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11/1 ルカ誕生日SS「ニヤニヤ草」-後編

 おぉ、おばあちゃんの知恵袋的な。ソファの上に飛び乗ったライムは、一斗缶に入った油をダダボダボダボと二人に頭から掛けていく。


「ヘーキヘーキ、案外こういうのでつるっと取れちゃう物だからねー」

「ライム、待ってくださいライム」

「ごぼごぼ、ぶぁ」


 ところがいくらやっても強固なニヤニヤ草はビクともせず、二人がぬるぬるのオイルまみれになるだけと言う悲惨な結果に終わる。怒りで赤く変化した瞳にすさまじい形相で睨み付けられているのに気付いたライムは、可愛らしくてへっと舌を出した。


「ほら、失敗は成功の元と言いますし!」

「おしおきを受ける覚悟はできているようですね……」


 ルカが一歩詰め寄ろうとしたその瞬間、何の前触れもなくパシャリとフラッシュが焚かれる。振り返れば入り口のドアからカメラを構えた新聞記者リカルドが覗いていた。その口元がにやぁと弧を描きススス……と引っ込んでいく。


「ま、待てぇぇええ!!」

「痛い」


 狼狽した吸血鬼が一歩踏み出そうとしてグリに躓きバターンと倒れる。うわぁ、ここまでスマートじゃないルカとかレアすぎる。みんなでその珍しい光景をしげしげと見つめていると、彼はなんとか体勢を起こしながら焦ったように言った。


「早く捕まえて下さい! あの男の手にかかったら半日後には国中に知れ渡ってしまいます! 逃したら尻尾ねじきりますよほら早く!!」

「なんでオレ!?」


 急き立てられるままに全員で廊下に飛び出す。リカルドは長い廊下のだいぶ先の方で、窓から下のテラスに移ろうとしていた。


 スクープのためなら驚くべき身体能力を発揮する記者は、チラリとこちらに視線を寄越し高笑いを上げながらバッと飛び降りる。


「逃がすな追え殺せ!」

「わー」


 青筋立てながら窓枠に手をかけたルカは何のためらいもなくグリを抱えたまま飛び出す。ラスプがその後に続き、私の手を掴んで飛び出したライムが原型に戻り着地の緩衝材になってくれる。お礼を言って立ち上がると先頭組はすでに走り出していた。ルカは人一人抱えているとは思えないスピードで庭へと降り立ち駆けていく。


「あなたも少しは協力して下さいよ! いいんですか? 私との根も葉もない噂をたてられても!」

「……人の噂も四十九日」

「七十五日だ馬鹿ぶち転がすぞ!!」


 油をまき散らかして走る彼らを一応は追いながらも、私たちはすでに傍観モードに入っていた。かったるそうに走るラスプの横をパタパタと走っていたライムがのんきに問いかける。


「ぷー兄ぃ、お腹へった。今日のごはん何?」

「あー? まだ決めてねぇ。アキラ、何が喰いたい?」

「やった! お芋の煮っころがしとね、ふかし芋とね、デザートにスイートポテトとね」

「少しは状況を考えてくれません!?」


 ほとんど泣き出しそうな表情で振り返ったルカに少しだけ可哀そうになる。私は口の横に手を当てるとだいぶ先を走る背中に向かって呼びかけた。


「リカルド―、面白いのはわかるけど勘弁してあげてよ! 後でルカに仕返しされてもいいのー?」

「報復を恐れて新聞記者が務まるかってんだ! だぁーっはっはっはっ」


 大人げなく笑った記者は軽い身のこなしで鉄柵を乗り越える。柵の上で長い足を組みながら、カメラを高々と掲げ言い捨てた。


「幹部さんたちの意外なレアショットだぜ。オイルでぬるぬるの抱き合った男が二人とか、ナニしてたんですかねぇ~??」


 ブチン、と。その時何かが切れる音を私は確かに聞いた。堪忍袋とか、そういう類の音を。あ、やば……


「あのさー、ボク居ても役に立てないと思うし、戻ってもいい?」

「夕飯の仕込みしてくるから、それまでに決着つけとけよー」

「死神ポーチは寝に入るから、あんまり振動立てないでね。おやすみ」


 散々な扱いにルカの足が次第にゆっくりになっていき、やがてピタリと止まった。それにも気づかず彼らは好き勝手言って解散していく。


「気に病むな補佐官、こういうのも有名税ってもんだぜ。さて現像現像」

「あ、そーだ。さっきのオイル使っちゃった分、あとで補充しておいてね。高かったんだからあれ」

「やれやれ、このくらいで何をむきになってるんだか、煽られ耐性低いんじゃねーの?」

「ZZZ」


 その場にひとり残されたルカは、腰に死神ポーチを付けたまま立ち尽くしている。さすがに心配になった私は回り込むように覗き込んだ。


「ルカ、大丈夫?」

「……」


 しばらくの沈黙が続く。片手で顔面を覆うようにしていた彼は、すっと顔を上げた。まさに「無」と表現するにふさわしい真顔が出てくる。


「わかった、もういい」

「え」

「ぜんぶころそう」


 あまりにも淡々とした声と言葉の物騒さが噛み合わなくて反応が遅れる。止める間もなくルカは自分の腹部――ニヤニヤ草がついている脇腹あたりに爪を突き立てると、何の躊躇いもなくブチィッ!と、引きちぎった。数時間ぶりに分離されたグリが地面にドサリと落ちる。


「ひっ!?」


 ブシュウゥと血が噴き出すのも構わず、自らの血を浴びた吸血鬼は私に向かってニッコリと笑いかける。あ、の、油まみれ血まみれでなんかすごいことになってるんですけど。


「主様 少々 お待ちを 全てリセットして参りますので」

「リセット、って」


 一字一句馬鹿丁寧に喋る鬼の迫力にいつの間にか腰を抜かしていたらしい。完璧な微笑みを湛えた彼は晴れやかな口調でとんでもない事を言った。


「新聞記者なんて最初から居なかった、幹部も私一人だけ、そうでしたね?」


 ひくりと頬が引きつるのを感じた次の瞬間、風を巻き起こしルカの姿が消える。遠く離れた位置でリカルドを追いかける金髪を見つけ、私は声の限り叫んだ。


「に、逃げてぇぇぇえええええ!!!」



 ***



 正直、その後の事はよく覚えていない。


 ただ暴れまくるルカに泣きついて止めたような覚えはうっすらあって、そしてかろうじて全員一命を取り留めているところから説得は成功したんだろう。


「機嫌なおしてよ、ルカ」


 ルカはさっきから自分のベッドの上でツーんとそっぽを向いている。子供かっ、と言いたくなるのだけどさすがに自重。自分で引き裂いた腹部の傷口には包帯がグルグル巻きにされている。いくら頭に血が上っていたからって、自傷してまで取りたかったとか相当だよね。


「もういいでしょ、さすがに悪ノリしすぎってみんなにもキツく言っておいたから」


 今回の事でわかったのは、幹部たちがガチで喧嘩すると全員が相討ちして国のトップとしての機関が機能しなくなるってことだ。完璧にブチ切れたルカにボコボコにされたみんなも、今日は絶対安静で部屋で大人しくしている。頑丈な魔族と人並み外れた体力のリカルドだから素人の応急処置でも良かったけど、あの出血量は死人が出てもおかしくなかった……。


 今度お医者さんとか勧誘してみようかなぁ。なんて考えていた私は、いつの間にか青い瞳に見つめられていることに気づいて我に返った。


「……主様は、私がグリとの噂を立てられたとして、気にも留めてくれないんですか?」


 少しだけ拗ねたような口調で言われて戸惑う。いつも余裕な態度のくせに、本当にどうしたんだろう。


「私は哀しいです、こんなにも尽くしているというのに、あなたは少しも振り向いて下さらない」

「え、あの、えっと」


 ルカは真剣な顔つきで身を乗り出してくる。いつの間にか掴まれていた手首を引き寄せられ、私はベッドに片膝をついて体勢を保とうとする。ちょ、ちょっと、近いって


「主様、私は――」


 頬に優しく手を添えられて、澄んだ冬の晴れ空のような瞳に魅入ってしまう。お互いの息がかかりそうなほど近くまで来た時、私はハッとして密かに腰に迫っていたルカの右手を掴んで止めた。その手に握られている緑のグニグニした物体を目にして、低ぅい声を出す。


「……なんのつもり?」


 沈黙の後、ぐぐぐぐっと押しつけるようにニヤニヤ草が迫ってくる。うわああああ!!!


「やめ、やめてって、この!」


 しっかりと握り込んだ拳を、以前教えて貰った通り下段から腹部目掛けて打ち込むと、ケホッと軽く息を吐いてからニヤニヤ草を遠くへ放り投げてくれた。ゆっ、油断も隙もあったもんじゃない……!


 ところが私のパンチがヘンなところに入ったのか、急にルカは身体を折り曲げてゲホゲホと激しく咳き込み始めてしまった。


「ごっ、ごめん! 大丈夫? 傷口開いてない? うわっ」


 慌てて確認しようと寄ったところで、グイッとひっぱられた。そのままぼふりとベッドに倒れこんでしまう。金糸が鼻先をかすめたと思った瞬間、首筋に細くて鋭い牙があてがわれる感覚が走る。


「やめ――ッッ!!」


 間一髪。押し掴んで剥がすと、不満そうな目をこちらの指の隙間から覗かせたルカがもごもごと喋った。


「いいじゃないですか、少しぐらいイイ目に合わせてくれたって」

「だからこういうのは他の希望する女の子とやってよね!」


 私を巻き込むなと続けてベッドから出ようとするのだけど、お腹にガッチリ腕を回されて引き戻される。しばらく逃れようと奮闘していたのだけどルカの力にはとてもじゃないけどかなわない。


「あなたでなければ、意味がないんですよ……」


 耳元でささやかれた言葉にカァッと熱が上がる。迷うなあきら! きっとこんな甘い言葉、誰にだって言ってるはずなんだから。私みたいな凡人に本気で言うはずがない!


「へ、へぇ、私のどこが特別だっていうの? 自慢じゃないけど私は『普通』の二文字が服着て歩いてるような人間だと思――」

「あなたは絶望の淵に立たされた我らを導き、新たな道を切り開いて下さった。これが特別でないなら何だと言うのです?」


 確信を持った響きがまっすぐ突き刺さる。ぽかんと口を開けた私が肩越しに振り返ると、ルカはいつになく真剣な顔をしていた。引き寄せる腕に力を込められる。


 頭のどこかで警鐘が鳴る。ここが境界線だ。このタイミングを逃したらきっと一線を越えてしまう。とっさにそう判断した私は持てる力と気力のすべてを振り絞って拘束から抜け出した。


「だからって血を吸っていい理由にはならないでしょ!!」


 声が裏返らないよう必死になりながらクッションを掴んでばふりと投げつける。片手で受け止めた彼の顔が出てこない内に、転げるように部屋から飛び出していた。


(あぁぁぁぁ~~~!!!!)


 廊下を早足で歩きながら、熱が収まらない頬を手で覆う。私、どうしちゃったんだろう、なんでこんなドキドキして、


(私だけが特別だなんて)


 果たしてみんなの部屋にいくまでにこの顔の赤さは引くだろうかと、私は立ち止まってため息をついたのだった。

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