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scena 3 / 0-3

 ——《すごいことになってるねぇ》


 大吊り橋の上での"事件"の直後。気の抜けた声がインカムからミズキの耳へと入ってきた。

 さらに、その声には「もく、もく…」とノイズのように咀嚼音が混ざる。



 ——《後方支援ってのは、気楽なもんだな、みなみ》

 タブレットのスピーカーから聞こえるミズキの声に対し、今まさに食べていたスナックバーのカラ袋を傍らに放り、"気の抜けた声"の、みなみと呼ばれた少女は反論する。


「負傷した警官が見立てよりも多いの。だいぶトラップを仕掛けてるみたい——"水"が全然足りないから、もっと作らないと。もっと作るためには——」

 ——《チョコでも食ってなきゃやってられない、ってか》

「そういうこと。楓さんは市長に何か物申しに行っちゃったし、部屋に一人でお菓子食べながら水作って……頭おかしなるでホンマ」

 ——《お菓子だけになぁ》


 古典的な駄洒落とエセ方言でおどけてみせるも、その声色はつい先ほどまでの気の抜けたものとは打って変わって、穏やかで、冷静で、どこか狂気を帯びているようだった。


 ビルの一室。無機質な白い壁に窓はなく、部屋の真ん中に「田」の字のように配置された4つの長机を囲うように、12脚のパイプ椅子が置かれている。

 彼女は、入り口から見て右手側、左右6つずつの椅子のうち手前から4つ目の位置に座っていた。机の上には、うず高く積まれたチョコレート菓子の空袋の山と、これからそこに積まれるであろう未開封の菓子が詰まったレジ袋——そして、あるものはうっすらと青く光っているように見える液体に満たされ、またあるものは空のままの小瓶が大量に置いてあった。



 ——《てことは、もうセラフが最終ラインってわけだな》

 ——《まぁ、あの子に限って仕留め損ねるってことはないだろうけど、向こうはどんな手を使ってくることか……》


 会話に紋香も加わってきて、一気にノイズが増した。外は風が強い。橋の上と、高層ビルの屋上となればなおさらだろう。しかし、そのノイズは風によるもののようには聞こえない。


「紋香ちゃん、今どこにいるの?すごいノイズ……」

 ——《朱々華のとこが持ってるヘリコプターよ。今までいたビルだとコロナタワーが射程に入らないから、移動中》



 コロナタワー。地上360m、88階建ての高さを誇り、この都市でもっとも高い建造物。その最上階には、2000年前にこの地に存在した古代都市の遺物にして、製造技術の失われた至宝——通称【王冠】が展示されている。


 まさにその最上階に——ここにもまた、ひとりの少女がいた。


 銀色の髪に、褐色の肌。それを、白い麻のフードで覆い隠し、王冠の展示室に一人立っている。

 その首からは、ペンダントのように一本のかんざしが下げられている。先端を鋭く尖らせ、暗器としての役割をもたせたものだ。


 彼女の役割は、【プリミエラ】を名乗る怪盗集団から、王冠を守ること。犯行予告に遭った都市の至宝の防衛のため、彼女はここに進入した怪盗に対し、殺害手段を以ってしてでも犯行を食い止めることを任務として言い渡されている。

 この展示室への唯一の入り口は内側から物理的に、そして警察官によって厳重に警備されたタワーの管理室から電気的にロックされている。しかし【プリミエラ】は、そういった"密室"を過去に幾度となく突破しており、「不思議な力を使っていた」という目撃談もあるほどの存在だ。どんな手を使ってくるかは皆目見当がつかない。



 ふと、展示室入口の鍵が開く音がした。ドアが開くのに合わせ、少女は首から下げたかんざしを右手に握り、ドアを開けた人物に飛びかかった——


 が、彼女は壁のようなものに弾かれ、床に倒れた。



「私よ、セラフ。でも、いい動きだった。これ持ってなかったら死んでたかも」

「楓……!」


 そこに立っていたのは、眼鏡の少女。楓と呼ばれた彼女は両手で持っていた透明なライオットシールドで、待機していた少女——セラフの突撃を防いだらしい。


「どうしてここに?展示室には鼠一匹入れないってさっき——」

「パパ…市長から言われてね、ドアを開けた時のセラフの反応を確かめるのと、伝言。"相討ちにだけはなるな"だって。セラフも学生だからね、いくらディテクティヴっていっても、殉職させると責任問題になるとか。」

「王冠より地位、か…」


 呆れた、とでもいうような表情でそう言いながら、セラフは落としたかんざしを拾った。ライオットシールドでの弾き返しは、かんざしを損傷しなかったらしい。"本番"の際にも威力は問題なさそうだ。


「権力ってそういうものよ。身内なりに好意的に解釈すれば、あなたの生き死にに責任を持つつもりはあるって——」




 刹那、都市の上には満天の星空が広がった。




 サーチライトと立ち並ぶビルの照明、歓楽街のネオン——星の光を邪魔する人工の光が姿を消し、窓のない展示室は暗闇に包まれた。



「停電……!?」

「そんな!コロナタワーには予備電源があったはず……!」


 ——《そんな甘っちょろいモンじゃないわよ、これ》


 これまでのモバイルインターネット通話から無線通信に切り替え、余計ノイズまみれになった紋香の声がインカムから流れ込んできた。


「どういうこと!?」

 楓の声が明らかに憔悴している。セラフは暗闇の中、必死に目を慣らして怪盗を探し出そうと、音もなく王冠の方へと駆け寄った。



 ——《街が真っ暗。かなり大規模な停電——多分プリミエラが——何あれ、燃えてる——!?》


 この停電が都市全体を覆っていることなど、窓のない部屋にいる楓とセラフには知る由もない。ヘリコプターに乗っている紋香と、街の広範囲が見渡せる大吊り橋にいるミズキだけだ。


「あの方角……変電所があったような——!」

 ——《爆破でもされたっていうの——!?》

「多分そうだろ——っていうか、みなみは大丈夫なのか?」



 窓のない部屋にいる。それはみなみも同じだ。しかも、彼女は今、部屋に一人。

「みなみ——?大丈夫なの?返事して!」

 完全に動揺した楓がそう聞いた、それについての違和感をミズキは聞き逃さなかった。


 ——《"返事して"?お前今どこにいるんだよ!?市長なんて同じ階だろ!?》

「い、今市長に頼まれて88階の展示室に……」

 ——《何やってんだお前!こんな状況でみなみを放置したら——!》

 ——《ミズキちゃん、わたしは大丈夫だよ…"水"とタブレットで灯りは取れてる……》



 インカムに、震えきったみなみの声が聞こえた。それより、王冠は?とそのままの声で尋ねる。


「王冠は——」


 今、セラフが——と言いかけた楓の代わりに、その問いに対して答えるかのごとく、展示室の明かりが灯った。予備電源に切り替わった旨の電子音声アナウンスが流れる。


「楓!!」

 そして、そのアナウンスを掻き消すように、セラフが叫んだ。


「王冠——やられたぞ!!」

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