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72.助けた人魚に連れられて

 手元のスイッチを押すとシュワァァァと、水が霧のように噴き出す。これはピアジェの干上がり問題を聞いたライムが「ちょうどいいのがあるよ!」と、実験工房から取り出してきた噴霧式散水ポンプだ。


『空気をタルの中に送り込んで圧縮するとね、すごい勢いで水が噴き出すんだよ』


 子供たちと一緒に遊んでて発見したんだ~って言ってたっけ。元々は畑の水まき用として開発してたのを今回持たせてくれたのだ。霧状にして広範囲に撒けるので、これなら大量の水を持ち歩かなくて済むというわけ。


「乾燥問題は人魚族の永遠の問題ですから、これ売れますよぉ~。大量発注させて貰いたいくらいです」

「それは追々ね」


 しかしライムがどんどん錬金術化していくような、建築・開発・交渉と、多岐に渡ってハイスペックすぎる。今度おいしいおやつでも買ってあげよう。


「あ~、虹ですよぅ、綺麗ですねぇ~」


 霧によって出現した虹にキャッキャと笑うピアジェの背中を見ていた私は、こっそりため息をついた。それを目ざとく見つけたルカがいつものように小声で話しかけてくる。


(やはり不安ですか)

(あぁ、うん。あの子って本当に『一番尾』なのかなぁって)


 彼女は自分の事を『一番尾』だと言ってた。それは人魚族の中でもトップの者にしか名乗れない称号らしいんだけど、それにしては「ほえほえ」とした雰囲気と行動の幼さがミスマッチすぎてどうにも信憑性がないというか、なんというか。


(実は他の人魚はニンゲンなんか大っ嫌いで、行ったら問答無用で処刑とかだったらどうする?)

(行ってみなければ分かりませんよ、楽しみですね)


 どこか期待に満ち満ちた表情で海を見ているルカにもため息を一つ。実は今回、私の護衛としてついてきてくれるメンバーはグリを選ぼうかと思ってたのだ。ライムは試食の巡業、ラスプは自警団の育成が本格化するので忙しい、そしてルカには何か起こった時のために残って貰おうと。


 ところがこの吸血鬼さんは恐るべきスピードで自分の仕事を終え、ちゃっかり旅の支度を整えて私の部屋の前で待ち構えていたのだ。


『以前、旅をしていた時でもさすがに海の底は難しかったので行ってみたいのです』


 何か起こった時の対処マニュアルも作成したので置いていきます、と言われればダメとも言えなくて、結局押し切られる形でついてきてしまった。


「それじゃ、いよいよ潜りますよ~、えぇと、ここと、このポイントと……」


 ようやく本来の目的を思い出したらしいピアジェが海までグッと寄る。まさか浦島太郎みたいにウミガメに乗せられて竜宮城に行くとかじゃないよね?


「よぉし、準備完了です。お二人とも、ジッとしてて下さいね~」


 言われた通り、波打ち際にルカと二人で並んで待つ。ピアジェは目を閉じて両手をこちらにかざした。そのままブツブツと何やら唱えだす――と、青い光が彼女を取り巻き始めた。


「えぃやーっ、バブルボ~る」


 気の抜けるような掛け声と共に彼女は手を押し出す。するとぼよんっと音がしてシャボン玉のような膜が私たちをすっぽり包み込んだ。内側から触ってみるとゴムのように伸び縮みする。かなり頑丈な風船の中に入っているような感じだ。


「じゃじゃーん、これが人魚秘伝のバブル魔術で~す」

「すごい、これで潜るんだ」

「空気はどうなります?」

「ご心配なく~、海中の酸素を取り込んで常に新鮮な空気を作り出しますよぉ」


 ピアジェは驚く私たちに満足そうな笑みを浮かべて胸を張った。ポケットから(え、ポケットっていうか、尾びれ? そこ開いてるの?)二巻きほどある金色のチェーンを取り出したかと思うと、先端についている宝石のような青い石をドスッ! と、バブルに刺した。


「それじゃ、お連れしまーす」

「わっ、わっ」


 ようやくホームに戻った人魚は、勢いよく海の下へと潜り始める。チェーンに引っ張られて私たちの乗っているバブルもざぶんっと海に飛び込んだ。倒れてしまうほどではないけど大きく揺れる。とっさに支えてくれたルカにしがみついたまま、私はおそるおそる目を開ける――と、すばらしい光景が飛び込んできた。


「ふぁぁぁ」


 どこまでも広がる透き通った青の世界を、私たちは猛スピードで移動していた。バブルのすぐ側を魚の群れが並走し、頭上を大きめの平べったいエイのような生き物が飛んでいく。


 前方を見れば水を得た魚、もとい人魚がドルフィンキックで引っ張ってくれている。ゆうびな尾びれから生み出される水流に乗った泡が、キラキラとバブルに当たり四方に霧散してまるで炭酸ソーダの中に放り込まれたような錯覚を覚える。


「綺麗……」

「想像以上の美しさですね」


 しばらくうっとりとしていたのだけど。ふいに私はある可能性に思い当ってしまい一気に青ざめた。


「どっ、どうしよう、もしここでバブルが割れたら私たちおぼれ死ぬんじゃ?」


 水深何メートルまで来てるのか分からないけど水面は遥か上だ。慌てふためくこちらとは反対に、妙に落ち着いた吸血鬼はしばらく人差し指を振っていた。と、その先端にぽよんっと泡の膜が出現する。


「ご心配なく、見て覚えましたのでいざという時は私が」


 ……即時ラーニングしちゃったよ、この人……。さっきのピアジェがやってた手順を真似てってこと? 相変わらずチートじみてるというか、何というか……頼もしいけど。


 そんなワケで一人だけ余裕のルカは、少しだけ口の端を釣り上げてバブルの側面に手を添わせる。青い世界を見つめるその瞳はいつになく輝いているように見えた。


「御覧下さい主様、あれはこの辺りに生息するシーホースです。以前南方を旅していた時に青い種を見たことがありますが、こちらのは桃色をしているんですね。あっ、あっちは地上ではめったに見ることができない魔物です、しっかりと目に焼き付けておいた方がいいですよ!」

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