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scena 2 / 0-2

「うわぁ、囲まれちゃってる……」

「どっからこんな人数かき集めてきたの…?逆包囲とかできないかな……?」


大吊り橋の上での"事件"から遡ること数分。旧市街の一角に位置する歓楽街——この不夜城もまた、不気味な静寂な包まれていた。それでも、ところどころにいつもと変わらないネオンサインが光り、眠らない街の束の間のまどろみのようにも見える。


そんな、どこか不思議な空間の路上。二人の少女が、直径数メートルの人の輪の中にとらわれていた。

二人を囲う人々の外見に、共通点は見当たらない。年代、性別、服装ともバラバラだ。共通する部分があるとすれば、どの人もどこか生気を失った顔色をしているところくらいだろう。それは、人間というよりはまるで——


「ゾンビみたい……」

包囲された少女、そのうち背の高い方の放った一言に尽きる。


「確かに…めんどくさいなぁ……まとめてコロしちまうか……」

背の低い方の少女が、ポシェットの要領で斜め掛けにしていた中脇差に手をかける。短く言葉が区切れる度に、その声は低くなり、気迫を増していった。脇差をの柄を掴んだ手の近く——彼女の腰には、左右にひとつずつ、二挺の拳銃も顔を覗かせている。


ぱんっ。

刹那、手を叩く音が響く。周りが静かだからだろうか、余韻の波が少し尾を引いた。

「んー……殺しちゃうのはまずいかも」

「どゆこと?メイヴちゃん」


手を叩いたのは背の高い方——メイヴと呼ばれた少女だった。

ぱんっぱんっぱんっ。

…と、さらに続けて数回、彼女たちを包囲している人に、少し遠めから「猫だまし」をする要領で手を叩く。


「みんな、普通の人だね。多分、マインドコントロールか何かされてわたしたちを包囲してるとか」

「全員堅気か…殺したら小指程度じゃ済まないよなぁ…」


はぁっ、とため息をついて脇差の柄から手を離す。

間違いなく武器は使うべきではないだろう。それに、これだけの人数だ。戦闘で競り勝てる自信はないし、仮に自分一人なんとかなったところで、メイヴを護り切るところまで面倒は見切れないだろう。

と、なれば。


「逃げるしかなさそうだけど…どうしたモンか……」


周囲をぐるっと見渡す。

大の大人十数人。この人数に包囲されている状況では、正面突破など望むべくもない。それに、何人かはバットやビール瓶など”それなりの武器になるモノ”を持っている。攻撃させるのは賢明ではない。こちらに睨みをきかせたまま、それでも誰も動こうとしない今の状況は、割と好機なのだろう。


朱々華(すずか)ちゃん、あれは…?」

「あれって……そうか!」


メイヴが指差す先を、脇差と拳銃を持った少女——朱々華が見るとそこには、夜でもその光沢のある赤が目を引く、消火器が置いてあった。

なるほど、煙幕——!

白い消化剤が作り出す煙で”奴ら”の視界を撹乱し、その隙にその場を去ろうと、文字通り”煙に巻く”というわけだ。


「ナイスだよメイヴちゃん!でも——一つじゃ不安かな」

「大丈夫だよ朱々華ちゃん、だってこの辺りは……」

「あっ、そっかぁ……!」


歓楽街の一角、古い木造建築も少なくなく、ヤクザの抗争もさほど珍しいことではない。過去のある時期はボヤ騒ぎなんてしょっちゅうで、車が燃え上がりでもしないと”大ニュース"だなんて呼べないこの通りに、ついたあだ名が「ファイヤー横丁」。消火器なんて、街路樹のように置いてある。行き当たりばったりの逃避行の末に、大人たちの包囲。背の低い朱々華には、人の壁に阻まれてそれらが見えていなかったのだ。


“ナントカと煙は高いところに登る”——狙うは、消火器の下の方だ。


朱々華は腰の二丁拳銃のうち、まず左の方を抜き取って、それをメイヴに渡した。

「離れ離れになるかもしれないから、護身用に持っておいて。持ってるのがかえって危なかったり、いらなくなったらその辺に捨てておいていい。捨てる時、このラベルを剥がしておけば若い衆がすぐ回収できる——」

少し動揺しながらも、無言で拳銃を受け取ったメイヴを尻目に、そう説明しながら朱々華はもう一挺の拳銃を構え、片膝をついて狙いを定める。

「全速力で逃げる準備はいいか——撃つぞ!当たりたくなければ動くな!!」


数秒の間をおいて、ファイヤー横丁に銃声が響いた。

二人の狙い通り、消火器は中で圧縮されていた消火剤を本体下部の銃創から勢いよく吐き出し、まさに白煙となって立ち込めた。

そのままの勢いで消火器をもう二つ撃ち抜き、白煙の量も十分と判断した朱々華は、

「そろそろいいだろ!走るぞ!」

そう言ってメイヴの手を取り、白煙の中へと突っ込んでいった。

彼女たちを包囲していた群衆は正気に戻ったのか、はたまた未だマインドコントロールの渦中にいるのか定かでない。ただ、たちこめる白煙の中立ち尽くすほか、どうすることもできずにいたのだった。


それからしばらくして。

歓楽街から大通りへと出る交差点で、全身に何か白い粉末をかぶったらしい少女が二人。

そのうち背の低い方が、イヤホンマイクに向かって言った。


「朱々華・メイヴ班。妨害に遭い、ターゲットを見失った……!次の指示を待つ。みんな——ごめんね…」

次第に涙に掠れてゆく声は、先刻拳銃を構えて叫んだ少女のそれとは、まるで別人のようだった。

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