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86.サイード・フォルセ・メルス

「痛いですわねっ、前をよく見て歩いて下さらない?」


 ゆるく巻いたお手本みたいにキラキラと輝くブロンドの髪。少しだけキツそうな印象を受ける鳶色の瞳。私の衝突でズレたティアラを直している彼女は、以前お忍びで偵察に来た時にぶつかってしまった子だった。名前は確か――


「ベルデモール嬢」


 慌てて引き返してきたエリック様がその名を呼び、当時の場面がそっくりそのまま再現される。冷や汗をだらだら垂らしながら立ち尽くす私とは裏腹に、ベルデモール嬢は憮然とした様子で小言を言い続けた。


「まったくもうっ、見ない顔ですけどどこかのご令嬢? このわたくしを誰だと思ってますの」


 ここでようやく視線をこちらに向けたお嬢様は、私を――正確には私が来ている青いドレスを上から下まで舐めまわすように観察した。


 上質な深い青色の生地をたっぷりと使ったドレスは、子供っぽくみえないよう広がり過ぎないデザインになっている。けれども上手い具合に生地を重ねてボリュームを出しているので貧相には見えないのがポイントだ。肩にはふわりと柔らかな白いボレロ。ところどころに深海の街シェル・ルサールナから頂いた小さな真珠があしらわれている。


「そのドレス、まさかキルトブランド? でもそんな新作、発表されてないはずじゃ」


 ば、バレてない。私があの時ぶつかった女だとは気づいてない。セーフ! 愛想笑いを浮かべた私はキルト姉妹が仕立ててくれたドレスに負けないよう背筋を伸ばした。高いヒールで身長をかさ増しして、手首ちゃんにヘアメイクをして貰った私は確かにあの時とは別人に見えているはずだ。すぅっと息を吸い込んでルカのアドバイスを思い出す。


 ――良いですか、主様。喋るスピードを意識して緩めるだけで落ち着いた上品な印象を与える事ができます。ゆっくりすぎると思うぐらいでちょうどいいんです。


「さすがお目が高いですね。今回のために特別に仕立てて貰ったんです」

「今回? 特別?」


 怪訝そうに眉をひそめるベルデモール嬢に向かって、エリック様がこちらの事を紹介してくれる。


「こちらは新生ハーツイーズ国の王、アキラ殿。それと自警団団長のラスプ殿ですよ」

「なっ、あの下賤ッ――あ、いえ、失礼」


 慌ててコホンと咳払いをしたお嬢様の向こうから、また新たな人物が角を曲がって現れる。こちらに気づいた『彼』は靴音を響かせながらやってきた。


「おや、エリック殿。そちらがウワサの魔王殿ですか?」


 灰色の髪をした線の細い青年だ。小綺麗な身なりと親し気に話す口調は好印象なはずなのに、なぜか直感的にこの人は苦手だと感じてしまった。それでも微笑みは絶やさずに軽く会釈をする。引き続きエリック様が紹介してくれるのだけど、その声はあまり気乗りのしなさそうな物だった。


「こちらはサイード様、リヒター王の弟君に当たるウォル殿下の血筋に当たる方です」


 つまりは傍系の王族ってこと? 国に帰ったらメルスランド王家の家系図を出してもらおうと考えながら形式的な挨拶をする。なんだかこの人が来てからエリック様も緊張してるみたい。要注意人物なんだろうか。


「お兄様ぁ、早く行きましょ、ほら……次の夜会でエスコートして下さるんでしょ、その計画を立てなくては」


 ベルデモール嬢が彼の袖口を掴んでひっぱり出す。あからさまにこの場を離れたがってる様子に、サイード様は仕方ないなと言いたげに一歩後ろへ退いた。


「それでは失礼します。魔王殿、この場で会えたのも何かの縁でしょう、いずれ私の庭園にいらして下さい。お茶を飲みながら色々とお話を伺いたいものです」

「えぇ、機会がありましたらぜひ」


 物腰柔らかに一礼したサイード様は来た道を引き返していった。こちらをチラチラ見るベルデモール嬢とは違い、彼は一度も振り返らずに角を曲がっていく。姿が見えなくなった瞬間、思わず安堵の息を吐いてしまった。


「嫌な感じの奴だな」

「ちょっと、失礼でしょ」


 率直に意見するラスプをたしなめるのだけど、エリック様も苦笑しながら同意してくれた。


「わかるよ、俺もあの人は苦手だ。っと、失礼。今のは聞かなかったことにしてくれ」


 三人で顔を見合わせてしばらく笑っていたのだけど、急に真剣な顔をしたエリック様が忠告してくれる。


「彼には気をつけた方がいい、表面上は柔らかく見えるが根っからの反魔族派なんだ。表立っては動かないがそれとなく人を誘導している節がある」


 先ほどベルデモール嬢が彼の事を「お兄様」と、呼んでいたけど、実の兄妹ではなく小さいころからの馴染みらしい。そして彼女の父親カーミラ卿は反魔族派の筆頭なのだとか。リヒター王の姿の見えない悪意の話を思い出す。メルスランド側も一枚岩じゃないみたい……。


 重苦しい空気を打ち破るように、突然遠くの方から「あーっ!」と、元気な声が上がった。聞き覚えのある声に顔を上げれば廊下のだいぶ先で飛び跳ねる黄色い頭が居た。彼は左右を見回して花瓶に活けてあった花をひっこぬき、両手いっぱいに抱えて嬉しそうに駆けてくる。


「魔王アキラ様じゃん! えっ、なんでここに居るの? これあげる!」

「くせぇ!」

「あはは、ありがとルシアン君……気持ちだけ受け取っとく」


 よりによってユリ科の花だったためニオイに敏感なラスプが鼻を抑えて飛び上がる。私が苦笑しながらやんわり受け取りを拒否するとエリック様が呆れたように半目で彼をにらみつけた。


「ドレスに花粉が付くだろう、やめないか」

「えー、じゃあこっちの赤毛のお兄さんにあげよう。ほら、ほら」

「お前わざとやってないか!?」


 涙目のラスプに向かって楽しそうに花を押し付けていた彼は「あれ?」と、そこで初めて気づいたように首を傾げた。


「この間は居なかった幹部さんだ。ちわちわ~」


 いや、まぁ、会ってるんだけどね。お手を拒否されてヘコんでたぷー君なんだけど、気づかないか。ようやく花束を手近な花瓶に放り込んだルシアン君は、楽しそうにおしゃべりを再開した。


「ねぇアキラちゃん、今度そっちの国ででっかいイベントが開催されるってマジ? ホントならオレ遊びに行こうと思っててさ~」

「イベント?」

「えーと、ちょっと実験的に催し物でもやろうかと」


 興味を惹かれたらしいエリック様に、私は頭を掻きながら言葉を濁す。もうっ、まだ大っぴらにはしないって言ったのに、あの新聞記者さんったらネタになりそうだからってリークしたわね。


「やっぱ本当なんだ! やばい、隊長、オレその日ぜったい有休取るッスから、他の隊員に先越される前に申請してきまっす!!」

「おい」


 チャッと片手を上げたルシアン君は、ものすごいスピードで城の廊下を駆けて行った。すれ違ったメイドさんが悲鳴を上げてその背中に向かって苦言を飛ばす。笑い声をあげていた私につられたようにエリック様も苦笑を浮かべた。


「アイツも最初は魔族に対して猜疑的だった、あぁ言うタイプが増えていくと良いな」


 確かに。私もそうだけど、人って知らないから怖いんだ。もっとよく知ってもらう為にも頑張っていかなくちゃ。でも一つ訂正したいことがある。くるっと振り向いた私は腰に手をあてて人差し指を立てた。


「違いますよ勇者様、『良いな』じゃなくて『やる』んです」

手首です!ご主人様があちらに出かけている間もこちらでは建設が進んでおります。ライム様がすっかり張り切ってらっしゃって、これは…レース場?


あの、わたくしをモデルにって、え、動くんですか? これが?

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