82.類は友を呼ぶ、解せぬ
「あの、大丈夫?」
おそるおそる声をかけてみるとビクッと背中が跳ねる。しばらくしてゆっくりと上体を起こした彼女は胸の前で指を組み、実に幸せそうな顔で鼻血を流していた。
「あなた達を俯瞰視点で見守る天井になりたい、床でもいい」
「えぇ……」
周りで見守っていた人たちも含め一歩引いたその時、また新たな人物が人垣の中から飛び出して来た。鼻血少女よりいくぶん明るい緑のウェーブがかった長髪を揺らしていたのは同じくらいの女の子で、前髪を編み込んで大きく出したオデコが活発的な印象を与える。彼女は鼻血少女を立ち上がらせるとグイッと頭を押し込んで申し訳なさそうに笑った。
「ほら、おねーちゃん、みんなドン引きしてるじゃん。どうも魔王様! うわぁ、ウワサ通りホントにあたしたちと変わらないくらいの女の子なんだ」
明るい緑の瞳をきらめかせた妹さんは、姉妹でおそろいの前掛けからメジャーを取り出してニカッと笑った。
「初めまして、あたしがコットンで、こっちの眼鏡がチャコ。カイベルクのキルト姉妹って言ったらちょっとは名の知れた仕立て屋なんですよー」
「仕立て屋さん! だからお着替えとか言ってたのね」
どうやらかなりON/OFFが激しいお姉さんのチャコは、妹の後ろに引っ込んで恥ずかしそうにこちらを見ている。何かしゃべろうとするのだけどパクパク口を開いては真っ赤になって俯いてしまう。
「そうそう、あたしが主に接客と採寸でお姉ちゃんが作ってるってワケ。ほらご挨拶は?」
「……はじめ……して…………チャコ……です」
うーん、さっきまでのハッスルしてたコとは別人みたいだ。そんなお姉さんの様子には慣れっこなのか、コットンは朗らかに笑いながらここに来るまでの経緯を話した。
「ほんとはマイスター審査会に間に合うように来たかったんだけど、女二人の旅じゃ色々手間取っちゃって。あっちの店を閉めてくるときにゴタゴタもあったり」
「じゃあ、あなた達も移住希望なのね? 嬉しいけどお店を畳んでまで来てよかったの?」
「もちろんですっ!!」
何気なく尋ねた一言で再びチャコのスイッチが入ってしまった。妹を押しのけて進み出た彼女はメガネを光らせて拳を握りしめる。あぶくを口から飛ばしながら燃える情熱を語り出した。
「こんな美女美形集団の衣装を作らせてもらえるなんてチャンスこれを逃したらもう二度と絶対に来ないに決まってます! 号外を一目見た時から決めたんですえぇこの方たちのお召し物を作るために私は産まれて来たんだと!」
「ちょ、あの、近い」
「魔王様、国のトップが政治を動かすときに農作業着を着ていましたか? 否! 他の国にお呼ばれする時ズタ袋を着ていきました? 否ァッ! わかります? 有名人はそれ相応の衣装を身に着けるべきなんです、たとえ中身が伴っていなくとも外見から繕えばそれに見合う人物になろうと自然と意識するんです、つまりあなた方の公式における衣装を作るお役目は私の宿命です、命題なんです、義ー務ーなーんーでぇぇぇす! 萌えええええ!!」
そこまで一息で言い切ったチャコは、急に糸が切れたようにバターンと後ろ向きに卒倒した。みんながひくりと頬を引きつらせる中、コットンだけが慣れた様子で失神した姉を抱き起こす。
「あー、すんません。姉はいつもこんな調子なんですよ~、でも裁縫の腕だけは超一流ですんでそこは保証します」
アハハとマイペースに笑う妹に連れられて、裁縫マイスターチャコは城の救護室へと連れられて行った。嵐のような新しい仲間に私はただただ呆然とするしかなかった。
「な、なんか、えらい濃いキャラばっかり集まってくるのは気のせい……?」
「主様、類友ってご存知ですか」
***
バタバタと急患を看病したり留守中の雑務処理をこなすこと数日、ついにライム率いるキャラバン隊が凱旋を果たした。知らせを受けてお城を飛び出すとちょうどキッチン荷馬車が丘を登って来るところで、みんなが良い笑顔でこちらに向かって手を振っている。
「もーすごかったよ、行く先々で飛ぶように売れてさぁ、次はいつ来てくれるのなんて聞かれちゃった」
「わっ」
ご機嫌なライムが私にずっしりとした革袋を手渡す。中を覗くと銀貨や銅貨がわんさか入っており、山盛りに積んでいった野菜がすべて捌けた事を重みで伝えてくれる。ワイワイと賑わう中、消毒が済んだ広間に集まってお互いが居ない間の報告会をすることになった。
「えへへ、『安い・美味しい・可愛いの三拍子!』リカルドおじさんのキャッチコピーの通りにできたと思う?」
道すがら簡単に聞くと、なんと街道の交差点にある大きな街の問屋から定期注文を受けたらしい。いきなりそんな上手い話が――とも思ったのだけど、どうやら建国以前からリカルドの新聞記事を読んでる商人さんらしく、これは当たる! と、踏んだのだそうだ。よし、これは思わぬ大口顧客をゲット、ピアジェ運送にも仕事を回せそうで一安心だ。
「次もボクが行こうか?」
「ううん、今回のでだいたいの手順はみんな分かったと思うからライムには別の仕事に回って欲しいの。大丈夫、後任にピッタリの子がこのあいだ来たから」