの国の王様だって この老人の瓶詰めの風景を欲しがるハズだ そう思いました。
この風景を売る商売を続けていたら
この老人の歳なら もう王様になれるほどの富を築けたはずです。
男はその事を老人に話しました
でも 老人は とても悲しそうで
貧しそうでした。
「私は風景を売ったお金で旅を続けています。」
「探しているんです 」
老人は 王様に風景を売った巨万の富を全て費やして
未だに旅を続けているのだそうです。
「何を 探しているんですか?」
「王様の富より 価値のある宝ですか?」
老人は答えました
「この力を無効化する方法を、探しています」
「え?」
どうしてそんな事をー
男がそう言いかけた時
老人は荷物の中から
黒い布で覆われた瓶を出しました。
顔の前に 黒い布に覆われた瓶をかざすと
ゆっくりと話し出しました。
「瓶を開けると
中に閉じ込められた風景は
朽ち果てて砂になります」
「瓶を開けなければ
中に閉じ込められた風景は
同じ1日を永遠に繰り返します」
「私があなたぐらいの頃
愛し合った女性がいました
美しく優しい女性でした。
そう 先ほどの旅の話は
彼女と一緒に見た景色ばかりです。
彼女とこんな風に旅を続け
1年も経った頃でしょうか
私の中で彼女への愛がどんどん膨らんで
永遠を願いました。
彼女に結婚を申し込む事にしたのです。
この愛が永遠に続きますように
そして独占を心に抱きました。
星の綺麗な夜
私は彼女への結婚の申し込みました。
彼女は 若く ほんの少しの茶目っ気だったのでしょうか 返事をするまで数秒、ほんの数秒の間があったのです。
その瞬間です。
私の思いつめていた感情が強すぎたのでしょうか、
永遠の愛と独占と 彼女を失いたくない不安が
瓶詰めの能力を 暴発させました。
彼女の
『はい あなたと結婚します』という声と共に
彼女は瓶詰めになりました。」
老人は
黒い布で覆われた瓶をゆっくりと
テーブルに置きました
「⋯⋯ え⋯⋯ 」
男は 瓶を見つめました。
「瓶を開けなければ同じあの日を永遠に繰り返し、
瓶を開ければ 砂になって消える」
老人の言った言葉が頭の中をぐるぐると回りました。
「少し飲みすぎたようです」
「ごちそうさまでした」
そう言って老人は瓶を荷物の中に仕舞いました。
「先生、その黒い瓶の中には⋯⋯ 」
男は立ち上がって聞きました。
老人は荷物をまとめると
出口の方に歩きだしました。
「さぁ、どんな風景だったでしょうか⋯⋯ 」
そう言うと老人は寂しそうに笑って
夜の町に消えて行きました 。
ギリシア神話の 「ミダス王の黄金」ですね。
それと 人は過去の過ちと どう対峙して 今を生きて行くのか。 勇気と強さと混乱と それらをごちゃまぜにしたドロドロの思いを描きたかったです。
読んでいただき ありがとうございました。




