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scena 1 / 0-1

 その日の夜は、やけに空が明るかった。

 月明かりに満天の星、空を流れる天の河——だったらどんなによかっただろう。


 サーチライトが虚空を照らし、何機ものヘリコプターの赤い標識灯がけたたましいプロペラ音とともに上空を右往左往する。

 今日は新月。そして、こんな都会では元々星空なんて望むべくもない。


 高層ビルの立ち並ぶ新市街と、伝統的な街並みを残す旧市街。その間には大きな川が流れ、巨大な吊り橋が掛かっている。昼夜を問わず車の往来が途絶えることない、都市交通網の大動脈だ。だが、そんな橋がどうしたことか、今は世界から取り残されたかのように静まり返っている。片側4車線の車道には一台の車もなく、その脇の歩道にも1人の歩行者もいない。この橋は車道の下に線路が通った併用橋だが、電車が通る気配もない。聞こえるのは、眼下をゆっくりと流れる川のかすかな音だけだ。


 そして、その静寂へ向かって音の矢が放たれたように、唸りを上げるエンジン音が遠くから迫ってきた。

 2台のバイク——先頭を走る、真っ黒なフルカウルの大型バイク。そして、その後ろには400ccのビッグスクーター。フルカウルを追いかけているということだろうか。


「クソっ、警備の穴を突いて裏路地から大吊り橋に出やがった!旧市街に入られたら、多分もう追いつけない——紋香(あやか)、いけるか!?」

 ——《大吊り橋ね、やってみる!》


 ビッグスクーターに乗った少女が、ヘルメットの内側のインカムで問いかけ、紋香と呼ばれた少女の声が、それに応える。


 橋に差し掛かると、大型フルカウルはそのパワーに任せて、一気に加速してみせた。1km以上にわたって続く直線を、一息に突き抜けてしまおうという算段だろう。一方の少女の乗るビッグスクーターも、スロットルを全開にしてフルカウルに食らいつこうとする。だが、排気量だけ見ればフルカウルの半分以下。ビッグスクーターは走れば走るほど、少しずつ、しかし確実に車間距離を離されてゆくばかり——


 では、なかった。

 橋の半分あたりに差し掛かったところで、ぐわん、とフルカウルが大きく傾く。次の瞬間には、車体後部から火が燃え上がった。


「ナイスショット、紋香!」


 それは、紋香の成した仕事だった。新市街に林立するビルのどれかの屋上から、フルカウルの大型バイク、その後輪付近を狙って狙撃銃で撃ち、この橋本来の制限速度である時速60kmをゆうに超えるバイクに見事命中させたのだ。

 ビッグスクーターも、ここぞとばかりに距離を詰める。ガソリンが漏れてるかも、引火に気をつけて、という紋香からの忠告を聞いてか聞かずか、あと数秒で体当たりというところまで迫る——


 迫ったところで、彼女は目を疑った。


 フルカウルは路上で大きくバンクし、燃え盛りながらもまだ動くエンジンをふかし——

 勢いよく歩道の縁石を乗り越えた。


「…ッ!?おい、何やってんだ——!」


 そう叫んだときには、大型バイクは歩道を横切って欄干を突き破り、数十メートル下の川へとライダーごとダイブしていた。


 静寂の中へとに戻る橋の上。これで終わればただの事故だ。だが、実際のところそうは問屋が卸さなかった。


 ——《ミズキ、今の……》

 動揺からか、震え上がった紋香の声がインカム越しに聞こえてくる。

 ミズキと呼ばれたビッグスクーターに乗る少女は、落下地点近くにバイクを停めると、一段高くなった中央分離帯を乗り越え、車の来ない対向車線を走って横切り、下流側の欄干から川面を覗き込んだ。


 吊り橋はライトアップされていて、橋近くの川面はよく見える。そこで、ミズキは気づいてしまった。


 川に落ちたはずのバイクとライダーが、見当たらない。


「なあ、紋香——バイクの姿が見えない」

 ——《ミズキもなの?いま私も上流側をスコープで見てるけど、それらしいものは見えないよ?本当に落ちたのかな?》

「スコープからは落ちるとこ、見えなかった?」

 ——《欄干を突き破るのは見えた。でもスコープの視界じゃ、それが限界》


 実際、あのバイクが欄干から川にダイブしていったのは確かだ。手すりがひしゃげ、その下の磨りガラス部材が粉々に砕けている様がそれを物語っている。路面のブレーキ痕と漏れた燃料もまた、ここで今しがた起こった出来事の証人だ。


 ——《ねぇ、ミズキ》

 今度は紋香からミズキに声がかかった。ミズキはそれに対して、ん?と短く応える。

 ——《水しぶきがどの辺から上がったかって、覚えてたりしない?》

「水しぶき、ねぇ……」


 なるほど、とミズキは思った。水に沈んだのだとしても、水しぶきの音のした方向が分かれば、おおまかな位置は把握できる。経験がモノを言う発想だ——


 だが、思い出せない。

 大型バイクといえば、少なく見積もっても200kgはあるだろう金属機械のカタマリだ。数十メートルから水面に叩きつけられれば、かなり大きな音がすることだろう。少なくとも、聞こえないということは、なかった、はず——?


 またひとつ、ミズキは気づいてしまった。

 聞き逃すはずのない大きな音。

 それを聞いた覚えが全くない自分。


 そもそも——

 そんな音、本当にしていたのか?


「お…おぃ……ぃゃ、そんな……」

 ——《ミズキ?》

 うわ言のようなミズキの呟きをマイクが拾ったらしく、インカムからは紋香の心配そうな声が聞こえてくる。

「……ぇた」

 ——《え?》

「消えた。欄干越えてから、水面までの間に。それ以外に説明がつかない」

 ——《消えた——!?どういうことよ!?》

「思い出せないんだ、水しぶきの音——違う、水しぶきなんて、上がってなかったんだよ」


 なにそれ、と一度は口走ったものの、紋香も本当は分かっていた。自分たちが追っている連中というのは、そういうことを至極当然のようにやってのける集団だということを。そうでければ——


 そうでなければ【王冠(コロナ)】なんて盗み出せるはずはないのだ。

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