69.査定委員長、就任
「手織りはナイナイ、ホントにアラクネー族が手織りしてる超高級品もあるケド、そんなの滅多に市場に出回らないシ、これハ大量生産している廉価品だネ」
グッと詰まったマイラの代わりに、またもペロが楽しげに暴露してしまう。空気を読まないのかあえて読まないふりをしているのか……まぁ、どちらにせよ今回は助けられた。
その場に居たみんなから白い目を向けられてマイラの頬は引きつる。そりゃそうだ、みんな真面目に自慢の逸品を持ってきたのに彼女は市販されてる物を持ち込んできたのだから。きっと資格の認定を受けて、援助金をだまし取る気だったんだろう。
ふぅっと息をついた私は、持ったままだった認定ハンコを脇に置いて穏やかな笑みを浮かべた。
「ごめんなさい、今回の募集はこういった大量生産品は受け付けていないの。募集要項に書いてあったんだけど見落としたみたいね」
そう言ってあげると、マイラは少しだけ固まってから急にパッと顔を明るくさせた。そのまま早口でまくし立てる。
「そ、そのようですわね、あらあらまぁまぁこれはとんだご無礼を。ですがこれだって捨てたものではないでしょう? 価値の分からない低俗な輩どもに高く売りつければ大儲けできますわよ、わたくしを通して頂ければ格安で工場からこちらに卸せます。この前だって――」
「次の査定では、ちゃんと『あなた自身が織った逸品』を見せて下さいね。楽しみにしてます、それでは」
笑顔で有無を言わさず切り捨てれば、マイラはそれっきり黙り込んでしまった。しばらく俯いてモゴモゴと呟いていたのだけど軽く頭を下げると逃げるように広間から出て行く。ルカが寄って来てそっと耳打ちをした。
「捕まえましょうか? 立派な詐欺罪ですよ」
「いいよ、これで懲りただろうし。それにまた同じような人が来てもこっちには査定人が居るからね!」
勢いよく振り向いた私はペロの肩を背伸びしてバシッと叩いた。いつの間に見つけたのか手首ちゃんを摩擦切れしそうな勢いで頬ずりしていたのでそれを取り上げるのも忘れない。
「すごいじゃないペロ! どんなド変態性癖デパートでも特技の一つはあるものね!」
「えェ~、行商人だからこのくらい当たり前ダヨ~、そこまでベタ褒めされるト照れちゃうナ~」
褒めてない褒めてない、と必死に手を振る手首ちゃんをポケットに押し込んで黙殺。私はグッとこぶしを握り締めて尋ねてみた。
「例えばなんだけど、さっきのこの武器職人ノザさんのナイフはどう?」
「めちゃくちゃ良いヨー、シンプルで実用性もあっテ、それでいテ見えない細部まで丁寧に仕上げる職人ノこだわりを感じるネ」
「じゃあこっちの果実酒!」
「全然ダメ、素材がありきたりデまだまだ粗削り。だけド若さト勢いを感じるカラ原材料を見直しテ、キッカケを掴めバ化けるヨ、伸びしろヤバイ」
「じゃあこれ!」
「綺麗に見せようト小さく纏まっちゃってル感が残念、思い切って大胆にやった方ガ、コアなファンが付くと思ウ」
「グゥゥレーイト!!!」
的確な審美眼、ダメなところは率直にダメと言ってからの落として上げる褒め方。完璧だ! まさかこんなところに探していた人材がいるなんて。テンション振り切れた私は力強く足元を踏みしめて勧誘を試みた。
「どう? その確かな目を活かしてここで働かない? マイスター制度の査定委員長になってほしいの!」
間髪入れずスカートのポケットがめちゃくちゃに暴れ始めたけど心を鬼にして無視する。ごめんね手首ちゃん、品質を見抜けるこの才能は絶対に必要なの!
私の勧誘を聞いていたペロは、パァァッと頬を染めて口を開けた。目――は見えないけどきっと輝かせているであろう喜び様だ。背景に花が見える。
「いいノ? そんな簡単なお仕事デ手首ちゃんの側に居させテ貰えるノ!?」
「ただし! 変態行為は自重すること。自分がされて嫌なことは人にもしない。わかった?」
「?」
花をぽやぽやと飛ばしたままペロは小首を傾げる。まるで(変態行為なんテしてないヨ?)とでも言いたげだ。あぁ、なるほど。あれが彼なりの愛情表現だったってことか。そう……
「種族価値観の違いってやつなのかしら」
脱力しながら呟くと、ウトウトしていたグリがパチっと目をあけてそれに反論した。
「俺は魂の形を愛でる。あんなのと一緒にしないでほしい」
「そ、そう」
それもそれで少しずれてるような気もするけど……とにかく死神って種族は外見にはこだわらないらしい。魂かぁ、私の魂はグリにとってどう見えてるんだろう。
***
査定委員長が就任したところで最後のマイスター希望者が遅れて広間に入ってきた。先ほどから私の肩をやけに力強くギリギリと握り締めていた手首ちゃんがその途端ビクッと跳ねる。
とはいえ、そんな反応を見せたのは彼女だけでは無かった。その場に居たほとんどの種族が同じように震え出したのだ。その人物は世界中の陰鬱をかき集めて作り出したかのような雰囲気を醸し出していた。
頭からすっぽりと濃紫色のローブをかぶり背はたぶん私の胸の高さもない。ずんぐりむっくりとした体型で一歩進むごとにペトッ、ペトッ、と、水気を含んだ足音が広間に響く。
その姿を認めたピアジェがヒッと小さく悲鳴を上げてタライの影に隠れてしまった。ちょ、ちょっと、何よ、あの人(?)が、どうしたっていうのよ。
(フロギィ族です。主様、悪いことは言いません、何かしらの理由をつけて追い返すべきかと)
こそっと耳打ちをしたルカも声に嫌悪感をにじませている。フロギィ族って確か――性格ねじ曲がってて人を陥れることしか考えてないカエルみたいな種族だっけ? 驚くほど執念深くて、一度恨みを買うといつまでもねちっこく復讐される病んだ一族とかなんとか。
ゴクリと唾を呑み込んでいる間に、その人物が玉座の前まで来て跪いていた。こちらに顔を向けるのだけど顔ではなくお面が見えてくる。その不気味さにヒクリと頬が引きつるのを感じた。長いくちばしのような物がぶら下がったお面を着けている。これ知ってる、確かペストマスクとか言うお面だ。世界史の教科書に載っていてあまりに不気味だったから覚えてる。
「毒薬の研究を……させて貰いたい」
ひどいです! ひどいですわご主人様! 寄りによってあの方を勧誘なさるなんて!
……えぇ、わかっています。彼の本質を見抜く才能はわたくしも認めます。必要ですものね。
一応、わたくしがハンドサインをしたらそれ以上寄らないという取り決めはされたみたいなんですの。それを果たして守って下さるかどうか……
うぅ、しばらく眠れない日が続きそうですわ