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召しませ我らが魔王様 腹ペコ令嬢の異世界改革物語  作者: 紗雪ロカ


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80.集団感染

 ふと、どこからかうめき声が聞こえたような気がしてルカと視線を合わせる。二階への階段を駆け上がった私たちは大広間の扉を思い切り引き開けた。むわっと不健康な臭いが流れ出し、見えて来た光景に二人して立ち尽くす。


「うーんうーん、痛いよぅ……」

「ぐぇ、また来た……おぇっぷ」


 普段はダンスでも踊れそうなほど広い床中に、ところ狭しとうめき声をあげる住人たちが転がされていた。布団にくるまった彼らの間を風呂場の桶を浮かせた手首ちゃんが駆けていく。リバースした物がピカピカに磨かれた床に接触する寸前、見事な遠投で片っ端からタライを滑り込ませていく。


『魔王殿! ようやくお戻りか、こちらはもう大変な事態だぞ』

「フルアーマーさん、これって……」


 がっしょんがっしょんと騒音を出しながら寄ってきた鎧も両手いっぱいに看護道具を持っている。それらを床に下ろした彼は近くにいたお年寄りの背中を屈んでさすってあげながら語り出した。


『我が輩や手首殿は食事を必要としないから無事だったものの、村の大半の住人はやられてしまったようだ。ここに集められたのは特に症状がひどいものばかりでな』

「あっ、ラスプ!?」


 少し離れたところに横たわる赤毛を発見して慌てて駆け寄る。一日会わなかっただけなのに急にげっそりとした彼は焦点の合わない目つきでぼんやりと宙を見つめていた。


「ちょっとどうしたの、しっかりしてよ!」

「……」


 ダメだ、死んでる。仏壇のチーンという効果音が聞こえてきそうな状態の彼を支えていると、後ろから聞き覚えのある声が響いた。


「この馬鹿どもが! 生水に一斉に当たりおった!!」

「ドク先生!」


 振り向いた先にいた彼は、ハァハァと肩で息をしながら運んできたタルをドンッと床に置いた。なまみず? 当たった?


「鎧! 片っ端からこの蒸留水を飲ませていけ! 胃の洗浄剤を混ぜておる。手首! 念のため戻したブツは一か所に集めて隔離しておけ。できるだけ触るでないぞ」


 テキパキと指示を出すカエルに従って二人は行動を始める。私も手伝おうとしたところで彼から鋭い制止がかかった。


「魔王が感染したら目も当てられん、こっちはいいから原因を突き止めてくれ!」


 うぅ、私だって看病したいのに。でも確かにそうだ、私には私にできることをやらなきゃ。その時、ふよっとどこからか出現した白い影が私の目の前に降り立つ。手にした大鎌を消し去ったグリは相変わらずのんびりした口調のまま片手を上げた。


「あれ、おかえりー」

「どこ行ってたの、あなたは平気なの?」

「ちょっと本業してきた。俺は平気だよ、一斉に感染したとなるとたぶん感染源は下の村の井戸だね」


 ぷー君は自警団の鍛錬中にそこから飲んだんじゃない? と、言う情報にハッとする。井戸水は地下層でろ過されてるから川の水よりよっぽど綺麗なはずだ。それが汚染されたとなると――


「ルカ! すぐに関所に行って、怪しい人物が出ようとしてないかチェックして!」



 ***



 ライムの関所遊園地に私たちが到着した時、その人物は荒縄で縛られて地べたに座らされていた。短い茶髪を刈り込んだ四十代くらいの男は私を見るなり噛みつくように叫ぶ。


「俺は後悔なんざしてねぇぞ! お前らに当然の制裁を下したまでだ!」

「頭が高い」


 荒縄の端を持っていたルカが靴の底で犯人の頭を地べたに踏みつける。そのまま踏み抜き兼ねない吸血鬼を制止して私はその前に立った。


「制裁って言ったわね。私たちが何をしたっていうの?」

「お前らが野菜を売りに来たせいで俺たちのが売れなくなっちまった! 後からいきなり現れた新参者のクセにでけェ面してんじゃねぇぞ! 俺だけじゃねぇ、他のヤツらもみんなそう思ってるぜ!」


 なるほど、つまりこの人は向こうのメルスランド側の農夫さんってわけね。確かにいきなりライバルが現れて焦る気持ちもわかる。頭に血がのぼって汚水をうちの井戸に投げ込んだんだろう。あわよくば衛生面の問題をでっちあげるつもりだったのかも。


 憎々しげに唾を吐きかけた男の唾液が私のつま先に落ちる。ザッとそれを足で払った私は、腰に手をあてて毅然とした態度を取った。


「悪いけど、それは単純にあなたが作る野菜がうちのよりおいしくなかったって事だから。努力もしないで嫌がらせは感心しないわね」


 シェアを奪ったことに後ろめたさがないわけじゃない。ただその悔しさをバネに自分を高めるんじゃなく、相手を貶めようとした時点で同情の余地なし! ふぅっと息を吐いた私は彼の頭を踏み続けている右腕に向かって短く命令を出した。


「ルカ、釈放していいわよ」

「よろしいので?」


 この展開には犯人農夫も予想外だったんだろう、目を丸くしてほどかれた縄を見下ろしている。


「えぇ、残念だけどこの国には悪いことした人を罰する法律がまだないの。たとえあなたが行った卑劣な行為で死人が出ても」


 胸がズキリと痛む。激しい脱水で、もともと身体の弱かった老人が一人亡くなったとグリから報告があった。魂を切り離し、すでに大いなる流れに還したとも。


「……国として裁ける権利はないの」


 解放され勢いよく立ち上がった農夫は、どうやら罰せられないと知った瞬間勢いを取り戻した。周りのスライムたちを威嚇するようにファイティングポーズを取り足先で小突く。


「へ、へっ、後悔するなよ! 要はやりたい放題ってことじゃねーか。こりゃ良いこと聞いたぜ、次は仲間を連れてもっと大々的に――」

「言い換えれば、個人的にどんな仕打ちをしても赦されるってわからない?」


 薄く笑って口元に手をあてた私の背後でみんながザッと構える気配を感じる。自分のどこからこんな声が出るんだろうと驚くぐらい高圧的な声で私は最後通告をした。


「怒り狂った魔族たちに、私刑をされない内に逃げた方がいいわよ」

手首です、なんだかお久しぶりですわね。ご主人様がようやく海からご帰還なされたというのにこちらはてんてこ舞いですわ…


看護の極意は、清潔!安静!そして真心!(クワッ

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