87.チキチキ!ハ国猛レース-前編
本日の天気、雲一つない快晴。春始めの爽やかな風がほころび始めた花々の匂いをどこからか運んでくる。絶好のイベント日和の中、村近くの空き地を利用した会場はそこそこの賑わいを見せていた。
「それにしても、この短期間でこれだけの会場を作れるなんて……」
「関所遊園地を作ったときの資材がイイ感じに余ってたからね。組むだけだったら三日で出来るよ~」
我らが棟梁は可愛らしく笑いながら謙遜する。丘の上から見下ろす先、そこには簡素ながらもしっかりとしたレース会場ができていた。学校の校庭をそのまま何倍にも大きくしたような形で、柵がぐるりと一周作られている。メインとなるスタート兼ゴールのすぐ側には木の骨格を組んで板を渡した観客席も作られてるし、遊園地の装飾をそのまま応用したポールやガーランドなどの飾りがお祭りみたいな雰囲気を演出している。何と言っても、噂を聞きつけて見に来た国民たちが観客席にぎっしりと詰め込まれていてレースが始まるのを今か今かと待っているのだ。否が応でも熱気が伝わってくる。あふれてしまった人たちはこの辺りの丘から見下ろすつもりのようだ。
「魔王様も出るんですよね? 応援してますよー」
「いったれアキラちゃん! 俺ぁアンタに賭けたんだ。頼んだぜッ」
「チャレンジャーだなぁ……頑張るけどあんま期待しないでね」
丘に腰掛けていた若い女性とゴブリン青年のカップルに手を振り返しながら丘を下り始める。ライムと一緒に会場へと向かう最中もあちこちから声援が飛んできた。ぴょんぴょん跳ねながら返事をしていたライムが、懐から小さな紙切れを取り出した。
「見てみて、実はボクもレース券かっちゃったっ」
「え、誰に賭けたの?」
そう尋ねると、彼は小さく胸を張って誇らしげに一つ叩いてみせた。
「もちろんボク自身だよ! 絶対ぶっちぎりで一位になってみせるんだから。一位になった人を当てたら配当金が貰えるんだよね?」
「配当金っていうか、今回の場合は【芋】だけどね」
今さらながらに説明すると、今回のレースは賭け付きだ。一人一株アキラ芋を出して一位を予想する。そして集められた芋を見事当てた人たちで山分けというちょっとしたお遊びのようなもの、ぶっちゃけ競馬の真似事だ。まぁ本当の狙いは遊びじゃなくて別のところにあるんだけど……そう考えていたところで、思惑通りその術中にハマってくれた人が向こうからやってきた。
「まおーさまー、おっすおっす!」
「ルシアン君。本当に遊びに来てくれたんだ」
「もち!」
先日メルスランド城で会った新米騎士くんはニッと笑って親指を立ててみせた。その両手には無料で配られているお菓子やら子供向けの仮面がしこたま抱え込まれている。
そう、これが狙いの一つ。このイベントを観光化してよその国からお客さんを呼び込もうっていうのが目的なのである。今回はイベント自体が上手く行くかどうかの予行練習なので宣伝はしてないけど、それでもウワサを聞きつけて国外から少しは入ってきていると関所から報告があった。目の前にいる彼もその一人だ。
「建前上は、ハ国が怪しいことしてないかどーかの監視役で来てるぜ~」
「ごくろうさま。って言いたいところだけど、心の底から満喫してるよね」
「だってお祭りじゃーん、楽しんだもの勝ちっしょ! あ、先輩には内緒ね、ね」
じゃーん、なんて言いながら彼は胸ポケットから賭け券を出してズララッと広げて見せる。その数なんと五枚。得意げに鼻の下をこすったルシアン君は自慢げにそれを押し出して見せた。
「へへへ、オレは秘策を思いついてしまったのだ! 全部かっときゃ必ず当たる! オレ賢い! 褒めてくれてもいいんだぜ少年」
「わー、レースの醍醐味をまるで理解してなーい」
可哀想な物を見る目つきでライムがズバッと切り捨てる。けれどもある意味でのギャンブラーは得意そうな顔をして賭け券でパタパタと自分を仰ぎ始めた。
「いーのいーの、当てたという実績が欲しいだけなんだからオレは」
「まぁ大穴がくればおつりがくるけどね、そういう楽しみもありだとは思うよ」
「アキラ様までそういうこと言う~??」
楽しみ方は人それぞれだ。券を一枚ずつ送って見ていたルシアン君は、出走者である私たちと見比べながら聞いてきた。
「ところでどれが大穴? 一番人気はやっぱあのイケメン金髪宰相さんなんかな」
その時、するりと彼の背後に影が立った。その人物は手にしたペラ紙を音をたてて鳴らしながら怪しい取引のように小声で話しかけてきた。
「いい情報あるぜ、ニィさん」
「おわっ!?」
振り向いた先にいたリカルドは、この日の為にわざわざ作成した『的中新聞』なる物をチラつかせていた。まぁ~たこの人は目ざといというか、商売根性たくましいというか。
「俺が独自に調べ上げた情報が満載のこちら、出場者のデータはもちろん、写真プロフィール、本日のコンディションなどなど隅々まで調べ上げてある」
「ふぉぉぉ! マジで!?」
「ちなみに魔王アキラの今日の朝食はいつもと変わらず丸パン三十――」
「発禁! はっきーん!!」
そんなもの持ち帰られてエリック様に見られたらどうしてくれんのよっ! 拳を振り上げて怒る私に二人は笑いながら人混みの中に逃げていく。目を吊り上げたままでいると会場の方から高らかなファンファーレが聞こえてきた。ライムが慌てたように私の袖口を引っ張る。
「わっ、始まっちゃうよ。早く行かなきゃ!」
そうだった、そろそろスタートの時間! ひとまず的中新聞のことは置いておいて、私たちはレース会場へと駆け出した。