13/51 グリ誕生日SS「まどろみの中で」
13/51が、たぶんこの辺りじゃないかと思ったのと本人が猫っぽいので2/22(にゃーにゃーにゃー)を仮の誕生日にします。
執務室にペンを走らせる音がカリカリと響く。よく晴れた春の午後、窓からの日差しが目いっぱいに差し込む室内はとても穏やかで心地が良い。書類を書く手をふと止めて一息つくと、向かい合わせになったソファの一角、ひだまりの中にうずくまるようにして健やかな寝息をたてる白い死神の姿が視界に入る。ふっと笑みを浮かべた私は机の端で転がっていたニヤニヤ草(・∀・)を掴み、その怠惰の権化向かって投げつけた。
「働け――ッッ!!」
「んぁ?」
ぽよっと跳ね返った草が部屋の隅へと転がっていく。衝撃で目覚めたグリはそのまま起きるかと思いきや、あくびをしながら再び丸くなろうとする。まだ寝る気か貴様。デスクから立ち上がった私は回り込んでその前に立った。腰に手をあて、見上げてくる大きな猫を一喝する。
「起きて! 目の前で幸せそうに寝られるとこっちまで眠たくなるのよ」
「ここ、空いてるよ?」
違う、そうじゃない。起き上がって自分の隣をポンポンと叩く姿に激しい脱力感が襲い来る。重たい溜息をついた私は確認するように問いかけた。
「あなた幹部でしょ? 創立メンバーの一人」
「らしいね」
横に腰掛けた私は、体をひねって真正面から見据える。真剣な顔をしてお説教が始まった。
「脱ニートしようグリ、あなたこのままじゃどんどん影が薄くなってしまいには存在すら忘れられちゃうわよ」
「……それもいいかも」
のほほんとした眉間にドスッと手刀が決まる。膝立ちになった私はそのままふわっふわの猫毛を両手で挟んで揺さぶり始めた。
「お願いだから働いてよ、このままじゃあなたヒモでニートでパラサイトの汚名をかぶることになるんだからぁぁ」
ここ最近の悩みと言えばこの人の立場問題だ。ルカは経理から秘書までなんでもこなす宰相ポジション。ラスプはご存知自警団の団長。ライムは建設事業の棟梁とハッキリした役職があるのだけど、グリに限ってはこれと言った役割がない。なんでも器用にこなせるので、人手が少ない時なんかは他のメンツの補佐なんかに回って貰うことが多かった。だけどそれも各組織が形になってくると呼ばれることも少なくなり、こうして日がな一日寝呆けている事が増えてきたのだ。強制的にどこかに所属させても良いのだけど、いまいちどこもピンとこないというか。
「俺、仕事してるよ。誰かが死んだら魂切り離して誘導してる」
「そりゃそうだけど」
「でも、たぶんしばらくはお仕事ない。ハーツイーズが安定して死亡予報確率がグッと下がって来てるから」
しぼうよほう。思わず繰り返した私は揺さぶる手を止めて座りなおす。それって、グリたち死神には誰かの死期がわかるってこと?
「誰が死ぬかまではわかんないよ。運命が変わって外れることもあるし。ただこの辺りで誰かが死ぬかも~ってのがビビッと分かるだけ」
「死亡レーダーみたいなもの?」
「そうそう、ちなみにペロはそのセンサーがぶっ壊れてる。死神としては落第だから、地上で行商人としてやってきたんだってさ」
別に死神は稼ぐ必要ないから半分趣味みたいなものだけど。と、続ける。それはグリにも言えることだから、この人にとってもうちの国に協力してくれるのは趣味なんだろうか。その辺りをぶつけてみると、彼はいつものようにゆるく笑いながらこう返してきた。
「俺がここに居るのはアキュイラと約束したからだよ。みんなともそれなりに長い間一緒にいるからね、こういうの友達って言うんだっけ?」
「わっ、私もその中に含まれてる?」
なんだか嬉しくなって期待しながら自分を指す。ところがグリはしばらく考えるそぶりをした後ゆったりと首を振った。
「あきらは違うよ」
「えぇぇ」
そりゃアキュイラ様やみんなと居た時間に比べたら私なんてまだまだだろうけど、そんなに全否定しなくっても……。思ったよりショックが大きくてしょげていると、頭にずしっと重みを感じる。優しく撫でられながら見上げると、グリは何となく柔らかい目線でこちらを見ていた。
「あきらは『友達』じゃない」
「……」
観察対象、モルモット、珍獣、なんて単語が頭の中で羅列される。そこでハッと我に返った私はその腕を掴んでブンブン振り回した。
「ちがーう! 話がそれてるっ、あなたの力をどうやってこの国に役立てるかが本題!」
「ちぇ、誤魔化せるかと思ったのに」
「グ~リ~」
怖い顔して迫ろうとするのだけど、いきなり肩を掴まれて引き倒されてしまう。気づけば私は横になってグリに膝まくらして貰う体勢になっていた。
「眠いなら少し寝なよ。ここ最近ロクに眠れてないでしょ」
「まだ書類のチェックがぁぁ」
「いいからいいから」
大きな手でスッと目隠しをされる。見えないはずなのにグリが大あくびしたのが伝わってきてこちらにも伝染した。頭を支える腿の感触は――
「……硬い」
「柔らかくても嫌じゃない?」
「確かに」
ずるいなぁ、こうやっていつもはぐらかされてしまうんだ。少しずつ落ちていくようなふわふわとした意識の中で、なんだかんだ言って一番落ち着くのはグリの傍なんだと認めてしまう。魂が休まるような、張り詰めた緊張が一息つけるような、そんな安心感。
「心配しなくても俺も、じき動き出すよ。そんな予感がするんだ。今は最後のくつろぎを楽しんでるだけ」
もう遠くに聞こえる声の半分も理解できない。あったかい何かに包まれるような心地よさの中、私は眠気にあらがうことをやめて いしきをてばなした。
――おやすみ、あきら